神々の世界22
逢夜は飛び上がりサヨを抱き抱えた。
「わぉ!お姫様ダッコじゃん!ひゅー!」
「うるせぇ!落とすぞ」
盛り上がるサヨにうんざりした逢夜の声が重なる。
「てか、あんたらあの女は?」
サヨは華夜がいないことに気がついた。逢夜は砂漠の砂を巻き上げながら地面に降りると、迷いながら口を開いた。
「消えちまったんだよ。トケイに……消されちまって……」
「まさか……殺され……」
「いや、暴力でやられたわけじゃねぇ」
逢夜の言葉を聞き流しながらサヨはアヤの瞳に残る涙を見た。
「……アヤ?」
「え?あ、私は大丈夫よ。すごく切ない別れだったから。トケイが彼女を電子数字に分解したのだけど、彼女はとても満たされた顔を……幸せな顔をしていたのよ」
「幸せな顔かあ」
「知らないけど、きっと辛いことも苦しいことも痛いことも悲しいこともあの男のせいで沢山あったはずなのに、すごく穏やかな笑みを浮かべていたの。本当は何も知らないのに」
アヤは再び涙を浮かべた。
「アヤ……」
サヨはアヤの肩を抱いて言葉を続けた。
「あたしさ、なんとなくわかるんだけど、『華夜さん』は幸せだったんだって……こっちの世界に来て、自分が会えなかった友達とか子供とかに会えて一緒に暮らしたみたいだね」
「……え!?」
サヨの発言にアヤだけでなく逢夜も驚いた。
「華夜……あの短期間で猫夜が言っていた名前を覚えたのか?その後の言葉は何を根拠に……」
「電子数字が自分に入ってきたからさ、さっき。なんだかわからなかったけど……華夜さんのだったのか」
サヨの発言にアヤと逢夜はさらに首を捻った。
「あたしはね……『そういう役目』のKみたい」
「どういう役目だよ……」
「自分でもわからないよ。そんなん。華夜さんの事はだいたいわかったけど」
サヨも言ってみただけで、どういう役目なのかはわからなかったようだ。
「サヨは本当にわからねぇな……」
「まあ、とりあえず、華夜さん達の時代は凍夜が死んだから実際はずっと縛られていたわけじゃなかったみたいだね。一番酷くて長かったは逢夜達の時代みたい」
サヨはまるで歴史を見てきたかのような言い方をしていた。
「そうなのか……。俺達みたいに誰かに介入されなきゃ術が解けねぇわけじゃなかったんだな」
「うん」
逢夜の言葉にサヨは迷うことなく頷いた。
「一体どういうことなんだ……。華夜は分解された後にサヨの中に入ったとでもいうのか……」
「とりあえず、いかね?ずっとここにいるわけ?」
サヨはため息をつきながら赤い空を見上げた。
「……ねぇ、逢夜さん、私達はこれからどうすればいいと思う?」
アヤに問いかけられて逢夜は我に返り、慌てて口を開く。
「えー……あー……そうだな、猫夜に接触する前にお姉様と狼夜を探そうか。それから竜夜とかいうやつを追う」
「逢夜さんの奥さんが逃げているのよね」
「……ああ。華夜がそう言っていた。俺の妻がなにをしたって言うんだ。理不尽だ。……支配されていたついさっき、凍夜の世界でルルに会ったんだ。怪我をしていた……。すごく悲しい顔で俺を見ていた。俺が凍夜の世界で死んだ時も、苦しいのを……悲しいのを我慢して黙って俺を見ていた。俺が助けてやると言ったからだ。ルルは耐えたんだ……。ルルは強い」
逢夜は拳を握りしめ、落ち着くために息を吐いた。
「……術にかかっていると思う?」
逢夜の様子を見ながらサヨが小さく尋ねる。
「……かかっているかもしれない。だが、逃げているということだから深くはかかっていないはずだ。憐夜の安否も気になる。二人で逃げているのならば勝ち目はない。協力者がいるならばいいのだが」
「……勝ち目がないかどうかはわからないじゃん」
サヨは髪を指でいじりながら、ため息混じりに答えた。
「若い娘二人だぞ。敵うわけねーよ」
「会ったことないけどさ、決めつけは良くないんじゃね?だいたい、凍夜から逃げてるんでしょ。相当な実力者じゃん」
「……ああ、別に女の子が男に勝てないと言ってるわけじゃない。出し抜いて逃げているかもしれない。ただ……男は女より筋力があるし骨の関係で重い。組み伏せられたら逃げ場がないだろ?あいつらは本当に抵抗がないんだよ。女でも男でも子供でも容赦なくて……」
逢夜はどこか必死にサヨに言っていた。
