神々の世界12
流れるように世界が変わり、続きの世界のように鈴の中へ入った。
先程、更夜の『介入』発動時に鈴が隣にいたため、元の場所に戻らずに入れたらしい。
気がつくと吹雪いてる世界にいた。しかし、空は晴天だ。かなり不気味な世界で氷柱の大きいものがまるでウニのように突き出ている。
「さっぶ!!」
最初に声を上げたのはサヨだった。
「……なんで吹雪いてるのに晴れてるの……」
アヤも寒さに歯を震わせる。
「俺も寒いよー……」
ミノさんは赤いちゃんちゃんこに袴だけのため、非常に寒そうだが本神はそこまで寒くはなさそうだ。神々の正装である霊的着物を着ているからだろう。
「……寒い。たぶんここは弐の世界。まあ、彼女は弐の世界で凍夜に接触したから記憶としてはおかしくはない」
メグは霊的着物であるあのお腹が出ている着物には着替えなかった。お腹はでていても布が少なくても霊的着物はすべてが完璧にある程度はなっている。だが、彼女にはあれは部屋着であるという謎のルールがあるため着ていないようだ。
「……鈴……」
雪が舞う中、更夜は小さく呟いた。
「……更夜さん。鈴を助けましょう」
アヤは息を吐くと更夜を見上げた。
「……ああ。そうだな」
更夜は刀の柄を握りしめ光の入った瞳でまっすぐ前を見据えた。
「……来たぞ……」
更夜はいち早く気配に気付き、間髪を入れずに言葉を口にした。
「……隠れるのが今はいい」
メグが小さく一同に言うと分厚い氷柱が重なっている部分に隠れた。アヤ達もメグに従い隠れる。
すぐに現れたのは望月猫夜と鈴、そして凍夜だった。
「……あの猫夜は……」
「……あれは記憶のか?彼女はKだからデータが読めない」
アヤの問いかけにメグは首を傾げた。話は進む。
「ほぉ……更夜の女か。ただのガキじゃないか」
凍夜はにやけたまま鈴を舐めるように眺めていた。
「……あんたが凍夜……。あんたのせいで皆が……更夜がっ」
鈴は凍夜を睨み付け小刀を構える。構えている手がわずかに震えていた。寒いわけではない。
怖いのだ。
「……覚悟……」
鈴が呟いた刹那、更夜が動こうとした。それをメグが止める。
「ダメ。彼女は助けを求めていない……」
「求めていないといけないのか?」
更夜は逸る気持ちを抑え、荒い呼吸のままメグに尋ねた。
「……呪縛は簡単には解けない。仲間が支え、自分で勝たないといけない」
「あの子には勝てない!」
更夜が必死に言い放った刹那、鋭い音とともに鈴が舞った。血が辺りに散らばる。
「……っ!!」
更夜の顔が曇った。更夜は彼女の記憶を「過去見」でもうすでに見ている。
だからわかった。
鈴がどこで助けを求めるのか。
故に気が気でない。
……俺に助けを求めるのは最後の最後だ……。それまで暴行を見ていろと言うのか……!!
