望月の世界7
「凍夜ぁ!!!」
サヨはヤケクソで凍夜に向かって走り、刀で凪ぎ払った。
凍夜は軽やかに避けるとサヨを蹴り飛ばし刀を奪った。
「ぐぅ……」
「おー、なかなかいい刀だ。試し斬りの材料は……」
凍夜の視線は血まみれで倒れている狼夜に向けられた。
「ひっ……お許しください……お許しくださいィ!!」
狼夜の悲鳴を聞き、サヨは再び立ち上がった。
「やめろォ!!刀を返せ!」
「お前がくれたんだろ」
「返せェ!」
サヨは凍夜に飛びかかる。
凍夜は軽くかわし、サヨの肩先を斬りつけた。
「うぐぅ!」
「ふむ。こういう仕置きもありだな。じわじわと切り刻んでいく……」
「か、返せ!!」
浅い呼吸を繰り返し、血があふれでる肩を抑えてサヨはまた飛びかかった。
凍夜はまた何事もなかったかのように避けるとサヨの頬を切り上げた。
「うぐっ!!」
「次はどこにするか?耳……いや、鼻がいいかな?いっそのこと腕を切り落としてみるか」
凍夜の平然とした会話でサヨは体に震えが出てきてしまった。
「なっ……」
手足が震え、体が動かない。
……あたし……こいつのこと、マジで怖くなってる……。
「体が震えてきたか。やっと服従の心が芽生えてきたな。いい子だ。だが……今更だな。まずは狼夜に釘打ちをしなければ……。心臓は釘で打ったら死ぬか……ならば……」
「な、何言ってんの……あんた……。狼夜はもう大怪我してんだよ!!」
「……だからなんだ?仕置き中断の理由になるのか?」
凍夜は本当にわかっていないようだった。
……こいつ……ヤバいヤバくないの次元じゃない!!
話が通じない奴だ!!
……ダメだ……。今は逃げなきゃ……
……逃げなきゃ……
ただ殺される……。
サヨが気がついた時には凍夜が目の前に立っていた。
「大人しく待っていられないのなら悪い子だな。先に半殺しにしておくか。狼夜はいい子に待っているぞ……」
「……クズ野郎……」
サヨが強がってつぶやいた刹那、何かが勢いよく飛んできた。
「っ!?」
何かのアタックは凍夜にかわされたがサヨは一瞬の隙で凍夜から少し離れた。
「あ!」
サヨの前にカエルのぬいぐるみ、ごぼうが立っていた。
「気絶しちゃったよ……。僕はKの使いになったから弐の世界を自由に渡れるよ!逃げよう!」
ごぼうは一方的に話すと手を広げてサヨ、狼夜を空に浮かせた。
「……!?」
そのままごぼうも空を飛び、空中を走り始めた。サヨ達はごぼうに引っ張られ、同じように進んだ。
「……ごぼうちゃん!!まだ、刀の少年が!!」
「サヨ!余裕ない!ごめんね!! 」
ごぼうは強制的にサヨ達を連れて世界を出ていった。
気がつくと世界から出ていた。
外は相変わらずネガフィルムが絡まる宇宙のような場所だ。
「サヨー!!」
すぐにトケイの声が響いた。
よく見ると遠くをうろうろトケイが飛んでいた。
「……ここー!!!」
サヨはありったけの声でトケイに答えた。
トケイはすぐに気がつき、ウィングを回して飛んできた。
トケイの背中では青い顔をした逢夜がぐったりしていた。
「サヨ!何やってんだよ!危ないでしょ!!」
「いやー……まあ……」
トケイはごぼうの手を引き凍夜の世界から離れた。ごぼうを引っ張ればサヨも狼夜もついてくる。
落ち着く場所まで出て最初に聞いた声は怒鳴り声だった。
「バカ小娘!!自分の感情だけで動きやがって!!」
叫んだのは逢夜だった。サヨの肩を掴み揺すった。
「いっ……」
サヨは肩を斬られている。その痛みで顔をしかめた。
「……っ。お前……」
サヨの反応で逢夜は咄嗟に手を引いた。逢夜の手に血がべちょりとついていた。
