春に散る花 三話
そこからか、俺は会いたくもないはるによく会うようになった。はるはなぜか、いつも俺の心配をする。
なぜだ?
俺は関わってほしくないのだが。
屋敷の一室で精神を安定させていると、はるが「失礼します」と中に入ってきた。
「更夜様、顔色が悪いですが、具合が悪いのでしょうか? お粥などいかがですか?」
「問題ない。俺に構うな。お父様を気にかけろ。でなければ、また殴られるぞ」
「……そう、ですね」
はるは複雑そうな顔で俺を見る。俺を気にかけてどうするというのだ。
「何かまだあるのか?」
俺は踏み込まれないように冷たい空気を出す。こいつと話している暇はない。
「あの……このあいだはなぜ、手加減を?」
はるの言葉に思わず、顔をしかめてしまった。
「手加減などしておらん。時間の無駄だ」
はるは俺の心を開こうとしてくる。おそらく、こないだの失言で俺の性格を理解したのだろう。
ああ、そうさ。
俺は「残虐な行為が嫌い」だ。
仕事故にやっている。
それだけだ。
「心配なのです。ただ、それだけなのです」
はるは俺にそう言った。
壊れた俺と、壊れる寸前のはる。はるにはなにか思うところがあったのだろう。
「はる、お父様の気配を感じる。すぐに戻れ。お父様が帰ってきたぞ」
「……はい」
はるはどこか残念そうに去っていった。
※※
朝、俺が諜報の仕事から帰ると、はるの泣き声が聞こえた。
またか。
凍夜の遊び道具にされている。
今度は何をしたのか。
どうせ、くだらんことだ。
「しかし、お父様に仕事の報告に行かねばならんのだ。遅いと酷い目に遭わされる」
仕方なく、凍夜がいる奥の部屋まで行き、声をかける。
「……失礼します。ただいま帰りました」
「更夜、入れ」
「はい」
凍夜に許しをもらえたので、中に入った。
はるは腹を抑えてうずくまっていた。腹を殴られたか、蹴られたか。
俺はそれを横目で見ながら凍夜に内容を報告した。隣国の内部情報を仕入れて、凍夜に報告する仕事に今はついているのだ。
「ふむ。理解した。おもしろい話だ」
「では」
俺は頭を下げ、早々に去ろうとしたが、凍夜が止めた。
「待て待て。こいつがな、俺の妻どもに接触したのだ。下女ごときが望月家と口をきくことは許さん。まだしつけが足りんようだ。俺は隣国を落とす計画を練るため、もう行くが、お前はこいつをしつけろ。こないだも仕置きがぬるかったようだが、今回はそうはならんよな?」
凍夜の冷笑に俺は震えた。
やはり、バレていた。
知っていた上で、もう一度、俺が凍夜に従順しているか見るのだ。故に再度、はるに暴力を振るえと言う。
そして今回は……おそらく。
「爪を全部剥がし、舌を切るか、水を飲ませた上で腹を百発蹴るか、逆さに吊るし、竹鞭で百叩き。お前はどれがいい?」
「……」
やはり、凍夜はやることの指定をしてきた。
「まあ、好きにやれ」
凍夜は笑いながら去っていった。
……戦国の武将達は皆、残虐だ。
風の噂では子供を串刺しにし、女達を磔にした残虐な話も聞く。
牛裂き、釜茹で、鋸引き、磔、串刺し……。
この時代には沢山の死がある。
人の命が……軽いのだ。
軽すぎるのだ。
はるは頭を床に擦り付けたまま、動かない。
「はる、俺はやりたくない」
俺は追い詰められていた。
凍夜が言った内容は全て、やりたくないのだ。
捕らえた者に拷問する練習をしろと言うことなのだろうが、いつまでも慣れない。
はるは泣いていた。
当たり前だ。
一生ものの傷を負うかもしれんのだ。苦痛も嫌だろう。
それは俺にものし掛かる。
爪を剥がして、舌を切るか。
水を無理やり飲ませながら、腹を百発蹴るか。
逆さに吊るし、竹鞭で百叩くか。
一番上は傷が重すぎる。
二番目は髪を掴んで桶の水を強制的に飲ませて、腹を蹴るを百繰り返す。蹴ることで水を胃から吐いて苦しい上、さらに水を飲まされ、また痛みと共に吐き出される。これは残酷すぎる。
もう最後しかないか。
いや……もうひとつある。
俺は思い付いた。
凍夜は俺に拷問の練習をさせている。ならば……、恐車の術を試すことにすれば良い。
はるを無理やり犯し、男忍特有の手技を使い催眠をかける。
凍夜にそう説明すれば残虐性を少しは抑えられるはずだ。
はるには俺の感情を知られてはいけない。術にかからねば意味がないのだ。
俺は冷たい目をすると、はるに命令をする。
「脱げ」
「はい」
はるは素直に着物を脱いだ。
アザだらけの身体に俺は戸惑ったが、息を吐く。
「寝ろ」
「……え?」
凍夜が言った三つのどれかが来ると思っていたのか、はるは眉を寄せて俺を見た。
すまぬ。はる。
……やるぞ。
「さっさとしろ」
俺ははるの頬を強く叩いた。
はるは震えながら横になる。
「逆らえば舌を抜く。今のは手加減してやったのだ。次は、こうはいかぬ」
「……はい」
まずは……ここだ。
首の一点を触り、呼吸をしずらくする。腕、足、腹……それぞれの一点を強く押す。呼吸もしずらく、手足も動かない。
しかし、腹は熱くなってくる。
男を受け入れたくなるのだ。
はる、すまぬ。
苦しいだろう……。
強制的にそういう気持ちにさせる術だ。自ら求めたことに、後で後悔するのだ。
泣いている。
……もう、できない……。
やりたくない。
はるはこれから俺の術で苦しむ。俺が苦しませるのだ。
「このまま殺してもいいがな。それだとお父様が満足しない。これからもっと苦しくするぞ」
俺は感情に反して冷酷な表情でそう言うのだ。
はるはどういう気持ちで俺を見ているのか。