「……まずい。更夜、落ち着いて聞いてほしい」
「なんだ……」
更夜はいらだった声を上げる。
「……最初で鈴に接触できなかったため助けるタイミングがない」
「……最後だ。鈴が助けを求めるのは最後だ。俺は過去見で以前に見ている」
更夜がメグに言った時、鈴は猫夜に連れられて凍夜の後を歩いていた。
「……追うの?」
アヤが震える声でメグに尋ねた。
「……追う」
「おいおい……これからあの女の子……さらに……」
ミノさんの発言に一同は黙り込んだ。皆、わかっていた。
「……いくよ。行かなきゃ……」
サヨが拳を握りしめ凍夜を追ったのでアヤ達も覚悟を決め追いかけた。
鈴は凍夜に引っ張られながらしばらく歩かされていた。
「離せっ!!……お前はクズだ!!殺してやる……。殺してやるんだから……」
「ほぅ……お前はだいぶん利用価値がありそうだ。世界を壊すならば時神から……だな。現代神が俺に下ればさぞ楽しいだろう」
凍夜は陽気に鈴の両手を強く掴み捻りあげる。
「くっ……うっ……」
苦しそうにもがく鈴を眺めながら凍夜は笑う。
「さあー、お前はどこまで『耐えられる』かな?」
また少し歩くと小屋があった。氷柱と吹雪の世界の中に異様な茶色の木の小屋。凍夜は鈴と猫夜を連れてその小屋に入っていった。
「……嫌だな……」
ミノさんが静かに呟いた。
「……俺……もう嫌だな……」
「……ミノ」
アヤはミノさんの背中を擦る。彼は再び震えていた。
「……嫌ならば目を瞑り、耳を塞いでおいて……」
メグはミノさんに容赦なくそう言うと小屋の影に隠れた。
「……おたくは……本当に『K』なのか?」
「……非情だと思う?でも……やるしかないから。覚悟はある。望月猫夜に関しても救いきれなかったら私は彼女を消す」
メグは小さく言葉を発しながら小屋の壁に耳をつけて鈴に呼ばれるのを待っていた。ミノさんはひどくせつない顔をするとしゃがんで小屋の壁に寄りかかりキツネ耳を両手で押さえた。
「……ミノ……怖いの?」
「……ちげーよ……。あの男が怖いんじゃない……。あの男の行為そのものが怖いんだ。あれにアヤが捕まりそうだったのがたまらなく怖いんだ!犠牲者の子の気持ちになったら怖さがよくわかった……」
「……ごめんね。ミノ……」
アヤは怯えるミノさんにあやまることしかできなかった。今は鈴を助けなければならない。
小屋の中では鈴が凍夜と戦う音がしている。凍夜は余裕の言葉をかけ、鈴は呻きながら凍夜に攻撃を仕掛けていた。
何度も壁に打ち付けられる音がし、痛みに喘ぐ鈴の声が聞こえる。
「憐夜を返して……よ!皆でやっと楽しく生きていた……のに!!」
鈴の絞り出すような声を凍夜は笑って流した。
「ははは!!あー、弱い弱い。お前、ほんとに忍者か?」
「……返して!!返してよぅ……。畜生!!ちくしょう……」
鈴が悔し涙に嗚咽を漏らしながらなお、凍夜に飛びかかる。鈴が再び壁に激突すると、背中を預けていたミノさんの肩がビクッと跳ねた。
鈴が壁に叩きつけられてすぐ、猫夜の声が響いた。
「……鈴、今すぐお父様の下に付くことを誓って!戻れなくなる……」
「……あんたは……」
「うるせぇよ。余計なこと言ってんじゃねぇ……。それはこいつが決めんだよ!!」
「あぐっ……あっ……ごめんなさい!」
猫夜が殴られる音と床に倒れる音が重なった。ミノさんはその音に耳を塞ぎ、涙を流しながらうずくまっていた。
「さあ……猫夜……笑え。この愚かな忍を笑ってやれ。バカだろう?勝てもしないくせに飛びかかってきたんだぜ。笑えるよな?」
「は……はは……。ははは……」
凍夜に無理やり笑わされる猫夜。
震える声音で涙が混じっている声だ。
「……勝てもしない……かすり傷ひとつ負わせられない……この人には……敵わない……」
鈴が小さく呟き、ゆっくり体を起こした。
「でも……私は……戦わないと……」
声が震えていた。震えが先程とは比べ物にならない。ほとんど聞き取れない声に変わっていた。
「……さあ、そろそろ……俺に逆らった仕置きといこうか」
「……っ」
鈴の怯えが酷くなった。壁越しに震えている音がする。
カチャカチャ……
カチャン……。
鈴は構えていた小刀を落としてしまった。震えが酷くて刀を持てなかったようだ。
「猫夜、縛れ」
「はい」
「……や……め……」
猫夜に縛り付けられた鈴は涙声で必死に抵抗していた。
「やめて……やめてぇ!!」
「あきらめなさい」
猫夜の冷たい声と共に凍夜がしなるものを振り上げる風の音がする。
「あぁうー!!」
鈴の絶叫と皮膚を打つ激しい音が壁を震わせた。
「ははっ!さあ、どうする?このまま死なないように保つこともできるぞ……。くくく……」
非道な言葉を鈴にかけ、鈴に恐怖を植え付けていく。
「……こんなにあの子はひとりで戦っていたのか……。ひとりで……」
更夜は唇を血が出るほどに噛み締めていた。そうしなければ耐えられなかったのだ。
それはアヤ達も同様だった。
……早く助けを!!
