望月の世界3
サヨは再び眠っていた。
「起きなさい」
アヤに揺すられて慌てて飛び起きた。
「はあ!?また寝てたんだけど!!つかたんみたいだから寝るわ」
「ダメ!」
再び眠りに入りそうだったサヨをアヤが叩き起こした。
「うわっ!てか、ここどこ!?」
叩き起こされたサヨは辺りを見て目を疑った。サヨは白い花畑の真ん中で大の字で寝ていた。
慌てて起き上がる。
「ここはあなたの先祖に近い霊達が住む世界よ。ここにいる人の内、二人は神になっているわ」
「えー!!うちの先祖、神様!?」
サヨが毎回大きな声を上げるのでアヤは「しー!」と指を立てる。
「何事だ……」
ふと後ろから静かな男性の声が響いた。
「え……?って……わああああ!!お化けだ!!」
背後霊のように後ろに立っていた銀髪の青年にサヨは腰を抜かした。
「サヨ、この人は望月更夜さん。夢幻霊魂の世、弐の世界の過去を管理する時神で過去神なの。ちなみに私は現世、壱の世界の現代の時を守る時神の現代神ね」
「は、はあ……」
アヤの紹介を聞き流しサヨは眼光鋭い青年を仰いだ。
右目は見えなくていいのか、長い銀の髪を右側のみ顎まで垂らしている。後ろは乱雑にひとまとめになっていた。
「えー……忍者?」
サヨの言葉に更夜は頷いた。
「元な」
「でー……おにぃは……」
「望月俊也は少し厄介な事に巻き込まれている。
俺の仲間、家族も動いているが進展がない……」
「……」
一瞬ではあるが更夜の顔色が曇ったのをサヨは見逃さなかった。
「あのさぁ……なんかに怯えてる?」
「……」
サヨのうかがうような質問に更夜はなにも答えなかった。
「なーんかあるでしょ?私、こういうの見抜くの得意だよ?おやつとか隠してるでしょ!?」
「……違う!!」
サヨの言葉に更夜は声を荒げて否定した。
なんだか恐ろしく冷たい何かがサヨを駆け巡った。
「えーん……怖いよー……」
サヨはうずくまって泣き出してしまった。
「……っ。すまぬ……。余裕がなくてな……」
少し動揺した更夜はサヨにあやまった。
「サヨ……うそ泣きはやめなさいよ。女から見るとイライラするわ」
「そぉ?ごめそん」
しかし、アヤの発言でサヨはすぐ元に戻った。
「……自分達の親族だと思うと調子が狂うな……」
更夜が頭を抱えた時、違う雰囲気の男の声がした。
「おい!更夜!なーに小娘に翻弄されてんだよ」
振り向くと更夜と同じ銀髪で更夜よりも荒々しい青年が鋭い目をこちらに向けて立っていた。
額にハチガネをしており、こちらは両頬に髪を流している。後ろ髪はかなりの長さだが丁寧に下の方で結ばれていた。
「お兄様……」
更夜の発言で彼は更夜の兄と言うことがわかった。
「更夜さん?のお兄さん?」
「ああ。サヨだったか?お前、忍の才能あるぜ。うそ泣きは女忍の特技だ。だが、あまりこれからの時代よろしくない」
「は、はあー。アヤ、この人は誰よ?」
サヨはアヤに助けを求めた。
「この方は望月逢夜さん。更夜さんのお兄さんで現在は現世で縁結びの神よ」
「えー!!こっちも神様!?しかも現世にいるの!?会えるじゃん!!」
アヤの説明にサヨは興奮して声を荒げた。
「おい、うるせーぞ……。俺はうるせー女が嫌いなんだ。甲高い声で耳障りなんだよ」
逢夜からは怒られてしまった。
「はーい。ごめそんー」
「ごめそんじゃねぇ!『ごめんなさい』だ!礼儀を学べ!小娘」
「ごめんなさいって言っとくけどあんただってうちの事、小娘とか言いたい放題だよね?うちはサヨ!名前あんだから名前で呼んでよね!お・う・やさん!!」
「……悪かった。サヨ。俺は口が悪ぃんだよ。気を付ける」
喧嘩になりそうだったが逢夜はすんなり退いた。
現世を生きる未熟な魂とは彼らは違うらしい。サヨはこの先祖達も何か大変なことを乗り越えてきたのだと悟った。ピーピーわめいている自分がやたらと子供に見えた。
「おい、そんなところにおらずに中に入ったらどうだ?」
ふとまたまた違う声がした。今度は女性だ。
よく見ると近くに一軒家が建っており引き戸を引きながら小さい少女が手招きしていた。
