春に散る花 四話
俺はまた、茂みで吐いていた。
はるは催眠と術にかかり、表情なく部屋でぼうっと座っている。
涙を流していたが、身体に傷は与えていない。
だからと言って良かったわけではない。これからはるは俺の操り人形だ。
はじめて試した術故に、深くかかってしまった。
凍夜が帰ってきたら、これを見せ、その後に催眠を解く。
それが一番いい。
「更夜、おもしろいことをしたな。下女を壊したか」
気がつくと後ろに凍夜が立っていて、どこも見ていないはるを投げ捨てた。
「……はい。色々とやりました」
「これはこれでおもしろい。ではこの状態で水責めの腹百発蹴りをやったらどうなるか試してみよう。鞭は軽いからおもしろくないな。おそらく無表情だ。舌を切るのは下女の仕事ができん故、そういやあ、却下だな」
「……っ!」
凍夜の発言に俺の視界が揺れた。
はるは連れていかれた。
俺は拳を握りしめ、凍夜に言う言葉を必死で考える。
初めから俺の動きを読んでいたのか……。
何か言わないと……。
気持ちは焦るばかりで何も思い付かない。俺は屋敷の外の草むらに再び吐いた。
俺がはるの代わりになろう。
はるを俺付きの使用人にしてもらい、使用人の不始末の罰を俺が……。
俺は通るはずのない案を凍夜に話すべく走る。
屋敷に入り、井戸のある庭に向かい駆けた。
すぐにはるが木に縛り付けられているのが見えた。
桶で井戸水をすくい、無理やりはるの口にねじ込んだ凍夜は、はるの腹を手加減せずに蹴りつけた。
はるは苦しそうにもがき、水を吐く。木に縛り付けられているため、腹を抑えることもできず、目を見開き涙を流している。
やめてくれ……。
「ふむ。これくらいだと催眠が解けるのか。後九十五回だな」
凍夜は笑いながら、吐き続けるはるに無理やり水を飲ませる。
「息ができんのか。なら息をさせてやる」
凍夜は再びはるの腹を押し潰すように蹴る。
はるは再び、吐き、呻きを繰り返す。
やめてくれ……。
はるが意識を失っても拷問は続く。
なぜ、俺は何もできない。
なぜ、凍夜に逆らえない。
幼少期の術を解く方法はないのか。
このままでははるが死んでしまう。
罪のないはるが、人でなしに殺されてしまう。
なんとかしろ。
なんとか……。
十五の俺には何も思い付かなかった。ただ、黙ってみていた。
あの優しい笑顔のはるが消えてしまう。
どうしたらいいのだ……。
やがて裸のはるが俺の足元に乱雑に投げ捨てられた。
「死んだかな?」
凍夜は愉快そうに笑う。
「……」
凍夜は俺にこれくらいできるだろうと目で言ってきた。
「まあ、死んでてもいい。死んでたら片付けておけ。ああ、刀の試し切りに使うから、やはり死んでたら串刺しにでもしておけ。お前も試し切りやるか?」
凍夜はそのまま去っていった。
こういう男なのだ。
「……はる」
俺は声をかけた。
死んではいないようだが、意識はない。俺ははるを優しく抱き、静かな小川が流れる森に入っていった。
ここは憐夜の怪我を治していた場所だ。土が柔らかく、日も当たり、小さな川が横を流れている。
俺ははるを寝かせ、腹を見た。
酷い青アザができている。
内蔵に異常はないか確認し、腹を布切れで冷やした。
そして、俺の羽織をはるにかけた。
青白い顔のはるをそっと撫でてから俺は泣いた。
誰にも知られずに静かに泣き、惨めな自分を殴り付けた。
かわいそうだ。
はるがかわいそうだ。
はるがこんな酷い目にあう必要はないではないか。
女にこんなことをするのは許せない。女に残虐な行為をすると、性的に興奮する男が寄ってくる。
戦国の世はいかれているのだ。
水を無理やり流し込まれて、百発も腹を蹴られ、意識を失ったはる。
どうしてあいつは非道なことができる?
どうして泣いて許しを求めている女にそんなことができる?
はるは優しい女だ。
そして、弱い。
あいつから守らねば。
男として、はるを守らねば。
どうやって守る?
目を泳がせていると、はるが目覚めた。怯えと苦痛が顔に浮かび、泣き出す。
「あっ……あー! ううう……」
叫びながら腹を押さえうずくまった。
「いいいー! あー!」
気が触れたかのように叫ぶ。
……俺が壊した。
俺が壊したんだ。
はるを。
目を剥き、俺から離れようとしたが、腹が痛いのか、苦しいのかのたうち回っている。
恐怖が顔に浮かんでいた。
俺が少し動くと頭を抱えて、うずくまり、震える。
はる……俺は間違えていた。
あの術はしてはいけなかった。
あれの後に凍夜が……。
俺は拳を握りしめた。握りしめたらはるが恐怖に顔を歪め、失禁した。
もうダメだ……。
なんと声をかける?
悩んでいると、はるが鋭利な枝で自分の首を刺そうとしていた。
まずい。
……このまま死んだ方が楽か。
……いや、殺してたまるか。
俺は素早く枝を奪う。
はるは泣きながらうずくまった。
「もう死にたい……もう死にたい。痛い……苦しい……痛い……苦しい……辛い……悲しい……殺して……殺して」
「死なないでくれ。俺がこれから代わりになる! だから、死なないでくれ。頼む」
「お母様……お父様……なんで私も連れてってくれなかったのですか……。私を置いていったのですか……。お母様とお父様がくださった身体……こんなに酷くなりました……自慢の身体だったのに。傷なんてっ……なかったのにぃ!」
俺ははるを呼び戻す。
落ち着かせようと無理やり抱きしめた。はるは発狂しながら俺から逃れようとした。
「きずなんでっ……ながっだのにぃ……!」
泣き叫ぶはるを必死で抑え、離さずに力を入れずに諭す。
俺が守る。
俺が代わりになる。
俺はお前を傷つけない。
俺はお前の味方だ。
様々な言葉を吐いた。
すべて本心であり、嘘はない。
伝わるか伝わらないかわからないが、諦めずに語りかけた。
人を壊すのは容易いが、人をもとに戻すのは容易ではないのだ。
彼女は戻らない。
まだ、戻らない。
もう戻らないかもしれない。
後半はただあやまっていた。
気持ちが伝わるように必死であやまった。
それしかできなかったのだ。
やがてはるの震えが収まった。
静かな嗚咽だけが続く。
すまぬ。はる。
俺はあいつから離れられる術を考える。
お前が逃げられる道を全力で考える。
「だから、まずは休め。俺が今、命令した。凍夜様に呼ばれていても俺が命令した故、罰は俺に来る」
俺は凍夜に逆らえない。
ならば、逆手にとるのだ。
逆らわないではるを守る。




