神々の世界5
「いらっしゃい……」
ふと、静かな女の声が響いた。
「う……」
ミノさんとアヤは女の声で目を覚まし、辺りを見まわした。
「ん……?」
気がつくと深い青色の空間にいた。目の前を魚が通りすぎる。
「ってここ、海の中じゃないの!?」
アヤが我に返り叫んだ。
「厳密に言うと違う……。ここは霊的空間内の海……。外からは認知されない」
またも女の声が響いた。
「……誰よ?」
「……私を探していたんでしょ……?」
アヤ達の目の前に不思議な格好の少女が現れた。髪を上の方で二つお団子にしている少女だ。髪が長いのか後は全部下に流している。
やたらと布の少ない創作の着物を着ていた。神だとするならこれが彼女の正装だろう。お腹と太ももから下、そして脇は肌が見えている。前で合わせる着物のようだがどういう構造なのかはまるでわからない。
「……」
アヤは目を細めた。
そしてすぐに気がついた。
「もしかして……ワダツミの……メグ」
「ええ……。私の人形『セカイ』が厄まみれな世界からあなた達を救ったの……」
メグは真剣な顔でアヤを見ていた。
「……会いたかった神にたまたま会えたな……」
ミノさんはもう苦しんではおらず、アヤにそっと耳打ちした。
「ミノは大丈夫なの?」
「ああ、今はなんともない」
「……それより、時神現代神アヤ」
二人の話を切るようにメグがアヤを呼んだ。
「何かしら?」
「残念だけれど……あなたの世界は厄に覆われた。凍夜を知ってしまったからオオマガツミもあなたの世界に入り込めた……」
「あの世界は私の世界だったのね。やっぱり……」
アヤが納得している横でミノさんは慌てていた。
「おい!そんな呑気なもんじゃねーぞ!あの厄は異常だ!あのデータを持っていない神がほとんどだ。ほとんどの神が凍夜を知ったら皆あれに侵食されるぞ!」
「……その通り……トケイも鎮圧システムに変わり、時神達は壊滅、特に弐の世界を辛うじて現代にとどめている鈴のデータの損傷が激しい……。有能な『K』にはほとんど連絡が取れずシステムエラーのまま……。今や弐はオオマガツミに侵略を許している状態……。望月凍夜を消さない限り状況は拡大していく……。ツクヨミ様も現在はこちらにおられないし、霊的月に住む月神は弐を表面から守る神々、中からの破壊には対応できない……」
メグは冷静の裏に動揺を隠していた。この神は海神だが『K』だ。
観測するデータのため何にもできない。
「……思ったよりも……酷いわね……」
「他の神に凍夜を見せちゃならねぇ……。そいつの夢から侵略されちまう」
ミノさんにアヤは頷いた。
「凍夜はタケミカヅチ神の部下の刀神を持っている。高天原に出られる……」
アヤとミノさんも状況の深刻さがよくわかった。
……世界が侵略される……
「それに対して高天原の東西南北はなんて言っているの?」
「……凍夜に会わないよう籠城している……。厄神の最高神である天御柱神がいる東のワイズこと思兼神だけは動いているようだけどワイズは『K』でもある。知識の神故に『K』のデータも取り込み幼女になっているのは周知だと思うが……」
メグの発言にアヤとミノさんは首を傾げた。
「そ、そうだったの?知らないわよ……」
「まあ、ワイズは動けない……。Kは簡単にシステムエラーになるから……」
「そ、そう……。天御柱神は壱(現世)の神でしょ?弐には入れないんじゃ……」
アヤが半分怯えながら尋ねる。
「その通り。だから高天原に凍夜が侵略をしてきた時に自身の夢で処理をしようとしている……。高天原の権力者達はオオマガツミに苦戦しているようだ。弐の世界にいるはずのオオマガツミが壱に出てきた時にどう対応するのか協議中とのこと……。オオマガツミは実体のないデータの塊故に壱には出てこれなかったが今は凍夜に入り込んでいる。あの刀神を使い、出てくるだろう……。刀神はもうオオマガツミに障られているかもしれない……。まずはその刀神から西の剣王軍トップ、西の剣王タケミカヅチを落としに来ると見られている。神の世界を落とせば人間は障る。人間が障れば世界が滅ぶ。オオマガツミはそういうデータ……」
メグの発言にアヤは震えてきた。
それは最初に頼ってしまった友達の神を思ってのことだ。
「ナオとヒメは西の剣王軍じゃないの……。私は彼女達に歴史の検索をさせてしまった……」
「……まだ大丈夫……。今、凍夜は望月を従わせることと、アヤを鈴のようにすることを目的に動いている」
「さっきから鈴のようにとか損傷が激しいとか……どういう……」
アヤは震えながらまた尋ねた。
「まんまの話……鈴は凍夜に従っている」
「なんで!?」
アヤは声を荒げた。隣でミノさんの肩が跳ねる。
「聞かない方がいい……。私もセカイを通じて見ただけ……。『Kの使い』である逢夜、弐の時神過去神である更夜も犯され、泣きながら凍夜に従った。その逢夜はアヤを従わせろとの命を受けた。彼はなかなか動かなかったので忠誠心と術の強化のためにすでに暴行を受けていた厄除け神ルルを……逢夜の奥さんを凍夜は暴行するように命じ、ルルに手を上げられなかった逢夜は自害、その時に術のかかりが異様になっていた更夜を殺害したよう……」
「ひっ……」
アヤはあきらかに動揺し、怯えた。
「なんだよ……。ほんとに人なのか……そいつは……。だいたい、お前もそんなに詳しく知ってるならなんとかしろよ!!……あ……」
ミノさんは感情的に叫んだが詰まった。
……自分がアヤに言っていたじゃないか……。
「……私は……弐を中から見守る神……ツクヨミ様に変わり……見守っている……。私が障ったら弐はどうなる?」
「……悪かったよ……。今のでわかった……」
メグの言葉でミノさんは頭を下げてあやまった。
「……どうしたらいいの?メグは知っているんでしょ……」
アヤは今にも泣きそうな声音で小さくつぶやいた。
「……更夜達の術を解いて、凍夜の仲間を解放し、俊也と明夜を救出し、凍夜を追い詰めて天御柱神や霊的月の月神、そして正の力の現トップである太陽神サキがデータの分解を行う……」
メグは目を伏せた。
「……やっぱり苦難を乗り越えるのね……。メグ……あなたも一緒に来るかしら?見ているだけよりもダメでも動く方がいいでしょう?」
アヤは息をしっかり吐くと震えを止め、無理に作った酷い笑顔で手を差し伸べた。
「……」
メグはしばらく表情なくアヤの手を見つめていたがやがて静かに手を取った。
「……メグも行くみたいよ。ミノ、他の神には頼るけれど何もしないわけにはいかないわ。あなたが殴ろうが叩こうが押さえつけようがそれは変わらない。でも、あなたの忠告は心にあるわ」
「おいおい……後半余計だぞ……。殴ってねーし、叩いてねーし、もう押さえつけねーし……。根に持ちすぎだろ……」
ミノさんはそっぽを向いた。
……もう、勝手にしろ。
……だが、こえーけど、なんかあったら俺が守る……。無様でも守ってやりたい。アヤはいいやつだ。
太陽神サキとは違う、月のような光をまっすぐ道なりに照らしてくれる神なんだ。太陽から光をもらってる神……だから脆くて心配なんだ。
少なくとも俺はそう思ってるよ。
……アヤ。




