望月の世界15
競技は参加申し込みが終わるとすぐに始まった。
サヨは最後の方だったらしい。
「K」だと思われる受付の女性に会場まで案内された。
会場はサバンナのようなどこまでも続く広大な大地だった。
この場所を円形に走り、元の会場まで戻るのがルールのようだ。
しかし、いつからこのサバンナが出現したかわからない。
先程までなかった。
弐の世界とは本当に恐ろしい。
「うそー……。どうでもいいけど、これ走るのー……」
サヨがぼやくとぬいぐるみのごぼうのやる気がなくなった。
「これを走るんだ……」
「サヨ、これが同調だぞ」
千夜に問われサヨは「え?」と疑問いっぱいの顔でごぼうを見た。
ごぼうはやる気がなくなっている。
「あれれ?」
「魂を受け取ったばかりのモノは術者の心に左右される。つまりサヨの心が鏡のように反射しているのだ」
千夜が答えた直後、「K」が集まり始めてすぐに「スタート」の掛け声が響いた。
「うそぉ!?突然始まるの!?」
サヨが声をあげている間に「K」達はさっさと走り去っていった。
色々な国々の少女やらが様々なモノ、生き物などを連れて嬉々と去っていく。
「うわっ!!千夜!追って!」
「……いや、私を使うのは本当に危ない時だけだ……私は『トケイ』の気配を追わなければならぬ」
「は?なんでトケイ?ま、まあ、いいよ!お、追えばいい??わけわからんちーん!!!」
サヨもとりあえず慌てて追いかけた。ちなみにごぼうも慌ててサヨを追いかける。
ドタバタスタートとなった。
「大丈夫。君は忍の家系だ。足は速いはずだ」
「そうか!」
千夜の言葉にサヨは突然にやる気を出した。ちなみにサヨは忍の家系をかっこいいと思っていた。
故になりきるのも早い。
サヨは単純だ。
「おりゃりゃー!!」
尋常ではない脚力でサヨは走る。
いつの間にかごぼうもやる気で隣りを走っていた。
あっという間に先頭に追いついた。
先頭の「K」達は楽しそうに「Kの使い」を操りお互いを邪魔しあっていた。
人形が手から雷を放ったり、ファンタジーにありそうな剣を振り回していたり……まともではないとは思っていたが予想外だった。
「うわっわ!!なんだー!?」
先頭に入り込んでいるサヨもその餌食になった。
「心配ない。走れ」
千夜が素早く誰かの剣を弾きサヨの道を確保した。
「おっけー!わけわかめなんだけど!」
とりあえず、サヨはごぼうを連れて走った。
「きゃー!」
不思議な雰囲気にサヨはだんだん楽しくなっていた。
どんだけ暴れても誰も怪我をしないのだ。
「こりゃ、アトラクションだわ!」
千夜に守られながら走るとまたも突然に深い谷が現れた。
川が遥か下に流れている。
落ちたらタダではすまなそうだが「K」達は心底楽しそうに笑いながら「Kの使い」に抱えられたりなどして上手く飛び越えていっている。
「えぇー……」
サヨが尻込みしていると健とあやが小さい人形複数を操りさっさと飛んでいった。
人形は凄い脚力をしていたがそれよりも平然と人形とやらを操れる彼らに疑問を持った。
「気になるかい?」
考えているとモンペ姿のツインテールの幼女が声をかけてきていた。
「ん?モンペ?」
「……私は第二次世界大戦で戦争に巻き込まれ死んだ『K』だよ。それより……健さんとあやちゃんは有名なくらい沢山のドール、ぬいぐるみとお友達なんだ。能力も高いし、彼らに勝つのはけっこう大変なんだよ。複数のドールに別々に指示出しできるしね」
ツインテールのモンペ少女は「じゃあ!」と元気よく連れの猫のようなぬいぐるみを操り谷を越えていった。
「誰?あの子……?ミステリーガール!……と、そんな事を言ってる場合じゃない!ごぼうちゃん、どうしよう??」
気がつくとかなり抜かされていた。
「カエルだから……跳べるかなあ?」
ごぼうは困惑しながら首を傾げる。
「そうだ!あんた、カエルじゃん!跳んでみよ!!あとは千夜ちゃんがなんとかしてくれるっしょ!」
てきとうに千夜に丸投げしたサヨは後先考えずごぼうにまたがってみた。
「うう……無理だよ……重いよ……」
ごぼうはすぐに潰れてしまった。
「ありゃりゃ……」
千夜が言っていた「繋がる」とはなんなのだろうか?繋がればなんとかなるのか?