「よく見りゃあ……顔も……どうしたんだ……。それから後ろのやつも……」
「な、なんでもない……」
サヨは強がっていたがポロポロと涙をこぼし始めた。体が震えている。
「おい……」
逢夜は戸惑った。だがすぐに気がついた。
「凍夜様に……お父様に会ったな……」
逢夜はサヨを羽交い締めにし、すばやく服を小刀で切って背中を出させた。
「お、逢夜!?」
トケイが動揺の声を上げるが構わずに肩や腰を裸にする。
「……背中に鞭痕が二つ……それから肩に切り傷……頬に切り傷……腹に打撲……」
当たり前のように怪我の有無を確認する逢夜にサヨは「なるほど」と頷いた。彼らは凍夜に逆らったら暴行を受けるということを死ぬほど知っているのだ。
「……肩は止血優先だ」
逢夜は着物の一部を切り裂くと肩に巻き付けた。
「……後ろの奴がサヨを逃がしたのか……誰だ?こいつ」
「……狼夜って人」
サヨが小さくつぶやき、逢夜は驚いた。
「……狼夜か……。魂年齢をあげたんだな……気がつかなかったぜ」
「狼夜が助けてくれた。うちだけじゃ殺されてた。メンタル強かったのに気づいたらあいつに怯えてたんだ……」
サヨは落ち込んでいた。
「だから常識は通じないと言ったはずだ。俺達だってな、死んでから異常性に気がついたんだ。気がつかなかったらな、俺達は勝手な行動を取ったお前に罰を与えている。服従が足らないお前に『逆らいません、ごめんなさい、もうしません、許してください』と叫ぶまで暴行を続けるだろうな。容易に想像できる。今は誰もやらないが……」
「……なんとなくわかった……」
サヨは小さく頷いた。
ショックが大きいようだ。
同時にサヨは逢夜達がどれだけ酷い目に合わされていたかよくわかった。
……あれは尋常じゃない……。
完璧に狂った奴だった。
「説明してやるが……幼い内から拷問をすることで逆らえなくさせて心を支配した上で操りの術をかけるんだ。そうすると術者に逆らえなくなる。お父様に反抗できねぇのは俺達にずっと術がかかっているからさ。見えねぇ術がな……。お前は術にかかりかけたが大丈夫なようだ。ただ、単純に恐怖は植え付けられてしまっただろうが……」
逢夜はサヨに術がかかることを恐れていたようだ。サヨに術がかかればなんのためにサヨを連れてきたのかわからない。
「ねぇ……あいつにどうやったら勝てる?」
サヨは答えのない質問を逢夜に投げかけた。
「……」
逢夜はしばらく黙った後、
「お前、Kなんだよな。カエルのぬいぐるみを扱えるんだろ?」
小さな声でそう尋ねた。
「ごぼうちゃんのこと?扱えるっていうか……なんだ?なんだろ?」
サヨはきょとんとしているごぼうをただ見つめた。
「言いたくはないが……そのカエルに戦ってもらうんだ。サヨはカエルの司令塔だからな、うまく指示を飛ばせれば連携して強くなれるだろう……しかし……」
逢夜はもごもごと言葉を濁した。
サヨに戦えと言っているようなものだ。先程、深い恐怖を味わったサヨにはっきりとは言えなかった。
しかし、サヨは
「よし!強くなろう!がんばるんばー!!」
と気合い充分で拳を突き上げていた。
「おい!よく考えろよ!」
「で?どうしたらいいわけ?修行でもしてレベルあげんの?」
「聞けよ!」
「いいから教えてよ。あれにおにぃが捕まったと思うとゾッとするわ」
「だからってな、よく考えずに発言すんなよ!」
「じゃあ、何をどう考えればいいわけ!?」
サヨと逢夜が言い合いをしているとトケイが声をあげた。
「とにかく!!僕達の世界に戻るよ!!」
「あ、うん……」
「だな……」
トケイのいらだった声でサヨと逢夜は黙り込んだ。




