神々の世界6
「で……」
ここはまだ海の中である。
アヤとメグ、ミノさんは作戦を立てていた。
「まず、聞きたいのだけれど、厄に染まった私の世界はどうなるのかしら?」
アヤは落ち着きを取り戻しながら尋ねた。
「……セカイはアヤが厄の世界に入らぬようアヤの魂の起動を修正している……。新しい世界を思い浮かべればそちらに行けると思う……。ただ、今の世界はもうダメになる。あなた達が厄に飲まれる前にセカイが気づいて良かった……」
「じゃあ、私達は今、目覚めてるのかしら?」
「残念ながら魂だけの存在のまま……。ここは深い海峡の真ん中。人間が想像するほどに深い海の中。弐の世界なの……ここは。人間はここまで来れない。来るまでに魂だけになるから……。弐の世界だからあなた達は魂のままでいられる」
「……そういうこと……」
アヤはなんとか納得した。つまり、ここは夢の世界にも入り込んでいるということか。
「でも凍夜は来れない。ここは現実でもあるから。人間の想像になっている高天原、想像の塊である弐には刀神を連れて出てこれるけれど、ここは現実世界の弐」
「わかりにくい……。ま、まあいいわ。で、これからどうするのよ?」
アヤが頭を抱えながら唸った。
「これから私達ができることは……中で戦う彼らに今の状況を説明すること……。そして各々が凍夜の呪縛を断ちきるのを手伝うこと……」
「……断ちきるのを手伝えるの?」
アヤの質問にメグは静かに頷いた。
「弐の世界だからできると思う……。アヤがミノさんの力と過去神更夜の力を現在という括りにして一度各々を弐の中での回想に飛ばす。術がかかる前の彼らが凍夜に縛られる前に各々の世界の凍夜を倒す。当時で仲間がいると気づければ感情は簡単に前向きになる……」
「ミノの力は何を意味するの?」
「ミノさんのは……人間の縁を結ぶ……。ミノさんは太陽の波形の人間の力を引き出せる神……。現在、彼らは神であったり、『K』であったりするが……元は人間だから……」
メグはふうと息をついた。
「……なるほど……大方なんだかわからない力とデータで……弐内部で過去のシミュレーションをすると……」
「まあ、そういう認識でかまわない……」
「わけわかんねぇ!俺にはついてけねー!そっちでやってくれんだよな?」
ミノさんはずっと前からわけわからずほとんど話を聞いていなかった。
「では……向かう?ちょっと待って……」
メグは手を横に広げた。
「え……!」
電子数字がメグのまわりを回る。
白い光に包まれて元に戻った時にはメグはかなり崩した格好になっていた。お団子部分はツインテールになり、リボンにスカートといったコスプレイヤーのような格好になった。
「さあ、いこう……」
「ちょっと待って……なんで着替えたの?」
「あれは……部屋着だから……」
メグは自然に笑みを浮かべる。
「部屋着?……ちょっと突っ込めないわ……」
「……腹冷やしそうな服だったもんなー」
「ミノもお腹冷えそうよ。まあ、今は夏だからいいのだけれど」
胸辺りまでしかないちゃんちゃんこを着ているミノさんのズレた発言にアヤはため息をついた。
「とりあえず……行こう?」
メグは手を差しのべてきた。
「……あなたもずいぶんと変わっている神のようね……」
「神でまともなやつは探す方が大変だぜ……」
ぶつぶつ言いながらアヤとミノさんは差し伸べられたメグの手を掴んだ。すると魔女帽子の少女人形が現れ、夢幻霊魂の世界の弐の扉が円形で出現した。中は宇宙空間にネガフィルムが沢山絡まる見慣れた弐の世界だった。
「いこう……」
「あの魔女帽子の人形が……セカイかしら?」
「そうだよ……」
メグは短く言うとアヤとミノさんを連れて宇宙空間に落ちていった。
