壊された世界11
アヤは恐ろしく時間が狂っている世界に降り立った。辺りは黒い砂嵐でよく見えない。黒い渦も大きく渦巻き、隣の世界までも犯していた。
「……っ。凍夜が……いる」
アヤがカエルのぬいぐるみ、ごぼうの奥にいるサヨにつぶやく。
ごぼうからはサヨの声が響いてきた。
「アヤ、なんかヤバみだね! 逃げた方がいいんじゃ……」
「そうね……。でも……この世界、黒い渦だけじゃなくて、青い渦も……海のような深みのある水も回っていて……まるで……」
「メグ、みたい?」
「そう」
サヨの言葉にアヤは小さく答えた。
アヤがどうするか迷っていた刹那、黒い渦がごぼうへと飛んだ。
「サヨ!」
「えっ!?」
アヤとサヨの声が重なった時、闇の色がごぼうに吸い込まれていった。
「な、なに!?」
アヤが戸惑っていると、ごぼうの奥でサヨの叫び声が聞こえた。
「サヨ!! どうしたの!?」
「こいつっ! 私の記憶を引きずりだしやがって!! 過去が流れてくっ!」
サヨの声がし、通信が途切れた。
「ちょっと! サヨ!! サヨ!」
アヤは必死に声をかけるが、サヨが返答することはなかった。
※※
一方でサヨは突然現れた黒い渦にとらわれていた。
「さ、サヨ! なんだこれは!」
逢夜が黒い渦をかきわけ、サヨを助けだそうとするが、黒い渦はまるで壁のように、入り込む者を許さない。
「凍夜の厄神だ。どうすりゃあいい……」
「厄除けの神のルルがいれば……」
憐夜は悔しそうにつぶやく。
「ルルは無事なのか?」
逢夜はサヨを気にかけながら憐夜に尋ねた。
「ルルは大丈夫です。あー、今は明夜さんと一緒に戦っているんで、平気かはわかりませんけど」
憐夜の返答にほっとした逢夜は、サヨに声をかけた。
「いま、どんな感じだ? どうすればいいかわかるか?」
「わからない! 記憶? みたいな、私の魂? が解析されてるみたい!!」
サヨはよくわからないことを言っていた。
「どういうことだ……」
「だから、データを見られて……」
そこまで言った時、サヨから何かのデータが花火のように広がった。
「な、なんだ!?」
その電子の花火はじょじょに何かの記憶を写し出していた。
「……これは?」
逢夜と憐夜の前に、ドームのように粒子が広がり、何かの映像が写し出された。
場所は高台。おそらく、どこかの山の上だ。夕日がまわりをオレンジ色に染めていた。遠くに町が見える。
その町並みはやや現代とも違い、古すぎる町並みでもなかった。
国防色、帯青茶褐色(カーキ色)などと呼ばれる色の軍服を着たひとりの男が、涙を流して町並みを見つめていた。
「じゃあ、俺は行くよ」
泣いている男の側に、もうひとり男がいた。しかし、こちらの男は手だけしか写っていない。
「いかないでくれ! 俺みたいなやつが助かって、お前が助からないなんて、そんなのっ……」
姿のない男は泣いている軍人の男に優しく語り出した。
「あのな、お前は運が良かったんだ。喜んでいいんだ 。自分が生き残った運命を呪うか? それはやめろ。お前は運が良かった。運が良かったから今、ここにいるんだ。俺の代わりに、この場にいない子と妻を頼む。最後に化けて出られて良かった。俺自体が、ヒロポンの幻覚じゃないことを祈る。なんてな」
「そんなっ……いくな! 國一!」
軍人の男が叫び、目に見えない彼に手を伸ばす。しかし、彼を捕まえることはできなかった。
突然に風が吹き、沢山の戦闘機が男の上を飛んでいく。
男は地面に膝をつき、悔しそうに何度も土をかきむしった。涙と鼻水が彼の顔を醜くする。
「お前は守るものがあるんじゃねぇかよ! 俺にはないんだよ……。俺にはないのに……」
遠くの方で爆発音がし、太陽をさらに赤くする。炎が上がり、目の前に広がる町並みは跡形もなく消し飛んだ。
「もう、やめてくれよ……。いつまで続くんだよ! この戦争は!!」
男の絶叫は、町を焼く炎と戦闘機が飛び去る音で、かき消されていった。
なんの記憶かはわからないが、記憶はまだ続いている。
この誰かの記憶がサヨと関係するというのか?




