春に散る花 一話
俺が殺した少女、鈴と死後の世界で共に生活するようになった。鈴は俺のような人でなしになぜか、心を開き、白い花が咲きほこるこの屋敷でいつも笑顔でいる。
「更夜ー! あれ? また仏頂面してる」
「そんな顔をしているか? 俺にはわからん」
俺は畳の一室でゆっくり茶を飲む。いままで、こんな風にのんびり過ごしてきていない故、時間が進むのが、やたらと遅い。
気がつくと鈴が隣で茶を入れて飲んでいた。
「はあー。……あんたさ、いつも暗い顔してるけど、そろそろ笑ってみたら? あ、怖い笑いの方じゃないやつね」
鈴は俺の演技顔を怖いと言う。
まあ、そうだろう。
自分の方が上だと知らしめる時に、使うようにしている故に、鈴に使った時もおそらく怖かったはずだ。人の心理につけこみ、底知れぬ恐怖を味あわせるのも忍の得意技だ。
「すまん。もうあなたにあの顔はせん。本当は、鈴を殺したくなかったのだ。酷いこともな」
「更夜、また顔が沈んでるよ。違うこと考えよっか」
俺は最近、突然感情が隠せなくなった。鈴に見抜かれるほど、顔が沈んでいたか。
やや人に近づいた気がする。
「そうだな。あなたが怖がる顔をもう見たくないのだ。あなたは……そうだな、笑っていた方がかわいいぞ」
「……!」
鈴は俺の言葉に顔を真っ赤にして下を向いた。
本当にかわいい子だ。
まるで……
いや、やめよう。
鈴は鈴だからな。
「あ、あのさ、そういえばー、白い花畑、ずっとあるね! やっぱこの世界好きだわ」
鈴が照れ隠しにそんなことを言うので、俺もそれに乗る。
「ああ、あの花畑は、時神過去神栄次の力作だ」
「しかしさー、死んだ後にさ、宇宙みたいに沢山世界があるとは思わなかったわよね! しかも、現世で生活してる人らの心の世界が具現化してるなんて、誰が考える?」
鈴が笑い、俺もつられて笑ってしまった。
「確かにな。ここは、時神未来神プラズマの世界だという。それで、過去神栄次が未来神プラズマの世界を装飾し、俺達が住みやすくしたと。風呂とか、家とか、花畑とかな。俺を現世で殺したのが神というのも、なんかの運命か。栄次が時神だったとは知らなかった。どうりで化物じみた強さだと」
珍しく俺が楽しそうに語ったからか、鈴が目を見開いていた。
「あんたさ、いつもそういう感じにしなさいよ」
「すまんな。まだ感情を自然に出せんのだ」
「私達は、なんだかんだで現世の時神のおかげで死後の世界の……こちらの世界の時神になっちゃったわけだから、忍じゃないのよ。自然に笑えばいいのー」
「ああ。俺の心にある後悔がすべて消えれば、笑えるようになるかな」
鈴に意味深な言葉を発してしまい、慌てて俺は口をつぐんだ。
「後悔? 私を殺した他になんかあるの?」
鈴はこういう所が鋭い。
俺にはまだ、このことを話す勇気はない。口に出せるほど傷が癒えていないのだ。
「まさか、女……」
「……さあな」
鈴は本当に鋭い。
俺はてきとうにはぐらかした。
すると、鈴は少し悲しそうに立ち上がった。
「ゆのみ、片付けてくる」
「……」
俺は鈴の感情に気づかぬほど鈍感でも若くもない。
だが、俺は鈴を娘と重ねている。俺は父親だった故に。
娘がいたんだ。
妻もな。




