暗殺少女と蒼眼の鷹 四話
……この女達がまともな男を指名するはずがないね。
きっと危ない男だろうな。もしかしたら……。
「あの、お姉さま、栄次様ってどういうお方ですか?」
「とーっても優しい男よ。安心しなさい。」
この笑み、この声の高さ……間違いない。嘘だね。という事は真逆かな。
「戦で強いお方なのですか?」
私は信じたふりをして目を輝かせる。
「そうよ。とーっても強い方。」
女は調子に乗ったのかペラペラとしゃべり出す。
……これは声の感じで嘘じゃないね。という事は強くて冷徹な男。……ありえるかもしれない。
だが殺すのはちゃんとわかってからだ。しばらく、時間がかかりそうだね。鷹と蛇の外見とかどういう性格か、いつ隙を見せるか……。いままでの殺しで一番、大変な仕事だね。
まあ、私自身、男の子に化ける事が多くてこんなガチガチな女役なんて初めてなんだけど。
まわりの女達を見ても笑顔が引きつっている。誰もその男の場所に行きたがってない。
……これは心してかからないと……殺される。
時間はいくらでもある。長い年月をかけて確実に殺せる時に二人とも始末する。
夜になった。ある程度の着物を着せられた私は一人の女に連れられてある障子戸の前に立っていた。ここら辺の地理は覚えた。部屋の場所もわかった。女は薄笑いを浮かべると私を置いて暗闇に消えて行った。
部屋にはろうそくの明かりが灯っている。中に男がいる。それは気配でわかる。
私は怖気づいた子供を演じる。もじもじと障子の前で大げさに動く。なんか言葉をかけられるかとも思ったが男は声をかけてこない。
私は強行に走る。
「し、失礼致します。」
怯えながらそっと障子を開ける。いきなり障子を開けるのは無礼かとも思ったがしかたがない。正座をし、頭を床につける。多少、作法が間違っていた方がいい。完璧すぎると怪しまれるからだ。
だいたいここの国の作法なんて知らないし。ここの国はおかしい国なんだからなんでもいいのか。
「……子供か?」
私は暗闇に映る男の顔を見た。眼光鋭く、茶色の髪の男。緑の着流しを着ている。手元には刀が握られていた。
……この男、私の気配から少しの殺気を読み取った? 警戒……されている。
「……。」
私は怯えた子供を演じる。これからはじまる初めての行為に身体を震わせている子供。
「……あいにくだが……俺は女を呼んでいない。これからもう寝るつもりだったのだ。酒もいらん。」
男は困った顔でこちらを見ていた。
……この男……底が見えない……。間違いない。蛇か鷹だ。
「そ、そんな事おっしゃらないでください。困ります……。」
わざと無礼に子供らしく必死さを出してみる。
「お前、名は?」
「鈴……と申します。」
「歳は?」
「七つです。」
「七つか。俺は子供には興味が沸かない。すまないが……。」
……冷徹な感じではないね……。だけどいきなり殺せるような男でもない。
そんな事を考えていた時、男の目が私の後ろに向けられた。私もさっきから気がついている。
例の女がこちらを覗き見ている。この男が賢く優しい男なら私を中に入れるだろう。
「……まあ、いいだろう。少し入るといい。」
男は私を中に入れてくれた。私は無造作に障子戸を閉める。作法通りに閉めたらあの女が怪しむだろうからね。
……やはり、優しく賢い男だ。そして勘が鋭い。私が無理やりここへ連れて来られた事に気がついた。
「お前、売られてきたのか?」
「……はい。」
「俺はここの城主が狂っている人間だと思う。若い女を連れて来てはここで奉仕に慣れさせ、後で自分の物にする。それに精通していそうな女はすぐさま連れて行かれる。お前もその類だろう。」
「……。」
私は黙った。ここで素直に答えてしまったら城主の首を狙っていると思われかねない。
この男はまだ私を疑っている。私はわからないフリをする。
「まだ子供だからわからんか。……今日はここで眠っていくといい。俺は何もしない。……哀れな娘だ。」
……哀れね。ある意味そうかもしれないな。実際、色々やってきたけど男に抱かれた事なんて実は一度もないんだからね。あなたが初だったかもしれないのにね。
男は布団をひいてくれた。
「俺は座って寝るからお前は横になるといい。」
男はそう言って障子戸の近くに座った。
ここは無理に抱かれなくていいか……。素直に眠った方がこれからのため……。
私は男をじっと見つめた。
……手を出してもすぐに反応できる位置に座っているね……。これじゃあ、寝ている所を襲う事はできないね。
「なんだ? 安心して眠れ。俺は何もしない。」
男はそう言ってろうそくの火を消した。暗闇が空間を支配した。しばらく私はそのまま横になっていた。真っ暗の中、虫の鳴き声だけが響く。
私は横目で男を見た。