サヨにはまだわからない。
「まだここにいたのか」
気がつくと千夜が追い付いていた。
「飛べないからこまたんなのー」
サヨは眼下の谷底を指差した。
「なるほど……時間がないし、いい機会だから同調してみるか?私と」
「は?」
サヨが何か言う前に千夜が口を開いた。
「……弐の世界の管理者権限システムにアクセス、『同調』」
「……え!?」
サヨは驚きの声をあげた。
なぜかサヨの視点の下にもうひとつ視点がある。
パソコンのモニターの下にもうひとつモニターがあるような感覚だ。
「な!?きもちわるっ!」
「下にあるのは私の視点だ。これが繋がるということだ。私の場合は人間なんで元々魂の存在。勝手がきく故に同調するにもいちいちシステムにアクセスしなければできない」
不思議なことにサヨは千夜を瞳に映しているが下の視点では自分が映っている。
つまり下は千夜の視点なのだ。
「なんつー……こった……」
サヨは頭を抱えた。
「とりあえず、谷は越えてやる。だがその後はごぼうと繋がるのだ。わかったな?」
「繋がり方わからんちんなんですけどー」
「ごぼうに意識を集中していれば自然にできる。ごぼうはサヨにより魂を与えられた存在。魂が定着すればそのうち独自に動くようにもなるだろうが今は集中して意識を繋げろ。今、サヨは私に集中している。気がついているか?」
「え?」
千夜に言われてサヨは我に返った。なぜか自分が映る視点ばかり見ていた。千夜の視点だ。
ふと、回線が途切れたように下の画面がなくなった。
「意識が切れたから同調も切れたのだ。私はサヨの使いだがモノではない上に元々人であるのでサヨが何かしなくても言葉などで繋がるし、同調せずとも私は私の考えで動ける」
「もー!わかんないってば!!」
「まあ、とりあえず……」
千夜は小さい体にはありえない怪力でサヨを抱き抱えるとごぼうを肩に乗せて谷を軽く飛び越えた。
「うそぉー!!」
反対側の地面に着地し、サヨが悲鳴をあげる中、千夜は静かに……足跡すら残さずに目に見えないほど速く走り、あっという間に先頭に追いついた。
追いついた千夜は困惑しているサヨを地面に降ろした。
「え?ん?」
「さあ、わざわざ先頭に追い付いてやったのだ。ごぼうと繋がる時間はあるぞ」
「え……はあ……」
千夜はぼけっとしているサヨを走らせつつ言った。
サヨは混乱中だったが先程の感覚を元にごぼうに集中を始めた。
とはいえ、ただごぼうを見つめただけだ。
「んー……ん?」
しばらく唸っていたサヨは砂嵐が入っている画面が小さく映っているのを見つけた。
隅の方に小さく画面がある。
「こ、これが……ごぼうちゃんの視点?ほぼ見えないけど……」
意識をさらに集中させると砂嵐は幾分かとれ、千夜の髪が見えた。
ごぼうは今、千夜の肩に乗っている。
砂嵐がある程度とれたとはいえ、視点はかなり狭い。
「モノは視点が狭いのだ。だから繋がっている『K』の方で指示を出してやれば何倍も動ける」
「ほえー……」
サヨは抜けた声を出した。正直よくわからない。だが、「繋がる」というのが何かはなんとなくわかった。
とりあえず、サヨはごぼうと繋がりながらゴール目指して走ることにした。
「けっこう長いな!」
繋がれるようになっただけでサヨはまだごぼうに指示ができない。
周りの攻撃は千夜が勝手に弾いてくれる。
先頭集団の「K」は複数の「使い」をそれぞれ役割にわけて動かしていた。
見た感じ指示をしているようには見えない。
「……指示出してるようにみえないんだけど……」
「口に出すのではなく心同士で話しているのだ。つまり、テレパシーか?」
飛んで来る水弾を小刀で斬りながら千夜が答えてくれた。
「むずかしー!!ややこしい!!このまま行く!」
