望月の世界9
「か、囲まれてるの?見た目わからないのだけど……」
アヤは辺りを見回しながら不安げにつぶやいた。
「……向こう側の木だ。三角形になるよう囲んでいる」
「向こう側って……三百メートルくらい離れているじゃない……」
更夜の言葉にアヤは目を回した。
とても離れているのに気がついた更夜をアヤは不気味に思った。
「売店付近に違うのがひとりいる……。なんだか雰囲気はやわらかいが同族だと思われる。俺達はそっちに接触しようとした。おとりだったのか?」
「売店付近のやつの気配は消えちゃったし、姿もなくなったわね」
鈴が申し訳なさそうに更夜を見た。
「鈴……来るぞ……」
更夜の言葉に鈴は素早く構えた。
「来るってまだ離れているんだから走って逃げ……」
アヤがそこまで言った刹那、冷たい瞳と目が合った。
「え……」
アヤが言葉を失う中、更夜と鈴はそれぞれ刀や小刀で応戦していた。
「うそ……え?速すぎるっ……」
「アヤ……こいつら強いよ……。もっと近づいて!守れない!」
ぼうっとしているアヤに鈴が小刀で相手の攻撃を防ぎながら叫んだ。
敵だと思われる者は三人。
二人が男で一人が女。
全員着物を着ており、更夜とそっくりな髪質で銀髪。
違うところは三人とも更夜とは違い、目が大きく、瞳孔が開き、表情がない。
「俺の……異母兄弟だ……」
更夜は小さくつぶやいた。
三人は無言のまま、鈴とアヤに襲いかかってきた。
鎌や刀を的確に死傷できる所に飛ばしてくる。
「……っ」
更夜にはわかっていた。
アヤと鈴よりも強い彼らはアヤと鈴を狙い、更夜にふたりを守らせるつもりなのだ。
そうすると更夜は攻撃を受けるばかりで進展せず、いずれやられる。
男が針を放ってきた。鈴は飛んで避けた。
「飛ぶな!影縫いだぞ!鈴!」
更夜に言われた鈴は糸を近くの木に巻き付けて自身の影に針が刺さる前に動いた。
「あ、危なかった……」
鈴が肩で息をしながら周りを見ると大幅に動いたことでギャラリーが集まっていた。
この世界で遊んでいた者達は何かのパフォーマンスだと思っているようだ。
「人が……そうだ……。皆さん!これから素晴らしいショーの始まりでございます!」
更夜が突然に叫んだ。
「はあ!?」
アヤと鈴は同時に抜けた声をあげてしまった。
更夜の声により、ギャラリー達がぞろぞろと集まってきた。
「……」
敵の三人は一瞬だけ戸惑い手を止めたが、手が止まるのと更夜が動くのが同時だった。遅れて鈴も動く。
刀の柄でみぞおちを素早く更夜が叩き、鈴が慌てて影縫いをかけた。影に針が刺さった三人は何かに拘束されたみたいにピタリと動きを止めた。
それが滑稽な人形劇にでも見えたのかギャラリーが拍手をして喜んでいた。
「皆さん!素晴らしい拍手をどうもありがとう!これにて!」
更夜は演技者のように頭をわざとらしく深々と下げた。
それを見たギャラリー達は拍手をしながら散り散りに去っていった。
「……さて」
「……」
更夜は動けなくなった三人に目を向けた。三人は黙り込んでいる。
「望月の忍……だな。俺はお前達を見たことがない。俺の後に産まれた者だろう?異母兄弟」
「……」
更夜の言葉に誰も反応しなかった。表情すらもない。
「……心を壊されたか、演技か?」
更夜は異母兄弟と確信し、話を進めた。
「……」
三人は問いかけには反応しない。
「更夜……」
鈴が心配そうに更夜を見上げた。
「あなたの力で過去を見て名前を聞き出すのは?あなた、こちらの過去神でしょ?」
アヤは更夜に小さく耳打ちをした。
「……見たくはない」
「え?」
「過去を見たくない。お父様が……映るからな……」
更夜は表情に出してはいなかったが悲しげだった。
