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旧作(2016〜2024完結)「TOKIの神秘録」望月と闇の物語  作者: ごぼうかえる
オムニバス5「春に散る花」(更夜の過去)
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春に散る花 二話

 俺が十五の時……、妹の憐夜が死んだ一年後、凍夜が十四の娘を拾ってきた。戦の時代、両親がいない孤児はあちらこちらにいた。

 凍夜はその娘を下女と呼び、「飼育」することにしたと言った。

 その娘は両親に大切に育てられたらしいが、ここでは通用しない。

 この凍夜望月家は愛とは無縁の一家だ。拾われた家が悪かったな。

 目に光がともっていた娘が、光を失うのに時間はかからなかった。

 娘は凍夜の体を拭くという命令を受けた後、どんくさいという理由で殴られ、顔を腫らし、泣いていたのが最初だった。

 俺は声をかけなかった。

 おそらく、この娘はいつか、凍夜の拷問の練習に使われ死ぬ。

 死んだ方がいい。

 早く死んだ方が楽だ。

 逃げたら俺が一瞬で殺してやろう。

 そう思っていた。

 愛されて育った娘が両親を戦で失い、泣いている所に凍夜がきて声をかけ、彼女は愛してもらえるとわずかながらに思い、ついてきたのだろうと予測できた。

 同情はしない。

 俺はもう、心がわからなくなっている。

 どうでもいい。

 忘れろ。

 どうせ、皆、死ぬ。

 また、彼女の泣き声が聞こえる。なんだろうか、このうずきは。

 憐夜を思い出す。

 妹は俺達の暴力によく泣いていた。

 助けられなかった。

 自分からも、兄弟からも助けてやれなかった。

 今もそうか。

 ああ、なんだかな。

 人でなしという言葉がしっくりくる。

 「申し訳ありません! もうしわけっ……」

 娘の謝罪する声がする。

 おそらく、あの子は何も悪くない。今回はなんだ?

