闇の世界3
千夜は明夜の視線に気がつき、優しい顔を向けた。
「明夜……」
「……お母様」
「大きくなったな……」
千夜は涙ぐみながら、明夜に一言だけ言った。
「魂だけになった今でなければ、俺はお母様を一生わからなかったでしょう。今ならば深くわかりますよ」
明夜は照れた笑みを向けた後、俊也を手招いた。
「俊也! あんたの先祖だよ。望月の母だ」
「あ、先祖様!? あ、あの……。どこかで会いましたっけ? ま、まあ会ってるわけないですね……はは」
俊也は苦笑いで千夜を見ていた。
「……まあ、よい。今はそれどころではないのだ」
千夜は簡単に今の状況を説明した。
「そ、それは確かになんとかしないとまずいですね」
明夜は額の汗を拭い、俊也を見る。俊也はサヨの状態を心配してか顔色が悪い。
「サヨは……大丈夫なの?」
ルルが代わりに聞くが、千夜は曇った顔のままだった。
「実はわからん。妹から聞いた話で実際には見ておらん。まあ、とりあえず、厄除けのルルを逢夜の世界へ連れていきたいのだが、どうするべきか」
この世界から出ることができるのは、弐の世界で生きる神、肉体から解放された霊魂、そして「K」だ。ルル、俊也は残念ながら凍夜の世界から離脱できない。
「……移動できるのは明夜と……」
そこで千夜は閃いた。
「猫夜を使う。猫夜は『K』であり、『K』ならば壱の魂も運べる。弐に入り込んだ迷える魂を壱に帰す役目がある『K』なのだから、できるだろう」
千夜は手足を縛られ転がされている猫夜の前にしゃがんだ。
「猫夜、頼みがある」
口にはめた手拭いの結びをゆるめて、会話ができるようにしたが、
「いや」
即答だった。
「……なんとかならんか?」
「いや」
猫夜は千夜を睨み付け、噛みつく勢いだった。
「彼女にはできないのですよ。千夜様」
黙って様子を見ていた静夜が猫夜をちらりと見つつ、そう言った。
「静夜、どういうことだ」
「ええ。彼女は『K』ではなくなりつつあります。……逆に、私ならばお連れできますが」
静夜の言葉に目を見開いたのは猫夜だった。
「どういうこと!? あんた、ただの霊じゃないの! 望月ですらないくせに!」
「私はこれからあなたの代わりに『K』になる予定ですから。あなたの姉様である憐夜様も『Kの使い』から『K』にそのうちなるでしょう。あなたには『平和を愛する心』がないのですよ。それはもう、『K』ではないのです」
「……」
猫夜は怒りを押し殺した顔で静夜を睨んだが、反論をしなかった。
「お父様……早く来てください。こいつを……早く殺し……」
猫夜の憎しみの感情が爆発しかけたその時、猫夜の体から黒い人影のようなものが多数揺れながら現れた。
「厄だ……」
「皆、さがって! 私がやるよ」
ルルが素早く前に出ると、ゆらゆらと揺れている黒い厄を分解し始めた。ルルが手を前にかざすと電子数字が飛び出し、厄の周りを回る。電子数字は何かの時を刻み、ゼロになった刹那、弾けて消えた。
「……これがルルの力か」
「うん!」
千夜が驚いてつぶやくと、ルルは力強く親指をたてた。ルルの力はこれから、かなり重要になってきそうだ。
「こいつらを俺は、ちー坊で軽く斬っていたんだよ。ちー坊は今は凍夜の刀だ……」
狼夜は肩を落とした。
「狼夜が扱える剣神がいれば、厄も斬り捨てられた。だが、今はいない。助け出せば良いのだ。頑張ろう」
千夜の励ましに狼夜は軽く頷いた。
「では、静夜、よろしく頼む」
「わかりました。千夜様」
静夜は頭を下げると壱の世界の魂達をふわりと浮かせる。
「な! 浮いてる!」
戸惑っていたのは俊也だけだった。俊也はサヨよりも、こちらのことすべてがわからない。
「俊也、大丈夫だ。落ち着け」
千夜に優しくささやかれ、俊也は顔を赤くしてうつむいた。
明夜、狼夜は猫夜を連れ、先に世界から消えていた。弐の世界の魂はこちらのデータなため、世界からも簡単に離脱できる。
千夜も俊也が落ち着いたのを確認すると、もやのように消えていった。
静夜は俊也、ルルを連れ、満月が輝く夜空へと舞う。
俊也とルルもようやく世界から去ることができた。