助けてと言って!!
アヤ達も祈るように鈴から出る言葉を待っていた。そうこうしている内に凍夜がさらに非道な言葉を鈴にかけ始めた。
「……さあ……次はどうするか……。股になんか突っ込んでみるか。クナイとかな……死ぬかな?」
凍夜の足音が鈴に近づいていく。
……たす……けて……。
……タスケテ……。お願い……。
誰か……。
……コウヤ……。
鈴がほとんど聞こえない声で呟いた刹那、更夜が弾けるように駆けた。まるで何かに取りつかれているように、歯を覗かせ、荒い呼吸のまま、鷹のような鋭い瞳を見開き、狼のように飛び出していった。更夜が頭に血を昇らせると辺りに刺のような気が舞う。アヤ達は更夜の気にも恐怖した。
……この人は怒らせてはいけない人だ……。
「……すごい……」
「……私達には聞こえなかったが更夜には助けが聞こえたよう。追おう」
メグは立ち上がり走った。サヨも続いた。アヤは震えるミノさんを一瞥するとサヨ達を追った。
アヤ達が小屋の中に入るとまず見えたのが更夜。
更夜は刀を構え、呼気を荒げながら恐ろしい気迫で凍夜を睨み付けていた。続いて猫夜と鈴が目に入る。猫夜は涙を流しながら『笑って』おり、鈴は縄に縛られ生気のない瞳でこちらを見ていた。
小屋には雪原で使うものは何もなく、あるのは拷問するための道具のようなもの。あちらこちらに鈴の血が散っている。ここは凍夜の世界のひとつか?
「鈴を返せ……。大事なひとなんだ」
更夜にはまだ理性が残っており、押し殺した声で凍夜と会話を始めた。術を断ち切っている更夜はもう凍夜には怯えない。
「なんだ、更夜か……」
「鈴を返せ……。鈴は俺の大事な女だ……。わかっているはずだ」
「ほぅ……。俺はいつもそういう風には教えていなかったが」
凍夜には何も刺さるものはなく、更夜を嘲笑していた。記憶の中故に更夜に疑問もないようだ。
「返せ……」
怒りを押し殺している更夜は凍夜を一文字に斬りつける。しかし、凍夜はそれを軽く避けた。
「……刀が感情で見えているぞ……。さあ……もっと楽しませろ」
凍夜は不気味に笑うと黒い影を多数出現させた。
「……はっ」
アヤは気がついた。
……ここは鈴の記憶だ。
鈴が術にかかったのはついさっきだ。凍夜には「オオマガツミ」がいる。
「……更夜、一回後ろへ……」
メグは更夜が厄神に障ることを恐れていた。更夜はメグの意図に気がつき一度下がる。
「……ありがとう」
メグは更夜に余裕がないことを知っていた。そんな状況でも更夜が下がったのでお礼を言ったのだ。
「……やらなきゃ救えないよ。神が障るとヤバいんならあたししかいないね」
今度はサヨが前に出た。
「ちょ……サヨ」
「大丈夫。冷静だから……。ごぼうちゃん!!」
サヨはカエルのぬいぐるみ、ごぼうを呼んだ。ごぼうはサヨの肩から飛び出しサヨの前へ着地した。
「……ごめんね」
サヨが集中を高めた時、記憶の中のはずの猫夜がつぶやいた。
「……!?」
「鈴の呪縛は簡単じゃないのよ」
猫夜の言葉に反応し、三体の人形が出現する。
「そして……私の呪縛も……」
「っ!ま……」
サヨが声を上げた時には遅く、猫夜のドール達は特殊能力『瞬間移動』をおこなった。
「……猫夜……あなたにもマガツミが……」
メグが猫夜に手を伸ばすが猫夜はせつなげに微笑んだだけだった。
……メグ……
……たすけて……。




