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神々の世界15

一方、逢夜内の記憶にたどり着いたアヤ達は森の中を掻き分けて歩きつつ、更夜を救った屋敷の場所まで来ていた。再び近くの茂みに隠れる。


「ミノ……大丈夫?また……」

アヤが最初に心配したのはミノさんの心だった。彼がいないと『介入』ができないため連れて来ているが本来、彼は関係がない。


平和を愛するミノさんにこの記憶はとても辛いものなのだ。


「……ああ。おたくらが頑張ってるのに俺がなにもしないのもな……。さっきの女の子の時はまいったが今回は頑張るぜ……」

「無理しないでね……」

アヤは気分の悪そうな顔をしているミノさんを気遣い背中を撫でた。刹那、メグが小さく声を上げた。


「……静かに……逢夜がいる」

メグが眉を寄せて裏扉部分を見ていたのでミノさんとアヤは黙った。


「……また……まただ」

サヨは顔を歪めた。

裏扉から出てきた少年の逢夜はフラフラとしていた。上半身は何も着ておらず血が滴っている。

まだ五歳くらいか。


「はあ……はあ……」

息を上げている逢夜は更夜が猫に餌をあげていた辺りでうずくまった。


「……なんで……殴られるんだろ……。痛いよ……。あんなのできないし、慣れないよ……」

逢夜はか細い声で泣いていた。アヤ達は更夜時と同様に茂みから出て逢夜に接触した。


「……っ!?誰?」

「……私達は未来からきた。あなたを救う。まずくなったら『助けて』と叫ぶの。わかった?」

メグが早口でそう伝えた。逢夜は迷いながらとりあえず首を縦に振る。


「……もう助けてほしいよ。連れ出してよ。逃げたいよ……。人を『あやめる』ってなに?アヤメルってやっぱり危害を加えるのかな……」

逢夜は不安げな瞳でこちらを見ていた。五歳くらいの子供が殺めるなどという単語を教えられている……その事実に震えてしまう。


これから逢夜は成長し、様々な人を傷つけ、そして邪魔者を消していくのだ。平然とそれができる人間になっていく。恐ろしい話だ。


「そんな言葉、あんたみたいな子供が知らなくていい!」

サヨは思わず叫んだがメグにすぐ止められた。


「……サヨ、これは記憶だから。今の逢夜は沢山の人を傷つけ、殺した後に弐の世界に来た。沢山の人の気持ちが明るくなりエネルギーとして消えるまで彼は負がたまった魂として弐にいなければならない。それが本来の彼。でも人間が想像したり、彼が『平和であること』を願ったりしたため神になり『K』にはなれないが『Kの使い』にはなった。それが今の彼。だから現実は変わらない」

メグが諭すように言った。サヨはため息をつくと「とにかく!助けを呼んで!」と言い、逢夜を見据えた。


「……」

逢夜が何かを言おうと口を開きかけた刹那、裏扉から女が出てきた。


「あんた!何してんのよ!逃げてはいけないと言ったわよね?」

女は血相を変えて飛び出してきていた。逢夜の腕を掴み部屋の中へ引っ張ろうとしている。


「お母様!やだ!!行きたくない!俺は……俺は自由になりたいんだ!!」

泣き叫ぶ逢夜を睨み付けた女は唇を噛みしめて逢夜の肩を掴んだ。


「バカ言ってんじゃないよ!!自由なんてないわ!!行きなさい!殺されたくなかったらね!あの男はなんでもする!なにもかも奪う!私はっ……私だって今すぐあなたを連れ出して一緒に逃げたいわよ!!千夜だって……千夜だってね、あんな冷たい目をする子じゃなかった……。あいつを殺したい……。でも私はあいつを殺せない……。たとえ殺せても私は他に殺されるわ。あなた達をおいて死ねないじゃない!」


