神々の世界1
稲城ルルは真っ暗な世界で目を覚ました。
……うっ……
身体中が痛い。
自由がきかない。
……なにがあったんだっけ……
ぼやける視線で必死に思い出す。
確か……
見知らぬ女の子が逢夜が大変だから来てって言ってたから……。
「……はっ!!」
ルルは全てを思い出し、目を見開いた。
どこかの部屋で知らない男に泣いてひれ伏すまで得たいの知れない痛いことをいっぱいされた……。
……怖かった……。
身体中が痛いのはそのせいだ。
身体が動かないのは鎖に縛られているから……。
なんで真っ暗なのか……。
地下だからだ……。
ルルは一通り自己解決するとよく目を凝らしてみた。
……あの女の子が男がいない間に小さく私に言ったんだ。
叫び、泣きながら奴隷になると言えと。
私は素直に言った……。
でも奴隷って……。
目が少しだけ冴えてきた。
近くにもうひとり忍び装束の女の子が鎖で吊るされていた。
幼さが残る女の子……。
目を見開いて体を震わせている。
怪我はルルより重く、明らかに一方的な暴力によるものだった。
……この子も私と同じ?
……突然拐われて突然暴力を受けた。でも、私との怪我の違いはなんだろ……。
そこまで考えた時、ルルは気がついた。
……逆らったんだ……。
……あの男に逆らった……。
「ね、ねぇ……」
ルルは恐る恐る女の子に尋ねる。
「モウ……ユルシテ……」
女の子はずっと独り言をつぶやいていた。
「ね、ねぇ……」
ルルは再び声をかける。
「……ひぃ!」
女の子は悲鳴を上げた。
刹那、目の前のドアがゆっくり開いた。
「おや、起きていたか」
あの男が部屋に入ってきた。ろうそくに火をつける。
部屋が突然明るくなった。
「……!」
ルルは男の後ろに立つ二つの影に目を見開いた。
「言わずものがな、逢夜と弟の更夜だ」
男はにやけながらそう言った。
「逢夜!」
ルルは最愛の男の名を呼んだ。
しかし、逢夜は何も答えなかった。
「お前達の忠誠を見てやろう」
「……」
男の言葉に二人の手は震えている。
「ちゃんと術にかかっているかな?とりあえず、大切な大切な女を五発ずつ殴ってもらおうか」
「……」
男の冷徹な瞳に逢夜と更夜の震えが激しくなった。
非道な命令に抗っているのか二人は動かない。
逢夜は突然口から血を吐いた。
「もう……いやだァ……」
逢夜は逢夜らしからぬ情けない声を出し男にすがった。
「ユルシテェ……ユルシテェ……お願い……もう許してぇ!」
「何を許す?わけわからんな。さっさとやれよ。んー、術のかかりが甘いかなー?でも、こいつら、もう殴っても焼いても刺しても打っても耐えられるんだよなあー。じゃあやっぱりあの女を殴ってもらうのが一番……」
「……鈴……」
更夜はフラフラと女の子に近づいていく。
「お?」
男は楽しそうに眺めた。
「……五回……でしたね」
「更夜……いや……やめて……」
更夜は怯える女の子を真っ直ぐ見つめて拳を振り上げた。
「更夜!やめろォ!!戻れなくなるぞ!!」
逢夜が必死で叫んだことにより更夜は止まった。
「……どうするんだよ……」
更夜は怒りに震えながら逢夜を睨み付けた。
「どうするんだよ!!」
更夜が兄である逢夜にこんな態度をとることはまずない。
「どうしろってんだよ!!やらなきゃ終わらねぇんだよ!!わかってんだろ!!」
更夜は逢夜に怒号した。
「更夜……お前も限界か……」
「……ひっぐ……うう……」
更夜はまるで子供のように泣きじゃくっていた。
「……更夜、もう一度……会おう」
逢夜は意味深な言葉を吐くと更夜を持っていた小刀で刺した。
胸を一突き、間違いなく死ねる場所を選んで刺した。
血が辺りに散らばり更夜は崩れるように倒れ、光に包まれて消えていった。
「……何をしている」
凍夜の言葉を耳には入れず、逢夜は泣きながら自身の首を小刀で斬った。