サヨが気合いを込めて走るが先程まで走っていた「K」達は違う「使い」を出現させ、それに担がれたりしてサヨを追い抜かして行った。
「ちくしょー!あれ、反則でしょ!」
「反則ではない」
悔しがるサヨに千夜はさらに走るように促した。
「はあはあ……ごぼうちゃんが横を一緒に走ってるだけ……。もー!」
「ごめんね。サヨ……僕、わからないんだ……」
ごぼうが申し訳なさそうに下を向いてしまったため、サヨは「ごめんね」とあやまった。
「口頭での指示は通る……でも、叫んでたら相手に気がつかれちゃうし意味ない……」
「とりあえず、走る!僕は走ることしかできないから……」
「やっぱり結論そこ……」
サヨはため息をつきつつ、先頭集団に食らいついていく。
千夜が攻撃を弾いてくれるのでサヨは走っているだけだ。
無我夢中で走っていると歓声が響いてきた。
招かれたギャラリー達が「K」達を応援している。
どうやら一周回ったようだ。
「ご、ゴールだ……ぜーぜー……」
肩で息をしながらラストスパートをしているとゴール目の前で笑いあっている親子に目がいった。
……健さんとあやちゃん親子?
健があやを抱えて先にあやにゴールを踏ませる。その後、自分もゴールした。
「くっ……余裕ってか……」
ゴールの順番を考えてる余裕があるってことだ。
「うおりゃああ!!」
汗だくになりながら気合いでゴールしたサヨ。
涼しい顔をしている健とあや。
先頭集団だがあきらかな差があった。だいたい千夜がいなければたぶん、リタイアしていたかもしれない。
「はあはあ……」
ヘロヘロになりながらサヨは順番を見る。
結果は二十番だった。
「うっ……わあ……ギリギリだ……あっぶねー……」
「サヨ、これからだぞ。君は実力がないのに二十番までに入ったんだ」
「た、確かにー……」
千夜の言葉にサヨは身震いした。
※※
更夜と鈴は「K」の世界には入らずに外から監視していた。
「……鈴、また世界が変わる。動くぞ」
「うん……」
鈴は小さく頷いた。
現在、彼らは「K」の世界の隣にある世界に身を隠していた。
世界が厄にまみれるとするならば隣の世界も厄の影響を受けるだろうと考えてのことだ。
弐の世界は常に変動する。
その都度二人は移動し、サヨや千夜の魂を探して再び「K」の世界の隣に入り込む。
生きている者の魂の世界で入れない場合は仕方なく外で待つがすぐに変動して違う世界になるので目立たない。
二人は歯車が沢山回っている不思議な世界から外に出た。
すぐにサヨ達の魂を探す。
「あちらだな」
更夜は鈴を連れて全く違うネガフィルムの世界に入っていった。
「肉体がない者の世界だ。入れるな」
「うん……」
またも鈴が小さく頷いた。
中に入ると吹雪の世界だった。辺り一面真っ白で氷柱がありえない方向から生えていた。まるでウニのような氷柱ががあちらこちらにゴロゴロ転がっている。吹雪いているのに空は快晴だった。
「さ、寒い……」
「俺に近づきなさい。体を俺につけろ。寄り添っていた方が暖かい」
「うん……」
「どうした?先程から元気がないな……」
鈴の返事に更夜は眉を寄せた。
「あ……いや……別に」
「どうした?」
拒む鈴に更夜はさらに尋ねた。
「……凍夜が襲ってきて更夜が逆らえずに私に攻撃してきたらって考えたら怖くなってね……」
「それは怖いな……。俺も怖い。家に帰ってもいいぞ……」
更夜は少し優しく鈴にそう言った。
「そ、そしたら凍夜から『K』の世界を守れるのがいなくなるじゃない!更夜は凍夜に会ったらヤバイし……。それに……私も勝てるかわからないし……」
「あなたでは勝てん」
更夜に即答され鈴は眉を寄せる。
「じゃあ、これ意味ないんじゃないの?襲われても人影とかいうやつしか倒せないじゃないの。完全に脅威は取り除けやしないわ」
「……俺は全力でかかる。鈴に危険がかかると判断したらすぐにお前だけでも拠点へ返す。その時は反抗するなよ」