更夜達と同じ銀色の髪をしている。
身長はサヨの半分しかない。幼い女の子に見えるが眼光が鋭く、長年生きた落ち着きを感じた。
「お姉様。申し訳ありません。今、サヨをお連れします」
逢夜が先程とはうって変わってやたらと丁寧に落ち着いて会話をしていた。
「……ほー……」
サヨは逢夜の変わり具合に驚いたがその後すぐに首を傾げた。
「え!?お姉さま!?このちっこい人が!?」
思わずつぶやき、ハッと口をつぐんだ。今、なんだかすごく失礼な事を言ってしまったような気がする。
「口には気を付けろ……」
更夜と逢夜は鋭くサヨを睨んできた。かなりの威圧だ。
さすがのサヨも体を震わせあやまった。
「ご、ごめんなさぃー……」
「更夜、逢夜、『以前の二の舞になる』ぞ。私のことはいい。落ち着け。子孫が震えている」
少女は優しくそう二人を落ち着かせた。
「……申し訳ありません……。サヨ、こちらは俺達の姉、望月千夜だ」
更夜が息を吐くとサヨに落ち着いて紹介した。
「ほえー!千夜さんねー」
「お前の直接の先祖だぞ」
「ほえー!……って!ええ!!」
サヨは聞き流していたが一時止まって叫んだ。
「だからうるせぇって……。忍は耳がいいんだ……。でけぇ声出すんじゃねー」
「あー、ごめそん。うち、あやまってばっかじゃね?疲れたよ。アヤ」
逢夜に再び怒られてサヨはため息しつつアヤに助けを求めた。
「私を見ても何もでないわよ」
「まあ、いいやー。で?おにぃは?」
「中で話す」
千夜はサヨを促し目の前の日本家屋に案内した。
サヨとアヤは先祖達につれられて玄関をくぐり、廊下を歩いて障子扉の部屋へ入った。古くさい畳の匂いがする。
「まあ、座れ」
畳に座布団が敷かれサヨとアヤはとりあえず座った。机の上にお茶が置かれた。
「……で……おにぃは……」
「……俊也は……凍夜……私らの父に連れ去られた。父は……霊体であるのだが現世に縛られ再び望月家を強くしようとしている。死んでからも変わらぬ哀れな父だ」
「……その人はどこにいんの?うちが乗り込んでパーン!とおにぃを救い出すから秒でティーチャー!」
サヨは鼻息荒く千夜達を見据えた。しかし、千夜達の顔色は曇ったままだ。
「どうしたん?」
「お前は……お父様の怖さを知らない……。あの人は人ではないのだ。容赦もなければ感情もない。弐の世界では魂年齢を変えられるため、一番動けた時期になっている可能性もある。目的のためならばなんでもやる人だ。そして生きた魂をさらうことは大罪である故に私達は父に立ち向かわなければならない」
千夜は拳を握りしめていた。
先祖には何かある……。サヨは気がついたがあえてこう言った。
「立ち向かうべきじゃない?」
「……私達は……父が怖い」
千夜の発言でサヨは大笑いをした。
「パパが怖いって何?いい大人が三人もパパを怖がってて大事な子孫を助けられないって言ってるわけ?傑作なんだけど!あははは!」
「さ、サヨ……」
怯えたアヤがサヨを止めた。
「ああ、ごめそん。つい……。だっておかしいっしょ?返してって言えばいいことじゃん」
「……俺達はな……父に逆らえないようにされたのだ。その『傷』は消えることはなく俺達を縛る」
更夜が笑うサヨにそう答えた。
「どういうことだかマジわかんないんだけど。まわりくどい。直球で言ってくれないと」
「では言おう。俺達、四兄弟は……拷問、虐待で育てられた。異母兄弟である狼夜は四歳で拷問の訓練中に死んだ」
「……拷問の訓練って何?あ、あはは……おかしいんじゃない??」
更夜の言葉にサヨは顔をひきつらせながら苦笑いをした。
「じゃあ、見せてやるよ」
逢夜がため息混じりに軽く肩を出した。
「……っ!?」
サヨは絶句した。
逢夜の背中は普通はつかないはずの傷でいっぱいだった。
何をしたらこんな酷い古傷になるのか。
「こ、これは……何?」
「……抜け忍になった妹の連帯責任の罰だ」
更夜は厳しい顔でサヨに言い放った。更夜に目線を合わせた刹那、何か映像が流れてきた。
「なっ!なにこれ!!!」