※※
一方、凍夜に捕まっているルルは灯りのついた地下室で不気味に笑う凍夜を見ていた。
「あいつら、死んで離脱しやがった!あははは!こりゃ傑作だな。時神アヤも逃げやがった。さあ、次は……」
凍夜は鋭い視線をルルの隣にいる鈴に向けた。
「……」
鈴はどこも見ていなかった。
「そろそろ……働いてもらおうか……。失敗したらどうなるかわかるな?」
「……ご主人様のため、絶対に失敗はいたしません……。なんでもやります」
鈴はロボットのように抑揚なくそう言った。
「くく……バカみたいに術にかかってやがる。しっかり働け」
凍夜は鈴の頬を思い切り叩いた。
パァンと乾いた音が反響し、ルルは怯えて目をつむった。
「……ご主人様のためなら……なんでもやります……。だから……痛いこと……もうしないで……」
「ははは!痛いこと?なんかしたか?まあいい。さあ、行くぞ。私は忙しいからな。なんだ?さっさと歩かんか」
鈴を鎖ごと引きずり出した凍夜は鈴が倒れようが何しようがかまわずに引っ張り階段を登って行った。
「……ひどい……。女の子なのに……。……このままじゃダメ。逢夜も更夜も精神的にやられてしまっていたわ。逃げなきゃ……。私は人質なんだ」
ルルは覚悟を決めた。
もし……逃げられたとして……あの人に見つかったら……。
とてつもない恐怖が襲ってくる。
「でも……逃げなきゃ始まらない」
ルルはひとり頷くと鎖が切れそうな物を探した。
「……」
辺りを見回すと鈴と呼ばれた女の子がいた所にクナイが落ちていた。
……クナイだ……。
……あの女の子が落としたのかな……。
ルルは唯一自由な足でクナイを自分に引き寄せる。両足を使って靴と靴下を脱ぎ素足になると足の指を使ってクナイを挟んだ。
しかし、腕が頭より上にあるためクナイを握れない。
「……あと……ちょっとなのに……」
よくよく考えればクナイで鎖が切れるのだろうか?
凍夜が縄にしなかったのは簡単には脱走できないようにするためだ。
……なんか……他に……逃げる手段は……。
考えているところに階段を降りてくる足音が聞こえた。
……誰か来る……。
……凍夜だったらまずい……。
ルルはクナイを足の裏に隠した。
「……誰かいますかぁ……」
ふと抜けた少女の声が聞こえた。声は小さくか細い。
警戒したルルは声の聞こえた柱付近を睨み付けた。
柱から顔を出したのは銀髪の子供だった。
「……子供……?」
「……あ……ルル!」
彼女はルルを知っていた。
「あ……憐夜!?」
ルルも銀髪の少女を知っていた。
銀髪の少女憐夜は更夜達の一番下の妹である。
ルルは夫である逢夜の兄弟達とは顔見知りだった。鈴は知らなかったが。
憐夜が現在、拐われて行方不明であることをルルは知らない。
「な、なんで憐夜がここに?」
「しーっ」
憐夜は人差し指を立てた。
「それはいいから逃げよ!私もよくわからないの。猫夜って人に連れてこられたんだけど……。変化の術が使えるみたいで私は鈴ちゃんと間違えてついてっちゃった」
「……私も突然連れてこられた……。鎖で繋がれちゃったんだけど……きれる?」
ルルは手首に巻かれた鎖に目を向けた。
「……切るんじゃなくて外してみる」
憐夜は手を伸ばして鎖を外しにかかった。
「ここで絡まってて……ここでこんがらがってて……」
憐夜は一つずつ丁寧に鎖を外していく。どうやら凍夜は他人が鎖を外すことを想定に入れていなかったらしい。
「……は、外れた!」
金属音が響き、鎖は地面に転がった。
「ありがとう!憐夜!」
「……うん。ここからが本番だわ……」
憐夜は冷や汗をかきながらルルを見据えた。ルルも顔を引き締めて小さく頷いた。