「お母様……ごめんなさい。行きます。頭を撫でてあげる。だから泣かないで……」

逢夜はすがるように泣く女の頭をそっと撫でて迷いなく家の中に入っていった。


「……もし……」

メグが唇を噛みしめて泣く女に話しかけた。更夜の時と同じだ。


「……やっと来たわね。あの子の心が過去に戻ったわ。また救ってくれるんでしょう?」

女はメグ達を見て涙をぬぐった。今回の女はどこか必死そうだった。


「……救う。……どういう時に術がかかるかわかる?」


「……あの子は縄抜けの術の途中で逃げた。縄がかかった状態で抜けて逃げていたら優秀だった。でも縄がかかる前に逃げたからあの子は罰を与えられる。私は逢夜の連帯責任の罰で辱しめられて逆さ吊りにされる。それで私を助けるためにあの子は服従を誓うの。本当は優しい子なの!優しすぎるくらい優しい子だったの!!逢夜が血を流す様をこれから私は見続けなければいけない……助けて……助けて……」

女は震えながらメグにすがりついた。


「……助ける。更夜の時も助けた。だから……安心して」

メグは女の背中を撫でるとそう言った。この時点で一緒に来たはずの更夜がなぜかいないことに誰も気がついていなかった。女が何か返事をしようとした時、恐ろしく陽気な凍夜の声と逢夜の泣き声が聞こえた。