「わかってるよ。抵抗のなさとか、女を下に見ている感じとか本当によくわかったし、日本に昔からあるっていう、この手の問題もよくわかった。よくわかってる。あたしらが『本当に勝てない』のもよくわかってる。わかってんだよ!」
サヨは突然に声を荒げて唇を噛んだ。
「……そうか」
逢夜はサヨに一言だけかけた。必死なのは逢夜ではなく、サヨの方だったようだ。逢夜はサヨの瞳の奥を覗いた。
……悔しいのか。自分達が『ただの小娘だ』と言われて、抗いたいのに勝てない。あれがまかり通っていた時代がある事にいら立ちを抱いている。
俺達のお母様を見たからか、なお……気持ちに怒りが生まれているようだ。サヨは危険だ。大切な子孫は自ら血を流そうとしている。俺達を守るために、自分達だって強いと証明するために。
「お前には血を流してほしくない。大切な俺達の血が流れているからだ。お前はそのまま堂々といてくれればいい」
「……やっぱり、おにぃは直系で『男』だから……凍夜に気に入られているんだ。そりゃそうだよね。女は贈り物で『モノ』だったから!男の言うことを聞く『奴隷』だったから!!子供を産むのも、育てるのも女なのに!!男は女から産まれているのに!」
サヨはまたも唐突に泣き出した。
感情がおかしいくらいに乱れている。一体どうしたと言うのか。
「ね、ねぇ……サヨ、なんかおかしくない?」
アヤは見かねて声をかけたが、サヨは激しく泣き出した。
「だってそうじゃん!!そうでしょ!!私達はいつもそうだった!ソウダッタノヨ!!」
「……」
サヨの豹変ぶりに逢夜も戸惑いを浮かべた。
「オカアサマは……アイツにゴミみたいにアツカワレタ!!ワタシも!!ゴミみたいにっ……!!オンナはイラナイって!!イラナイってイワレタ!ワタシはナンノタメにウマレタ?オンナは殴っときゃあいいのカヨ?ナグレバいうこと聞くノカヨ?エエ?カナシイヨ……カナシイヨ……オトウサマに……愛されたかった……」
「……お前、華夜か?」
逢夜の問いにサヨはぴたりと止まった。サヨの頬から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「さあ?誰なんだろう……。アタシの奥底にアル、何かかもシレナイ。華夜達が本来なるべき魂は、あたし……だったのかもしれない」
サヨがさらに意味深長な言葉を発する。
「……『華夜』……、安心しろ。凍夜の時代は終わった。生まれ変わって幸せに生きろ。今はあの時の数百倍……いや、それ以上に平和だぜ。微妙にあるお前の心残りはもうなくなる。……サヨは平和に生きている」
「ワタシは……サヨと同化していた魂……華夜かどうかは……もう忘れてしまった。デモ……オトウサマに笑顔で『いってらっしゃい』って言われたい。その気持ちだけアッタ。ソノタメニ……わめき散らしたんだよ。イマ」
サヨの瞳の奥に華夜が映っていた。華夜は外見に似合わず幼いようだった。
「……凍夜は……」
「俺がやる」
アヤが困惑しながら口を開いた時、逢夜がすぐさま声を重ねた。
逢夜はサヨの前に立つと優しい笑顔でサヨの奥にいる少女を抱きしめた。
「いってらっしゃい。気を付けろよ。寄り道せずに……帰ってくるんだぞ」
逢夜に似合わない優しさ溢れる声音で話しかけると、サヨの……華夜の背中をそっと押した。
華夜は満面の笑みを向けるとサヨの瞳から消えていった。
華夜が消えてからサヨはその場に座り込み、呆然としたまま涙を流していた。黒い砂漠に涙が吸い込まれていく。
「やだ……胸が締め付けられる……。ひっく……。本当に……これだけのことであんたは満足できたの?私の魂の一部の華夜……。『いいんだよ。最期にアタシになってくれてありがとう。元々水子になるはずだったあんたが生きていて、アタシ達の魂がアンタになったんだからさ』……」
サヨは一人で二役の自問自答のような会話をすると、ゆっくり立ち上がった。
「……?」
アヤと逢夜が眉を寄せていると、サヨがいつも通りに話し始めた。
「ん?とりあえず、行くんだっけ?あれ?なんの話してたっけか?わかぽよー。あれ?でも、なんだろ?涙が止まらない。苦しい……」
「サヨ……サヨの中に華夜さんがいたらしいわ。じゃあ、凍夜は……」
「サヨの中からエネルギーになっていた三人を魂にして無理やり引っ張り出して生成したんだ」
アヤの言葉を逢夜が続ける。
「そんなこと……できるの?」
「……知らねぇよ」
逢夜が荒々しい気を撒き散らしたのでアヤとサヨは肩を震わせて距離を取った。