サヨは頭を抱えてうずくまってしまった。映像は鮮明に真っ赤な血を映す。そこに横たわっているのは傷だらけで裸で倒れている千夜。その横で腕を縛られ吊るされ気を失っている逢夜。血まみれで床に水溜まりを作っている。更夜は泣き叫び震え、更夜が抱いていた銀髪の少女は刀が胸を貫通しており間違いなく死んでいた。
「やだ……なにこれ……」
サヨは震えた。
更夜達の先で感情のない冷徹な瞳を向けている銀髪の男がひとり。
男は更夜に向かって
「お前も罰を受けるか?……喜んで受けるのが普通だ。お前は憐夜を逃がした。タダで終わると思うな……。さあ、言え。罰を与えてください、お願いしますと」
感情なくそう言っていた。
「……罰を……与えてください……お願いします……」
更夜は抵抗するわけでもなく素直につぶやいた。
「土下座をしてあやまれ」
「……申し訳ありませんでした……お許しください……」
更夜はこれも素直に従っていた。まるで感情がない人形のようだった。
その時、逢夜が意識を取り戻し必死に叫んだ。
「お父様!私が更夜の分も罰を受けます!ですから……お許しください」
「……いい心がけだが更夜になにもしないのはおかしいだろう?」
「私がっ!私が受けた分の半分を私が更夜にやります……」
「ふむ。よかろう。では……」
男は冷酷な表情で瀕死の逢夜に笑みを向け、満足そうに頷いた。
逢夜の悲鳴を最後に怯える更夜の瞳から元に戻ってきた。
「はあはあ……何……何?あいつは……血、血がっ……嫌だ!ふざけんな!!」
耳を塞ぎサヨはうずくまる。
「さ、サヨ?何?どういうこと?」
アヤは目を見開いて更夜を仰いだ。
「俺の瞳から俺達の過去を見たようだ。わかったか?幼少期から繰り返されて、父の前ではどんなに強い決意でも操り人形になってしまうのだ」
「……兄弟皆こうで父に何もできず困っている……」
更夜の言葉を続けるように千夜がつぶやいた。
「ちょいまち!じゃあさ、おにぃも酷い拷問を……!?」
「いや、それはない。あれは明夜と同じ感覚だ。正式な跡継ぎにはなにもしない」
サヨは更夜の言葉を聞いてほっと息を吐いた。
その後すぐに
「明夜?」
と首を傾げた。
「私の息子だ。つまり……お前達とは血が繋がっている」
「じゃあ明夜さんになんとかしてって言えば?」
「……いないんだ……どこにも……。見当たらない……。そもそも生まれたばかりの顔しか知らぬ」
千夜の言葉にサヨは首を傾げた。
「どゆこと?」
「……生まれてからすぐ持っていかれた。そもそも生き長らえたのかもわからぬ」
「……親から子供を離したの!?そいつサイテー!なんで文句をっ……」
言いかけたサヨは口をつぐんだ。
……そうだ……マインドコントロールで抵抗できなかったんだ……。
目を伏せるサヨに千夜は優しく語った。
「……奪い返せば良かったよな……」
「……もう!こんな辛気くさい話はやめてっと。明夜さんがいるとして先祖に捕まってるってことない?おにぃと一緒に」
サヨは悲しい話が嫌いである。話をもとに戻した。
「可能性はある」
「じゃあ奪い返す人がいないじゃん!もー!アヤ!!知り合いの神に頼んでそいつ懲らしめてきてよ!一番はやたんじゃん!」
サヨはアヤに助けを求めた。しかし、アヤはため息混じりに首を振った。
「あのね……こちらの世界は本当はね、入ったら出てこれない確率が高いの。生き物全ての世界がネガフィルムみたいに帯状になっていて一つの世界に入り込んだら生きたものは出てこれなくなり、世界を永遠にさ迷う。だから生き物が入らないように監視をしている神もいるのよ。もちろん神もこちらに順応したデータがないと生き物と同じように迷う。手伝ってくれる霊を探すしかないのよ」
「じゃあどーする?こまりんこぉぉぉ!!」
アヤの説明に頭を抱えたサヨはふとある疑問が浮かんだ。
「あ……。ねぇ、神も生き物も本来入れないんならこの夢幻霊魂の世界とやらで奴みたいに悪さする奴がいるんじゃね?取り締まる人はいないの?フシギンポだわ」
「まあ、だいたい予想がつくとは思うが……」
