壊された世界4
「お姉様が自ら術を……」
更夜は少しだけ呆然としていたが、すぐに我に返り、凍夜を軽々斬り捨てた。どうやら千夜に勝たせないといけないと考えたようで、一歩のところで手を退いていたらしい。
凍夜は不気味な笑みを浮かべたまま白い光に包まれて消えていった。
「更夜……手を抜いてやがったのか……恐ろしい男だぜ……」
ミノさんが青い顔でつぶやいた刹那、辺りはいつもの真っ白な空間になった。
千夜も元の千夜に戻る。
「……術を切れたのか……。『凍夜』に立ち向かわずに」
千夜は自分の両手を見、体を見て異常がないことを確認した。
「あんたは強かったのよ。千夜……」
「お母さん……」
千夜は若い母を視界に入れ、涙ぐんだ。今までの自分を思い出して罪悪感が沸き起こる。
千夜は今まで、母を助けようとすら思っていなかった。むしろ、凍夜に壊されていく母を見下し、父に従い暴行を加えたこともある。
「お母さん……お母様……ごめんなさい。私は……」
「わかってるわ。やっと解放されて良かったわね。私はあなたを恨んだことはない。安心して」
母は軽く微笑んだ。その優しさが千夜をとても苦しめる。
「許せるわけが……」
千夜が母に手を伸ばす。母は千夜の両手をしっかり握り、抱きしめた。
「許してる。もう『どうでもいい』の。そんなこと。あなたも母親ならわかるでしょう? 千夜」
母の言葉に、千夜は産まれたばかりの時に引き離された明夜を思い出した。
「……母親……。私は母親にはなれなかった……。明夜は……行方がわからない」
千夜は涙を堪えながら下を向いた。
「大丈夫。明夜は最初から凍夜に従っていないから。あの子は私達に灯りをともしてくれている。心優しい子」
「……会ったのですか?」
千夜は目を見開いて母の顔を見る。
「見たことはある。今は凍夜の城から逃げようとしているわ。あなたの子孫だって元気一杯な優しい子だから私はそれだけで嬉しいのよ」
「お母さん……」
母の言葉を聞いた千夜は涙を拭って立ち上がった。
「私にはまだ……やることが残っていました。今度は息子のため、子孫のために戦います……」
「それでいいのよ。千夜……。もっといっぱい食べさせてあげたかった。あなたは小さい頃の栄養不足で体が成長しなかったのよ。女の子らしい体つきに、健康的にしてあげたかったの。あなたの弟達は自分で勝手に食べていたけど、私は川で魚をとることもできなかったから……」
母は千夜に申し訳なさそうに言った。
「……お母さん、ありがとう」
千夜は母の想いを受け取り、頭を深く下げてお礼を言った。
母は軽く微笑むと今度は更夜に目を向ける。
「更夜、あなたの娘、静夜も元気よ。彼女はあなたを恨んではいないわ。あなたの妻もこちらであなたに会いたがっている。そういえば色々と聞かされたわ。あなたは奥さんと娘に優しくしていたようね。子孫も元気よ。だから、あとはあなたのもう一人の娘を救いなさい」
「なぜ隠し子の事を……。もうひとりの娘は……鈴ですか?」
更夜は目をわずかに開く。
「そうよ。あなたは鈴を娘のように可愛がっている。あなた達が楽しそうに笑う過去をみたことがあるわ。……ちなみに、静夜達を知っているのは、会ったことがあるから」
「そうでしたか」
「あとは憐夜ね。あの子は強い。凍夜の呪縛にはかかっていない。今も仲間と逃げている」
母の言葉に一同の顔色が明るくなった。
「良かった!」
安堵の表情を浮かべてる最中、母が白い空間に溶け込むように消え始めていた。
「お母様!」
「私はもう消える。でも最後まで見守るわ。憐夜達を助けてあげて。私は凍夜の結末をこの目で見届ける」
母はそれだけ言うと背景に溶けて消えていった。
「……負けるわけにはいかなくなった」
「そうですね」
千夜の言葉に更夜は答え、白い空間もなくなっていった。
※※
「戻ってきたか」
千夜の声が聞こえ、メグ達は我に返った。赤い空に黒い砂漠が視界に入る。
「いい気分だ。自由を感じる」
千夜は息を一つつくとメグ達の元へと歩いてきた。背中には意識を失っている鈴がいる。
「お姉様、ご無事でしたか」
更夜が代表で声をかけた。
「ああ。ありがとう。締め付けられるものがなくなった気がする。後は狼夜がまだトケイを抑えているから次は鈴の呪縛を解くか?」
「そうですね……お姉様はこちらに残ってください。私達の侵入中に猫夜が来たらとりあえず、逃げてください」
「そのつもりだ」
更夜に力強く頷き返した千夜は、メグ達を見る。
「連戦だが大丈夫か?」
「……待って。鈴の場合はもっと人数がいる……。凍夜が人ではなくなっているから。アヤやサヨがいた方がいいかもしれない。しかも記憶には猫夜がいる」
メグは眉を寄せながら小さくつぶやいた。
「そうか。なら、直接対決で術を解くしかないな……」
「お、おいおい……マジかよ……。あいつに会いに行くのか?」
千夜の言葉にミノさんの顔から血の気がひいた。
「問題ない。鈴には私達がついている。負ける気がしないのだ」
「マジかよ……」
ミノさんが怯えていると更夜が口を開いた。
「キツネ耳、もう過去に行く必要はなくなったようだ。凍夜と対峙する故、目が覚めるまで鈴を抱えておいてくれないか?」
「……そ、それならできそうだ……」
ミノさんは声を震わせながら鈴を受けとる。鈴はまだ起きる気配はない。
「……ではもう一つ、トケイはどうやって元に戻す?」
千夜がもう一つの疑問を口にした。
「……トケイは……『K』のデータ修復ができればたぶん戻る。今は『K』である『あや』がひとりで修復をしている」
「メグが『K』なら『あや』とやらの手伝いができるのか? しかし、時神アヤと同じ名前とは詳しくは知らんが深い関係がありそうだな……」
千夜が首を傾げつつ、唸る。
「関係は深い。あやのバックアップデータが時神アヤ。彼女達を守っているのが父親の健だと言われている。詳しいことはよくわからない。それよりも、狼夜を助けつつ、『Kの世界』へ向かいたい」
メグは赤い空を仰いだ。
「わかった。向かおう」
更夜が代表で深く息を吐きながら答えた。