「あの女はどこだ?逃げ出すような軟弱なガキを産んだあいつにも罰がいるなァ……。で?お前はどの面下げて戻ってきた?言ってみろ……」

「ごめんなさい!次はやります!!許しっ……許してぇえ!!」

逢夜の謝罪と叫びがメグ達を突き刺した。


「行かなきゃ……行かなきゃ……!」

女はひどく切ない顔でメグから体を離すと部屋の中へ消えた。


「……行こう」

「……うん。すごい泣き方……。なにされてんだろ……許せない」

メグが促しサヨは答えた。


「サヨ、落ち着いて……ミノが覚悟を決めてる。だから、絶対に一発で成功させるわよ」

アヤの言葉でサヨはミノさんに目を向けた。ミノさんは呼吸を整え、目線は真っ直ぐ裏扉を捉えていた。強い眼差しだった。


「……うん。わかってる……。落ち着いた」

サヨはミノさんを横目で見ると頷いた。


「では……侵入」

メグを筆頭に裏扉から中へアヤ達は入っていった。


「お母様!お母様!ごめんなさい……ごめんなさい……」

逢夜の悲痛な声が聞こえてくる。アヤ達は裏扉から続く廊下を渡り騒がしい一部屋までやって来た。障子扉の奥で逆さになった女の影が揺れている。女は低く呻いていた。


「あのお母さんだ……。ひどい……」

サヨが小さくつぶやいた。


「ははっ!無様だな。縛りつけた足は片方だけだ。もう片方は宙ぶらりんか。みっともないぞ!あははは!」

「あんたなんかっ……あんたなんかすぐに殺しっ……」

「やってみろ。さあ、やってみろ。ああ、そうだ。お前はそろそろもう一匹ガキを産め。こいつの仕置きが済んだらそのまま種付けだ」

「……」

ビリビリと女の怒りが障子扉の外にいても感じた。歯が割れそうなくらいに歯ぎしりをしている音がする。


……悔しいんだ……。

なんにもできない自分が……悔しいんだ。


「ひどい扱いだわね……」

サヨが飛び出そうとするのをアヤが押さえつつつぶやく。


「ああ……信じられねぇくらいひでぇな……」

ミノさんはあまり見せたことのない顔をしていた。ミノさんは静かに怒りを凍夜に向けていた。


「……ミノ……今度は怒ってるの?」

「ああ……なんだかな……」

「ミノさん、感情を彼らを助ける方面に持っていって。先程の感情に今のその感情では厄に入られてしまう」

ミノさんの雰囲気を見たメグは小さくそうつぶやいた。


「……あ、ああ……わかった……」

ミノさんは目を閉じて深く呼吸し始めた。落ち着こうとしているのだろう。


「千夜!」

ふと女が叫んだ。障子扉に小さい影がもうひとり映っていた。声も音もなかった。


「……千夜さんがいるの?」

「みたいだね」

アヤ達は逢夜が「助けて」の一言を発するのを静かに待ちつつ眉を寄せた。


「何をするの!やめて!!やめなさい!!」

刀を構えた千夜が女に近づいていく。


「千夜、こいつは罰を受けている最中だ。痛めつけてもいいがこいつはもう一匹ガキを産む。殺さなくてよい」

「……はい」

凍夜の凍るような声に千夜は刀を納め頭を下げた。アヤ達は障子扉ごしに影を見据えながら顔を青くしていた。


……千夜、今……お母さんを殺そうとした……よ。


「……呪縛……。今の千夜さんとは全く……違う」

アヤ達は平然とそれができる千夜を怖いと思い、同時に術の恐ろしさを知った。


「……厄介。千夜と戦うことになるかもしれない……。千夜を後回しにしなければ良かったか……」

メグは眉を寄せたまま汗をぬぐった。そうこうしている間に会話は進んでいく。


「……さあ逢夜、逃げた罰といこうか。なにがいいかな?お前に忍の才があるなら俺を殺して逃げるか抜け忍になるかしかない。楽しいだろう?」

「……っ。お許しを……」

逢夜の震える声に陽気な凍夜の声が重なる。


「許す?さあ?許す選択肢はない。忍は捕まったら許されないだろ?ヘマしたら死ぬんだ。残念だったな。お前のせいで大好きな母様があれだ。かわいそうにな……」

凍夜はバカにしたように笑いながら逢夜にそう返した。


「うっ……うう……」

「泣くのか。けっこうけっこう。早く仕置きを受けなければ母が死ぬぞ?逆さ吊りは放っておけば死ぬんだ。さあ、言え。何をされたいか。なんの罰がいいか選ばせてやろう」

逢夜が震える手で器具を選んでいる影が映る。相変わらず見えていないが恐ろしい。


……早く助けを呼んで……。


メグ達は突入のタイミングをうかがっていた。


「……こ、これでお願いします……」

「ほー、一番負担の少ない鞭打ちか。釘とか爪とかもおもしろいんだが……まあ百叩きでいいや」

凍夜はつまらなそうに千夜を呼んだ。


「千夜」

「はい」

「縛れ」

「はい」

千夜は感情なく逢夜を縛りつけた。まるで傀儡人形のようだ。


「……私が罰を受ける代わりに母を助けてください……」

逢夜は泣きながら凍夜に頭を下げた。


「それはお前次第さ。動いたら最初からだからな。爪とかなら全部剥がせば終わったのになぁ。いつまでかかるやら」