「更夜さん?」
「こいつらを見ていればわかる……。まるで人形だ。感情があったはずなのだがな……。お父様に骨を抜かれてしまったようだ。お父様はいまや悪霊、お前達も解放されるべきだ」
更夜の軽い発言に二人の男の内ひとりが更夜を睨み付けた。
「お父様をバカにしたのか……」
「なんだ?」
「お父様をバカにしたんだな。……お前の名を知ってるぞ。更夜だろ……。気がついていた。お父様に逆らうやつはお前だったのかよ」
男は刺々しく伸びた銀の髪を逆立てながら更夜を睨み付けていた。
「そうかもしれん。あなた達はお父様についているのか」
「……」
更夜の質問に再び皆黙り込んだ。
「……あなた達は捕まった。解放してやっても良いがお父様から酷い仕置きをされるのでは?敵が俺達親族でしかも負けたとあっては……。最近は何をされる?」
更夜は三人の表情の動きを見ながら尋ねた。
「お仕置きがなんだって言うの?悪いのがアタシらなんだからありがたく受けるのが普通でしょ」
三人の内の女が表情なく平然と凍夜の暴力を正当化した。
「……そうか……まだ縛られているやつがいるのか……」
更夜がつぶやいた刹那、影縫いが解ける音がした。
影縫いから解放された三人は音もなく世界から消えていった。
「……ちっ……鈴……影縫いが甘いぞ……。逃がしたな……」
「ひぃ!ご、ごめんなさいー……」
底冷えな更夜の声に鈴は怯えながらあやまった。
「……まったく……霧隠れなんだろう?……まあ、もう忍を引退していたお前に頼んだ俺も俺だったが……」
更夜は深くため息をついてうなだれた。
「……なんていうか……私、必要なかったわねー……」
更夜の近くでアヤが居心地悪そうに立っていた。
「いや、あなたは生きている魂、サヨの現代の時間を回すためにいる。弐の世界にはぼんやりした時間があるだけで個人個人の時間はないからな。皆霊故に」
「そう……。で?もう少し……探索するの?」
「そうだな。やつらがお父様の配下というのはわかったが他にも人数の全体像が遠目からわかりそうな世界や組織内部など有名になっている噂があれば……」
更夜はアヤの言葉に目を細めて頷いた。
「……しかし……俺達は完全に心を壊される前に死んだというのか……。あいつらは戦乱中に運悪く生き残った……。あれが俺達の成れの果てなのか……」
「更夜……ごめんね……。あの人達……拷問されるかな……。連れて帰れば助けられたかもしれないのに」
せつなげに空を見上げる更夜に鈴は申し訳なさそうにうつむいた。
「……もうよい……。霊である故に死ぬわけではないからな……。あそこまでいくと痛みも悲しみも苦しみもない。ありがたく暴行され、抵抗もしないだろう。血まみれになることは明らかだが」
「なんてこと……」
更夜の言葉にアヤは目を見開いた。ありがたく拷問される?……信じがたい話だ。
「信じられないだろうな……。俺達はそういう環境で自分と兄弟を必死で守っていたんだ。俺達は自分より年上には逆らえぬ。故に下が過失をした時は拷問好きな父に殺される前に暴力と支配で兄、姉が先に仕置きをするのだ……。連帯責任故に一番上は父に暴行されるのは仕方がないが下は自分達がやるため痛みは少なくて済むのだ。そうやって守るしかできない。まったく歪んでいるな。本当に。……あいつらは……兄弟を守ろうと自分だけ罪を被り率先して拷問をされにいく……という感じではなさそうだな。あれは思いやりがないように見える」
「……ひどい……。わけがわからないわ!あなたの父はサイコパスよ!」
「まあ、それはよい。それよりも散策だ」
「……良くないわよ……」
更夜は感情的になったアヤをなだめ、鈴を連れて歩きだした。




