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旧作(2016〜2024完結)「TOKIの神秘録」望月と闇の物語  作者: ごぼうかえる
オムニバス6「千火の夢」(千夜の過去)
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千火の夢 二話

 そこから千夜は乙女のように恥じらいを持つようになった。

 そして、いままで押し殺していた感情が彼により引き出され、彼に甘えてみたくなった。


 かわいがられてみたい。


 まるで幼い少女のような不思議な気持ちになっていた。


 当然と言えば当然だ。

 千夜は親の愛を感じたことはなく、いつも寂しい思いを奥底に隠し続けていたからだ。


 夢夜は普段の業務、諜報などをこなしながら小屋のような家を敷地内に建てた。夢夜は凍夜にバカにされ、笑われていたが、敷地内に家を建てることの許可を簡単にもらっていた。


 夢夜が何を言ったのか、なんとなくわかるが、千夜はあえて聞かなかった。


 小屋は夏ごろに完成し、二人での生活が始まった。


 千夜は子を産むために仕事を与えられず、危険な業務は弟達が行っていた。


 たしか……逢夜は敵国軍師の殺害、更夜は敵国に潜入し、時期を見て城主を殺す役目だ。


 憐夜が死んでから、ほとんど会っていないので、実はよく知らない。


 ……もう、死んでいるかもしれない。

 千夜はこの世界を恨んでいた。


 ……私達の人生はあんまりだ。

 辛くて悲しいことしか起こらないじゃないか。


 千夜は夢夜と住みはじめてから緊張の糸が解かれて、よく泣くことが多くなった。


 今は夕食の準備をしているが、包丁で魚を捌く手が、血にまみれた自分の人生と重なり、吐き気が襲っていた。


 こんなこといままでなかった。

 夢夜はしっかり食べろと言うので、ちゃんと食事を作っている。

 千夜の家族は全部自分でできた。料理から医術まで。


 だから、千夜も料理は得意だ。


 夢夜も自分のことは自分でできる。できるのだが、夢夜は諜報の仕事に出ているため、毎日疲れている感じであった。だから、現在は千夜が料理をしている。


 「千夜、大丈夫か?」

 夢夜の声が聞こえた。

 夕方、ようやく帰ってきた。


 夢夜は家に帰るとまず、千夜の状態を見てくる。夢夜も精神をすり減らしているはずだが、千夜のことを気にかけてくれた。


 「私は大丈夫です」

 「具合が悪そうだな。今日は何かあったか?」

 夢夜は千夜の嘘をすぐに暴いてしまう。

 なので仕方なく、千夜は今の自分の感情を夢夜に話すのだ。


 「魚は俺がやる。千夜は少し休め。俺の側にいた方が落ち着くならば近くにいるといい」

 夢夜はいつも千夜に優しかった。千夜は夢夜の言葉ひとつに頬を染め、静かに夢夜の側にいた。

 こうして毎日が過ぎていく。


 夢夜の元で過ごしはじめてから千夜はややふっくらとした。

 しかし、成人している彼女の身長や外見は変わらない。


 夕食を食べ終わり、千夜はテキパキと布団を敷く。


 「千夜、今日は……」

 夢夜は千夜の頭を撫でながら初めて、閨事(ねやごと)に誘った。


 「……」

 千夜は悩んでいた。


 「無理ならばよい。なにか……話しでもしようか」

 「あの……」

 千夜は夢夜の誘いを断ってしまったことになり、夢夜に恥をかかせてしまったと思った。


 「いいのだ。千夜。どうせならお互い幸せな気持ちになりたいからな」

 「あのっ……」

 千夜には秘密があった。


 気分が乗らないのではなく……

 できない理由があった。


 「……どうした? なんでも言ってくれ」

 「あたし……あ……私は」

 「言えないなら無理するな」

 焦る千夜に対し、夢夜はやわらかく笑った。


 「言わないといけません……」

 千夜は顔を真っ赤にして夜着を握りしめた。


 「……」

 夢夜は黙ったまま、こちらを見ている。


 「あの……私、見せられる体ではないの……です。傷だらけで……。汚い体で申し訳ございません。夢夜様……嫌かと思いますので、早々と終わらせましょう」

 千夜がもじもじと恥じらっていると、夢夜は眉を寄せた。


 「……嫌? そんなわけないではないか。かわいそうにな。あの男は酷すぎる。少女相手になぜ、ここまでの事ができるのか。辛さはよくわかる。俺にもわかる。俺も見せられる体ではない。こちらにおいで……俺は千夜を大切にしたい。千夜に酷いことはしないと約束する」


 「夢夜様……」

 千夜は溢れる涙を止められず、夢夜にすがって泣いた。千夜は止まっていた感情を溢れさせていた。子供の精神状態から時間が止まっていたのだ。


 そして、千夜は一番の秘密を打ち明ける。


 「あの、私……初経が……まだ……子供は作れぬかもしれませぬ」

 真っ赤になりながら、千夜は一番言いたかった事を言った。


 千夜には生理がきていなかった。大人の女として、くるべきものがきていない、それはいままでの千夜にとっては良かったのだが、好きな男に抱かれる寸前に告白しなければいけないことに、千夜は抵抗があった。


 まだ、子供で体も精神も大人になっていない。

 それを大人の男性に話す行為が千夜にはたまらなく恥ずかしかった。


 「大丈夫だぞ、千夜。問題はない。今日は俺と話そうか。しかし、千夜は痩せすぎている。しっかり食べさせてやるから安心しろ。甘えてくるお前はかわいくて仕方がない。普段の雰囲気は威厳があるが。ああ、夜だけは俺に甘えてくれないか?」


 夢夜は千夜の感情が手に取るようにわかった。

 千夜はどこか安堵した表情で夢夜の布団へ入った。


 優しく、たくましい腕が千夜を包む。千夜は初めて女で良かったと思った。夢夜は千夜の話をしっかり聞いてくれて、悲しいこと、後悔していることなどを千夜は涙を浮かべながら語った。


 聞きながら夢夜は凍夜望月家が何をしていたのかを知った。


 傷ついているのは千夜だけではなく、すべての兄弟、凍夜の妻が不幸になった。


 あの男は……いつか殺す。


 夢夜の中で凍夜を引きずり下ろす気持ちが広がった。

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