凍夜は不気味に笑いながらしなる枝を振り上げる。皮膚を弾く音が響き逢夜が泣き叫びながらのたうちまわっていた。


「お母様!お母様!ごめんなさい!ごめんなさい!痛いぃ!!おかあさまー!!」

「逢夜……」

女の涙声がか細く消える。


「ほーら、動いた。最初からだな。最初から。カアサマは死ぬかな?」

おどけた凍夜の声に逢夜は震えていた。


「おかあさま……助けたい……のに……ごめんなさい……」

「お前じゃそんなもんさ……。もう二度と逆らわないというのならカアサマだけは助けてやろう」

凍夜の悪魔な言葉に逢夜は喜びを感じ始めていた。


……逆らわなければまわりが傷つかない。俺が逆らったからいけないんだ。逆らわなければ……


逢夜が口を開きかけた時、女が鋭く叫んだ。


「逢夜!!思い出して!!さっき言われたでしょ!!」

「……え……」

逢夜は虚ろな瞳を女に向けた。


「大丈夫!戦っているのはあなただけじゃない!!」

「……うう……」

「言いなさい!……あっ!」

凍夜が突然女を蹴り飛ばした。


「術を飛ばす気か?」

「……ごほっ……戦っているのは私だけじゃないわ!皆、あなたを殺したいのよ。憎いのよ!いずれ殺されるのを楽しみに待ちなさい」

女は臆することなく凍夜を睨んだ。


「いい度胸だな……。子を産む代わりは沢山いるんだ」

凍夜の雰囲気が殺気に変わる。


「はっ……」

逢夜は凍夜が母を殺すつもりだと悟った。


「お姉様……」

咄嗟に姉を見るが千夜は動く気配を見せず、顔色変えずに冷たい表情をしていた。


「お母様を助けたい……。誰か……助けて!早く助けてー!」

逢夜は頭が真っ白になりながら喉を枯らして叫んだ。


「助けてぇ!!たすけてぇ!!」

タガが外れたかのように叫びだす逢夜。

「うるせぇな……助けてだと?誰も来ないさ」

「……どうかな?」

凍夜が嘲笑してる最中、メグ達が勢いよく部屋に入っていった。


「……誰だ?」

凍夜は鋭く睨みながらこちらに問いかけてきた。


「……あなたから逢夜とお母さんを救いにきた……。サヨ、お母さんを」

「オッケー!ごぼうちゃん!縄を切って!こう……カマイタチみたいなので!」

メグの指示にサヨは素直に従い、カエルのぬいぐるみ、ごぼうに縄を切らせた。ごぼうはなぜかカマイタチを出して縄を切っていた。


「……できた……カマイタチ」

サヨは一言呟くと女に駆け寄り近くにあった羽織を羽織らせた。


「……ありがとう……」

「信じられない……裸で吊るすなんて……」

「サヨ!来るわよ!」

サヨが怒りを充満させている時、アヤが余計な思考を切ってきた。


この際、余計な感情はいらない。サヨはアヤに感謝をした。


「……ありがと!アヤ!ごぼうちゃん!いくよ」

「うん!!」

サヨの前にごぼうが飛び上がり着地するとさっと構えた。


「……千夜、殺してかまわん」

「はい」

幼い風貌の千夜が凍夜の前に来て鋭い瞳を向けている。


「ああ、そうだ、千夜。やるのはあの男からにしろ。あいつはお前には手を上げない。簡単だ」

「……!?」

凍夜は敵対する者達の顔を見て性格を見抜いていた。こんな状況にも関わらずに冷静な判断ができるということだ。


千夜は素早くミノさんに飛びかかった。ミノさんは戸惑い、動きが遅れていた。


「ごぼうちゃん!弾け!」

ごぼうが再び飛び上がり千夜の刀を弾く。しかし、その間に凍夜がサヨに回し蹴りをしていた。


「っ……!?」

「さっ……」

サヨの名を呼ぼうとしていたアヤは咄嗟に時間を止めた。


「さよ……」

時間は無事に止まったが凍夜の蹴りはもうサヨに入りかけている。回避ができない。


「ど……どうしよう……このままじゃ……サヨが……」

しばらく思考した後、そっと目を閉じ、やがて開いた。


……私が……間に入るしかない……。

そしてサヨを後ろに無理に引っ張ってかわすしか……。


アヤは覚悟を決め、時間を動かし始めた。刹那、サヨを突き飛ばし、きつく目を閉じる。瞬間で痛みがくるはずだ。


しかし、痛みは来なかった。アヤとサヨは畳に落ちただけだ。


「……え……?」

咄嗟に振り向くと血を撒き散らした逢夜の体が宙を舞っていた。


……まさか……!

アヤは逢夜を受け止め障子扉に激突した。


「……つぅ……。あ、あなた……かばったわね……」

「げほっ……当たり前だ……」

逢夜は苦しそうに呻いていた。


「こりゃ……ヤバい……」

サヨも冷や汗をかきながら動揺していた。最初を崩されたのだ。

態勢が整わない。

凍夜は再び攻撃を仕掛けてきた。


「……セカイ!」

メグが叫んだと同時に魔女帽子の少女ドールが凍夜の拳を弾く。関節が外れた音がしたが凍夜は平然と元に戻した。


「……ほぅ。からくり人形か」

凍夜の瞳が再び狂気に揺れた。

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