……俺達は詰んだ。
……ルル……鈴……憐夜……
……もう一度……助けに来るよ……
逢夜は伝わったかわからないが必死で口を動かして死んだ。
※※
更夜と逢夜は神のデータはあるが霊であるため、死というのはない。
入り込んだ世界で死ぬとその世界に入れなくなるだけだ。
逢夜は後先考えずに「世界からの離脱」を試みた。
もし、先程までいた世界が凍夜の世界だったら敵の拠点に二度と入れないことになる。
「……まずったかな……でも、ルル達に手をあげるなんて死んでもできねぇから仕方ない」
逢夜は無傷のまま白い花畑の真ん中で大の字で寝ていた。
「……うっ……」
隣にいた更夜も呻きながら目を開けた。
「よう、目覚めたか?戻ってきたぜ。拠点に」
「お、お兄様!もっ、もうしわけ……」
「もういいよ。大丈夫か?」
更夜は逢夜に無礼をあやまったが逢夜は更夜の体調を心配した。
「お兄様こそ……術に抗い、血を吐いたではないですか……。大丈夫ですか?」
更夜は逢夜を心配していた。
二人とも元の二人に戻っていた。
「ああ、一回死んだからな……。大丈夫だ。お前をいきなり殺して悪かったな」
「いえ……殺してほしかったです。あんな状態の鈴を殴ろうとしていたとは……殴っていたら私は立ち直れなかったかもしれません」
「そうか……しかし……あれは精神やられたな……。どうする……」
「私も珍しくどうしたらよいかわかりません……。お姉様に頼りましょう……」
「結局、そうなるよな……。お姉様とサヨが落ちたら終わりだ。俺はアヤを痛めつけろと命令を受けた。あの子まで対象になっちまった……」
「……アヤは現世に返した方が良いですね」
更夜は白い花畑を見つめた。
ふと風が吹き、白い花弁が更夜達を通りすぎる。
「……更夜……」
「……はい」
逢夜の問いかけに更夜は静かに返事をした。
「鈴は……やべぇぞ……」
「……ええ。あの子はきっと無理をしてお父様に逆らった。術のかかりが異常でした。救い出せたとして……元の心に戻るか……」
「更夜……」
更夜は震え、静かに涙し項垂れた。逢夜は更夜の背中を撫でてやった。
「取り返しのつかない事になってしまいました。鈴を守らなければならなかった私が……守れず逆に鈴を殴ろうとした!」
更夜は凍夜に逆らえない悔しさに込み上げる体の震えを下唇を噛んで耐えていた。血が顎をつたう。
「俺は……鈴を守れなかった……。鈴は俺にいつも怯えていたんだ……。本当はあの子は男が怖いんだ。男が近寄るだけで構えるほどにいつも怯えている。俺は知っていたよ……。あの子はそれを隠しながらいつも強くあろうとしていた。だからお父様にもひどく逆らったに違いない。もしかすると殺そうとしたのかもしれない。あんな小さな女の子の体で……」
更夜は絞り出すような声でつぶやいた。
「……ああ、きっとそうだな……」
逢夜は更夜の背中を撫でながら更夜が落ち着くのを待っていた。
「俺も同じ気持ちだよ。更夜」
「ルルという少女も……」
「……ルルはお人好しなんだ。きっと騙されてついてったんだ。それで怖いこと、痛いこと、悲しいことをされて俺を呼びながら泣いていたに違いない。望月の事を話したことはないからわけがわからなかっただろうな。力の強い男に殴られることがどれだけ怖かったか、痛かったか……。俺はルルを抱きしめてやりたかったよ。もう安心しろって言ってやりたかった」
今度は逢夜の背中を更夜が撫でた。
二人は恥じらうことなく情けなく泣いた。
気配を隠そうともしない二人を瓦屋根から千夜が見ていた。
男二人が情けなく泣く姿を見て千夜は近づけなかった。
「……何があった……。なぜ、逢夜がいてアヤがいない……?まあ、今は見なかったことにしよう」
千夜はそうつぶやくと落ち着くまで部屋にいることにし、戻っていった。