更夜は鈴を睨み付けた。
「そ、そうじゃなくて……」
更夜は有無を言わさず鈴を厳しい眼差しで黙らせた。
「……その目……やだ……そ、そうじゃないのよ……更夜……雰囲気が怖い……」
「すまん……。鈴の言いたいことはわかる。俺を心配してるんだろう?」
「そ、そう……」
「ごめんな」
更夜がいままでにないあやまり方をしてきた。
「……?」
鈴は眉を寄せた。
「ごめんね。さあ、いこうか……」
更夜らしくない言葉が出たと思ったらホログラムのように銀髪の少女が現れた。
「なっ……だ、誰!?」
「誰だろうね?」
「……まさか……」
鈴は目を見開いた。
……いつから……更夜じゃない……
頬に汗がつたう鈴を見つめるもうひとつの目……。
「……もうひとり……人質が増えたな」
ぞわっと毛が逆立つ感覚と粟粒の汗が鈴から溢れ出した。
……まさか……まさかまさか……
鈴は震えながら振り返る。
「ただの小娘ではないか」
異様な気配……望月凍夜がそこにいた。
「……こいつが……こいつが更夜達を苦しめた……」
鈴は恐怖の後に怒りが沸いた。
咄嗟に倒さなければと思った。
「か、覚悟……」
鈴は小刀を構え、凍夜に飛びかかった。
凍夜は軽く避けると躊躇なく鈴に拳を振るった。顎が折れる勢いで拳が入った。鈴は血を吹き出しながら空に舞った。
「がはっ……」
そのまま地面に落下し体を打ち付けた。
「ひっ……」
鈴に恐怖心が植え付けられた。
その時、銀髪の少女がすばやく近づいてきた。
……大丈夫?
口パクで鈴に尋ねてきた。
「……」
鈴は震えて答えない。
……ごめんね……もう……逆らわないで……
少女はとても悲しい顔をしていた。
「……」
その顔を見た鈴は素直に頷いた。
「何をしている……さっさと連れてこい。それとも以前のように裏切るか?今回は……逃がさないがな」
凍夜がしびれを切らしていらついた声をあげる。
少女は涙を流し震えながら「ごめんなさい」とあやまっていた。
凍夜ではなく鈴にあやまっているように見えた。
……この子が……望月猫夜か……
鈴はぼんやり思いつつ、少女に連れられて行った。
※※
一方、更夜は知らぬ間に宇宙空間に飛ばされていた。
……あの人形の術にハマったか……
「あ!更夜!」
なぜか宇宙空間で自分を呼ぶ声が聞こえた。
「……?」
更夜が振り返ると目の前に「トケイ」がいた。
「……トケイ……?……あなたもここに飛ばされたのか?」
「うん。よくわかんないんだけど……憐夜ちゃんが拐われちゃって……人形が……」
「そうだ……。俺も人形にやられて鈴とはぐれた……」
「そっか……そういえばサヨは?帰ってきたの?」
トケイは心配そうに尋ねた。
「ああ、あの後に帰ってきたぞ。それから望月猫夜だと思われる『トケイ』に連れられて『K』の世界に入った。ちなみにだがサヨは『K』だったのだ」
「えー!敵にサヨを託しちゃったの!?」
トケイは信じられないと頭を抱えていた。
「……よく聞け。望月猫夜は『K』だ。魂や生き物を連れて動ける。おまけにどこの世界にも入れる。だが、やつはお父様側になりきれていない。サヨを拐う事はしないはずだ。邪魔はするだろうが。俺を鈴と分けたのは俺が凍夜に接触しないようにだろう。故にお姉様が望月猫夜の気配、魂を観察し、化けられてもすぐにわかるように監視してくれているはずだ」
「じゃ、じゃあ、今、鈴が危ないんじゃ……」
トケイは青い顔で更夜を見た。
更夜も顔には出していなかったが気が乱れていた。
「ああ……わかっている……。鈴が心配だ……憐夜もな……」
「じゃあ、これからどうする?」
「もう一度、『K』の世界付近に行く……」
「うん……そうだよね」
更夜とトケイはお互いに頷き合うとすばやく消えていった。