更夜が言いにくそうに口を開いた。
「……まさか……」
「俺達がそうなんだ。それに他にも『K』という者達や『Kの使い』と呼ばれる者達など取り締まる者もいるが、これは生前からの俺達血族の問題。なるだけ俺達で解決したい。しかし、もうそんな事は言ってられなくなった。生きた魂が死者に囚われてしまった。それが自分達の子孫。助けてくれるのならば助けてほしい」
更夜はどこか悔しそうにサヨを見ていた。
サヨはなぜ、自分が彼らに受け入れられたのかわかった。
彼らは自分の血族で凍夜に屈しない魂を探していたのだ。サヨには特に普通の人間にはない能力がある。
「……助けてほしかったんだね。実はうちを呼んでたりした?」
「生きた魂には頼れない。しかし、アヤが時神の繋がりでこちらに来てくれた。生きた魂は眠ると魂だけこちらの世界にある自分の世界に来る。関係のある世界ならば他人が自分の世界に出現することも可能だ。それでアヤは俺達を本にした。想像物を間に挟み、こちらに来てくれたのだ。そこからサヨが俊也の異変に気がついているという話を聞いた。ならば手伝ってくれるか?と思い待っていたのだ」
更夜が丁寧に説明してくれた。
「他に先祖の霊とかに助けを求めれば良かったじゃん」
サヨの質問に千夜が唸りながら答えた。
「父より上の先祖は他の望月家と繋がる。彼は望月家の方針をがらりと変え、勘当された。それ故に遠い先祖が誰なのかどこにいるのかわからぬ。そして先祖はもう縛りから解放され、長い年月の中で魂がエネルギーに変わり別のものに生まれ変わっているかもしれぬ。本来安らかになっているものを呼び戻すことは私にはできない」
「まあー……確かに?子孫は?うちの前にもいっぱいいるっしょ?」
「霊になっている者はいるがどこにいるかわからぬ。サヨ、俊也の家系は私の家系故に知っているが分離した者については把握していない。しかし、当時は明夜以外は皆、同じ教育だ。異母兄弟がいたとしても父には逆らえない。もしくは上には逆らえないようにされている可能性が高い。それはしばらく遺伝している。別の望月家の知り合いがそう言っていた。あんた達は異端望月家だったと」
「あ!じゃあその人に助けを求める!」
サヨは次から次へと質問を重ねる。
「名を望月チヨメという。現在は異母兄弟の狼夜と共にチヨメの世界で生活しているようだ。チヨメは戦う方面ではない」
「まあ、話し合いをする気はないわけねー。あくまで戦って奪うと」
「話を聞く人間ではない」
「大方わかった。わかった。おにぃを取り戻そう!おー!!って誰か言ってよー!さげぽよー」
サヨは話に飽きたのか強引に終わらせた。
「おい……アヤ……平気なのか?この娘は……」
「知らないわよ……平気なんじゃないかしら……」
心配している更夜にアヤは曖昧に答えた。
「で?どうする??何したらいいの?わかんナイル川なんだけど」
誰も突っ込んでくれず、サヨは肩を落とした。
「……では、サヨには逢夜と共に父の世界を見つけてもらう。サヨは霊体ではないので弐の世界を素早く動けるようにこちらの時神未来神を連れていくといい。彼は元々こちらの時神だ。霊体ではないがこちらのデータを持っているという珍しい神だ」
「はあ……どこにいんの?」
「外で遊んでいる」
千夜の質素な答えにサヨはずっこけた。
「ああ……そう……」
「それから……更夜はアヤと共に敵の仲間が近くにいるか捜査をしてくれ。こちらの時神現代神、鈴を連れて行け」
「鈴も使うのですか!?」
更夜は目を丸くして千夜に尋ねた。
「あの子は生前は忍だろう。それに仲間外れを嫌う子だ。はじめから仲間に入れないとこそこそと自分で危険地帯に行ってしまいかねない。お前が守ってやれば良い」
「……はい」
更夜は頭を下げた。
「でー……鈴はどこに?」
「外で遊んでいる」
千夜の答えにサヨがまた盛大にずっこけた。
「じゃあ何?皆外で遊んじゃってるの!?ちょーウケる」
「とりあえずいくわよ……」
うるさいサヨをなだめたアヤはゆっくり立ち上がった。




