壊された世界10
メグは矛を構え、少女とは思えない力を出して飛び上がると、凍夜に向かい攻撃を仕掛けた。メグの後を追う形で、海水がまるで竜巻のように走り抜ける。
「ほぉ……ワダツミか。マガツミにはかなわんよ」
凍夜は不敵に笑うと、狼夜から奪った刀神、チィちゃんの鯉口を切った。
チィちゃんは禍々しく、荒々しい力を纏わせながら凍夜の手に収まっていた。メグが矛で凍夜を貫こうと動く。凍夜はそれをチィちゃんで軽く弾いた。
「嘘……」
弾かれたメグは目を見開いてつぶやいた。
「私の力を弾けるわけが……」
メグの隙を埋めるように海水の渦が凍夜にむかうが、凍夜はマガツミの力、黒い渦で立ち向かってきた。 黒い渦の方が圧倒的に強く、メグが操る青い渦はただの海水となり、黒い砂漠に吸収されていった。
「そんな……私の全力が……」
「ワダツミを斬ればもっと、この刀は強くなる。お前の神力は俺がいただく」
凍夜は異常な速さでメグの目の前までくると、誰も反応ができないまま、メグを斬りつけた。
「……っ!」
メグは間一髪でなんとか避けたが、腹を軽く切り裂かれた。
「メグ!」
ミノさんがメグの元へ走り、凍夜の前に立って庇ったが、メグは力任せにミノさんを突き飛ばした。
「おいっ! なにす……」
ミノさんの言葉が途中で切れた。
「いますぐ……逃げて! はやくっ!」
刹那、メグは凍夜の刀、チィちゃんに体を貫かれた。
一瞬、時が止まる。
「……っ! おい! 嘘だろ……」
ミノさんがつぶやいた時には、メグが黒い砂に倒れ込んでいた。
メグから出た血液はチィちゃんに吸い込まれていく。
「やめろよ!! やめてくれ!」
ミノさんには勇気がなかった。
凍夜に立ち向かう力はなかった。
情けなく震え、メグから目をそらし、凍夜と刀に酷く怯えていた。
「メグ……大丈夫か……! オイ!」
なんとか声を絞り出すが、メグはぴくりとも動かない。
「大丈夫だ。キツネ。死なない程度にしといたのだ。こいつは使える。俺を邪魔したことを後悔させてやるんだ」
凍夜はメグの髪を乱暴に掴むと、恐ろしい切れ味の刀でツインテールを切り落とした。
「もうやめろよ! なんでそんなヒドイことすんだよ!」
悲痛の叫びを上げるミノさんを無視し、凍夜は高らかに笑った。
「ワダツミを討ち取ったぞ! 髪も手に入れた! はは! 髪は神の神力が一番濃厚な場所だ! 俺がいただいた。マガツミのおかげで神の仕組みはわかっている」
凍夜は手を広げると、ワダツミの力を纏い始めた。先程、メグが出した海の力をチィちゃんに纏わせる。チィちゃんは意思を持っていたはずだが、凍夜に従っていた。
「お、おい! そこの……刀! お前、神だろ! そうなんだろ! なんで、刀神がそいつに従ってんだよ! オイ!」
ミノさんは刀が刀神であることに気がつき、叫んだ。
ミノさんはチィちゃんには会ったことはない。
「なに堕ちてやがんだよ!!」
ミノさんは息を荒げながら立ち上がる。足は震え、冷や汗ばかりが体を濡らす。
……俺、こいつが怖ええよ……。
凍夜は異様な雰囲気を纏ったまま、ミノさんに一歩ずつ近づいてくる。
……メグ、すまねぇ……。
俺はおたくみたいな勇気はねぇ。
おたくの代わりなんてなれねぇよ!
……さっき、更夜達を逃がしたのに、情けねぇなあ……俺。
「……メグ、本当にすまねぇ……」
気がついた時には、凍夜が無言のまま、刀を振りかぶっていた。
※※
一方で、逃げていた更夜達は宇宙空間で立ち止まる。
「……更夜?」
千夜は様子のおかしい更夜を見据え、尋ねた。
「大変です。トケイがやつにやられました……」
「なんだと……」
千夜が目を見開いて驚いた。
「そのようですね。タケミカヅチから借りた、俺の刀がマガツヒ……、マガツミに堕ちていて、恐ろしく強力になっている様子」
狼夜も冷や汗をかきつつ、言う。
「……どうする。戻るか?」
千夜の言葉に更夜は結論が出ないまま、立ち尽くした。
「……どうしようもできません。キツネ耳の神とワダツミは無事なのか……。とにかく、私達は過去に戻されてはいけません。向こうの世界の時神現代神、アヤがいれば、現代が辛うじて保たれるかもしれません。後はもう、サヨがたよりです」
「そうか」
更夜の言葉に千夜は目を伏せた。
「あそこに凍夜が現れたということは、凍夜の世界には誰もいないことになります。ああ、猫夜はいるかもしれませんが。今ならば、凍夜の世界に入り、逢夜お兄様の妻であるルルと……」
更夜は言葉を切り、千夜に目を向ける。
「私の息子を助けられるかもしれんということか」
「いるならば……ですが」