 隣の部屋から食器が割れる音がした。

 ああ、食事か。

 そういえば、本日は他望月家の家長が集まる集会だ。

 それの食事が間に合わないのか。凍夜はおそらく、何人分もの量を彼女ひとりで作らせているはずだ。

 俺はため息をつくと立ち上がり、板場を覗いた。

 身体中アザだらけの少女が破れた着物を恥じらいもなく着込み、泣きながら食事を作っていた。

 どうやら、塩や砂糖の使い方がわかっていないようだ。塩や砂糖は貴重なもの故に、この娘はほとんど使ったことがないのだろう。

 「やれやれ、終わらんな。単純に食い物になっていない」

 凍夜は愉快そうに笑いながら、板場に入った俺を見た。

 「更夜、お前が作れ。この下女はお仕置きだな。できなければ、罰を受けるのが当たり前だ」

 「そっ……そんな……」

 凍夜の狂った考えを受け入れられない娘は泣きながら頭を床に押し付け、謝罪をはじめる。

 ……あやまったところで意味はない。

 俺はそう思いながら、煮込まれた煮物を菜箸で食べてみた。

 味がなさすぎる。

 おそらく、この娘の家庭ではこれが普通だったのだろう。

 娘が謝罪をしている中、俺は無言で煮物の味を整えた。

 まだ飯も炊けていなかった。

 もう日は傾いている。

 早くしないと間に合わない。

 俺は火をおこし、麦飯を炊きはじめた。

 「更夜、作った後、こいつに盛り付けさせてから、罰を与えとけ」

 「……はい」

 俺は素直に凍夜に返事をし、凍夜は陽気なまま出ていった。

 「大丈夫か? 味を覚えろ。これだほら、食べろ」

 俺は凍夜がいなくなってから小皿に煮物を盛り、渡した。

 「……はい」

 娘は震えた手で大根の味噌煮を食べる。

 「わかるか? かなり濃いのだ」

 「……はい」

 娘は食べた後に、少し優しい顔をした。うまかったらしい。

 「……すまぬ、盛り付けはやってくれぬか。俺は目が悪いため、よく見えんのだ」

 今は()の世界でメガネを手に入れたが、この時は戦国時代である。

 メガネなど手に入らない。

 故に俺は生まれつき、ものがよく見えない。だが、そこまで悪くはない。

 娘はささっと盛り付けた。

 ここは早い。

 おそらく、凍夜の重圧がなければ、器用な娘なのだろう。

 「麦飯も、ありがとうございます……」

 娘は床に頭を押し付け、震えながら俺に感謝の言葉を述べた。

 「……よい」

 俺はとりあえず、ひとこと言って、他望月の会合の準備をした。

 望月は忍の家系。これからの動向などは深夜帯に決めることも多い。今回も夜に、静かにやるようである。

 集会所に料理を娘と運び、灯し油に浸した灯心(とうしん)に火をつけ、行灯(あんどん)をかぶせた。

 忍はこれくらいの灯りでいい。

 障子を開けて、外で焚き火は明るすぎるのだ。

 なんとか準備も終わり、俺と娘は屋敷に戻った。

 「……あなたはなんという名だ?」

 俺は今後のために名を聞いた。

 情報はいつ使うかわからん故な。

 「はる……です」

 「はるか。良い名だ」

 「ありがとうございます」

 屋敷の一室に入り、余りの味噌煮を麦飯と食って夕食にし、はるにもそれを食わせた。

 食えるときに食え、俺はそう言った。

 「さてと……」

 俺は憂鬱になりながら、はるを見た。はるもわかっていた。

 顔色が悪い。

 ある程度はやらんといかん。

 俺は凍夜に逆らえない。

 恐車(きょうしゃ)の術は幼少期から俺にかかっている。

 命令されればやるしかない。

 憐夜にやったように……。

 「はる、お父様を怒らせた罰だ。まっすぐに立ちなさい」

 「……はい」

 はるは素直に立った。着物を握りしめている。

 怖いだろうな。

 これから俺に殴られるのだから。

 凍夜が満足するくらいの傷を負わせてやらねばならんのだ。

 相手は無抵抗の女だ。

 やりたくない……。

 俺は凍夜であれば、はるへの仕置きの度合いをどれくらいにするか考え、軽くても重そうな痕が残るやり方を導き出す。

 震えているはるの頬をかなりきつく叩いた。鉄砲を撃ったかのような音がし、はるが倒れる。

 はるは泣いていた。

 「い……痛い……」

 「立て」

 俺は感情を消し、はるを再び立たせ、反対の頬を張る。

 はるは逆側に倒れ、頬を押さえて嗚咽を漏らしはじめた。

 「痛ぃ……ごめんなさい……」

 「立て」

 俺はもう一度、はるを立たせ、もう一発叩いた。顔は腫れていた。

 ……もう良いか。

 ……やりたくない。

 『私は人間ですか? それとも道具?』

 死ぬ前の憐夜が言った言葉。

 胸に刺さる。

 しかし、俺は反対のことをしようとしていた。

 凍夜を焦らせた罰が頬を三回叩くだけでいいのか。

 拳で女を殴るのはかなりの抵抗がある。故に平手にしたのだが、俺の抵抗は一緒だった。

 仕方ない。

 背から足にかけて鞭を入れたことにするか。

 着物と腿の間に三発だけ鞭をいれよう。しこたま叩いたように見えれば、それで良い。

 「そのまま壁に手をつけ」

 「……はい」

 はるは泣きながら素直に従う。

 ……はあ、憐夜がちらつく。

 嫌になる。

 俺は頭を抱えつつ、はるの腿に竹鞭を三回入れた。

 「うっ……ううっ」

 はるは呻き、赤いみみず腫れが三つできたが、血がでなかった。

 凍夜が一体、一回の仕置きでどれだけ力を入れているのかわからなかった。俺は背から血が溢れ出るくらいまで打たれていたが。

 だが、もういい。

 見るのも辛い。

 もう無理だ。

 やりたくないんだ。

 「立て。終わりだ」

 「はい」

 俺ははるを立たせ、顔を見ずに部屋から出た。顔をみたくなかったのだ。はると離れてから俺は手の震えを抑えるため、深呼吸を何度もした。

 もう無理だ。

 気分が悪い。

 泣いている憐夜が映る。

 気持ち悪い。

 「うっ……」

 俺は外へ飛び出し、草むらに食べたものを吐いてしまった。

 「はあ……はあ……」

 目から勝手に涙が溢れた。

 ぼやけた視界がさらにぼやける。

 「更夜様……?」

 気がつくとはるに声をかけられていた。

 「あ……ああ、なんだ?」

 俺は平静を保とうとはるを見ずに尋ねる。

 「具合が悪いのですか?」

 はるは心配そうな声音で俺の背を撫でた。先程、暴力を振るった俺の心配をするのは辛くないのだろうか。

 「問題はない。あなたは俺になんの用だ」

 「……はい。あれは私の大失態ですが、罰が軽すぎるような気が……」

 はるはもうすでに、凍夜の感覚で話している。

 罰が軽すぎる?

 こんなもので罰が飛ぶのがおかしいのだ。

 ただ、料理の味付けに失敗しただけで思い切り頬を三回も叩かれ、腿に三回も鞭を入れられた。

 そう考えるのが「普通」ではないのか。

 料理の味付けを失敗したのに、頬を三回しか叩かず、鞭も三回でいいのかと、この女はそう言うのだ。

 おかしいだろう。

 俺はおかしいと思うのだ。

 「あの……申し訳ありませんでした。これで良いなら良いのです」

 「……良い。これ以上叩けば身体に悪い」

 「……身体に……悪い……ですか?」

 俺ははるに問われ、余計なことを話したと思った。

 余計な会話が生まれてしまう。

 「……離れろ」

 俺は突き放した。

 そして逃げるように去ったのだ。

 どうせ死ぬのに、知り合ってどうする。俺はそう考えていた。

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