「あ……すまん。悪い……。俺は昔から感情を抑えるのが苦手なんだよ。……こりゃあKの他に共犯がいるかもな」
「……まさか……」
逢夜が元に戻ったのでアヤとサヨはゆっくり元の位置に戻ってきた。しかし、その後の逢夜の発言でアヤ達は再び距離を取ることになった。
「……俺はな……ずっと怪しいと思ってんだよ……。あのメグとかいう神を……」
「ちょっ!嘘でしょ!?メグが共犯?そんなわけ……」
サヨを途中で黙らせてから逢夜は鋭い瞳をさらに鋭くして続けた。
「おめぇらはよ、……おめぇらはあの神の何を知っている?実際は何も知らねぇだろ?異様に事情通でやることも無駄がなくて、次にやるべきことがまるでパズルのようにわかってやがる……」
「……そんなっ!ひっ!?」
アヤが何かを言おうとした刹那、大きな破裂音が響いた。気がつくとサヨが思い切り逢夜を殴っていた。
「あんたね!!助けてもらったくせによくそんなこと言えるね!信じらんない!あんなに必死に、怪我までしてあんたを助けたんだよ!!どの口がそんなこと言えんの!?最低!クソ男!」
サヨは逢夜を睨み付けると吐き捨てるように叫んだ。逢夜の頬は赤く染まり、唇からは血が出ていた。サヨが本気で殴ったのは間違いなかった。しかし、逢夜は怒るでもなく、とても冷静にサヨとアヤを見ていた。
「……落ち着けよ。別に悪く言いてぇんじゃねぇ。誤って協力して、それを慌てて消そうとしてるように見えんだよ。俺にはな」
「……ねぇ、痛くないの?けっこうマジで入ったんだけど」
サヨは平然と話す逢夜に困惑としながらつぶやいた。
「聞いてんのかよ。話をそらすな」
サヨが心配そうに見上げるが、逢夜はタカのような目を細めると平然とサヨを見返してきた。
「き、聞いてたよ!うちの早とちりで殴っちゃって、ごめそん」
「……別にいい。怯えてんじゃねーよ。やり返そうなんて思ってねぇから。ちなみにお前の平手打ちは見えていたが、あえて当たったんだ。落ち着いてもらうためにな」
「そ、そう。なんか、生きてる人間とはやっぱ、ちょい違うね。ああ……ヤバッ……鼻血まで出ちゃってる……。ヤバイヤバイ」
サヨはハンカチを取り出すと逢夜の鼻血を素早く拭った。
「とにかく!まだ証明もできてねぇから、なんも言うなよ。共犯ならアイツしかいねぇんだ。しれっとついてくる、あの擦りきれそうな女神しか」
「擦りきれそうな……女神……」
逢夜の言葉にアヤとサヨはメグの言動などを思い出していた。
それを見ながら逢夜は追加で口を開いた。
「メグはほとんどの事情がわかっている上に、猫夜がクロであるとすぐに見抜いた。あの時、俺達は誰一人信じていなかったはずだ。
それなのに、メグは猫夜を疑った。猫夜は友達だったと言っていたな、もっと早い段階で猫夜に接触していたと考えなかったか?
猫夜のやることに気がついていて、メグは前々から止めに入っていた。ああ、後、それから……セカイとかいう人形を使って事情を知ったのかという考えは間違っている」
「ああ……まあ、それはおかしいなってあたしも思ったけど……」
逢夜の顔色をうかがいつつ、サヨも小さく頷いた。
「どういうこと?メグはセカイを使って見ていたと言っていたわよ」
アヤの困惑した顔を横目で見ながらサヨはため息を漏らした。
「はあー……。同調はすんごい疲れるんよ。同調を切ったらさ、使いの目でモノが見れないから、会話しないと状況は見えない。
こっちの世界は世界一つ一つが違う世界みたいだからさ、遠くに離れた使いと同調は厳しいよ。だからセカイの目から状況を見ていたっていうのはおかしい……かも。
だってさ、メグはあたしらに会ってからほとんどセカイと同調してない。それができるならさ、凍夜の状態もセカイにずっと見させれば良かったはずで」
サヨは小さい声で呟くように言った。
「……ただ、メグは猫夜をクロと見抜いたが、クロだとはハッキリわかってはいなかったようだぜ。最後まで信じたかったのかもしれねぇな。わからないが、メグは騙されたのかもしれない」
「……まいったわね……。そんな気がしてきたわ」
アヤは頭を抱えた。
「まあ、あの神には色々と隠してることがあるんだろ。長話になっちまったが、こんな話をしてる場合じゃねぇんだ。行くぜ。サヨ、頼む」
「え……?あ、ああ!はーい」
突然に話を振られたサヨは、慌ててアヤを浮かせた。