普通の人間には見えないけど私には彼が見えている。夜目の訓練は相当積んだ。横になっていた私はゆっくりと起き上がった。この男がどれだけの者か少し試したくなったからだ。恐る恐る気配を消して男に近づく。
だがだいぶん早い段階で気がつかれた。閉じていた目がすっと開き、刀に手がかかる。
先程からあちらこちらで男女の嬌声が聞こえる。まったくはしたない屋敷だね。
私は男の間合いに入るのを諦めた。私が気配なく近づいたとあったら間違いなく怪しむ。
私は布団の中に戻ってからこの男の緊張を解く術を探した。
ええっと、この男はたしか栄次って名前だったね。
「……栄次様……。」
私はひどく甘えた声を出す。
「お前、まだ起きていたのか。」
「私……このままだとお姉さま達に叱られてしまいます。ただ、男の人の部屋で眠っただけとあっては……その……。」
きれいに誘えた。実に子供らしい。
「そうだな。では、俺が酒に酔ってそのまま寝てしまったという事にすればよい。俺は別にどう言われようが構わぬ。」
栄次の表情はなんら変わりなく、私を見てもいない。私は完全に諦めた。今日はおとなしく寝て明日またうまく女達に言ってもう一回ここに来よう。
次の日、なんの痛手もなく女部屋に戻った私は話術で女達を操った。また栄次になるように女達を誘導したのだがもう一人の男の奉仕をするよう言われてしまった。
……またやっかいそうな男だ……。女達の証言から、こちらの男も強くて冷徹な男。
鷹か蛇の可能性が高い。また当然、一回目で殺そうとは思わない。殺せる男でもない。何回か部屋に出入りしないと迂闊に動けないな。まあ、あの栄次はちょっと後回しにするか。
で、ここに来て二日目の夜。また、女に連れられて男の部屋を目指す。栄次の部屋とは少し離れた部屋に置き去りにされた。昨日と同様、私はもじもじと身体を動かす。
「……入りなさい。」
低く鋭い男の声が障子戸の中から聞こえてきた。栄次とは違い、こちらはすぐに声をかけてきた。私は恐る恐るの演技で障子戸を開ける。
「し、失礼致します。」
昨日と作法を同じにしてみた。そのままゆっくりと障子戸を閉める。
「子供が入ってきたとは聞いているがずいぶんとかわいらしい子供だ。こちらへ来なさい。」
私は男の顔を眺めた。歳をとってもいないのに銀髪で目は藍色、栄次よりも肌が白い。整った顔立ちをしているが目が悪そうだ。
私は素直に男の側へと寄った。男は私をじっと見つめる。
「なるほど。君、七つではないな?」
「……っ!」
男は私が七歳ではない事に気がついた。いままで誰も気がつかなかったというのに……。
それと同時に単純な恐怖が私の横を通り過ぎる。
……この男は……栄次と比べるとやばい部類だ。
男は私の腕をいきなり掴んだ。
「うっ……。」
私は思わずうめき声をあげてしまった。あまり冷静な思考回路になっていないが素直な反応という意味では絶大な効果を発揮するだろう。
「この手……細やかな作業が得意か? 腕もよく鍛えられている。」
男は鋭い瞳をさらに鋭くして私の腕を触る。きっと目があまり見えないから触って確かめているのだろう。普通の人だったら気がつかない事をこの男はどんどん上げていく。
……ちょっと……まずいな……これ。
「何を……していたんだ?」
単純に興味で聞いたのかそれとも疑っているのか……。そんなの考えなくてもわかる。後者だろう。男の瞳が深く、冷たいものに変わっているからだ。底冷えするような感覚の中、私は怯えながら答える。まあ、もちろんこの辺も演技だけど。
「昔から手先が器用で……お母様ゆずりだと思うんですけど。ちょっとわからないです。ごめんなさい。腕は畑仕事をよく手伝っていたからだと思います。」
私は子供臭く精一杯の意見を述べる。まあ、これも演技なんだけど。
「なるほど。そうか。それで俺に何をしてくれる?」
「お酒お注ぎ致します。」
私は持って来た徳利と大きなお椀を畳に並べる。お椀の方を男に差し出した。
このまま事が進むかと思ったが彼は私の予想を反する事をしてきた。
「お前がまず飲むといい。」
男は先程よりもさらに冷たい声を出し、私の耳元でささやいた。別に毒なんて入れていない。
こんなので殺せる相手ではないと思っているからだ。ただ、ここで飲まなかったら色々まずいし、飲んだら飲んだでおかしい……。
私が迷っていると男は薄笑いを浮かべ私を押し倒した。この男は色々といきなりだ。
ここから先の行為ははじめてだが何とかなるだろう。私は彼を受け入れる体勢になった。
その時、私に覆いかぶさりながら男は耳元で冷たくささやいた。
「俺を殺しにきたんだろう? どうなんだ? それと、酒は飲まなくて正解だ。」
「……っ!」
殺気。明らかな悪寒と恐怖が私を包む。この男は……私の正体に気がついている。
気がついていてわざと……。
男は服を脱がない。私を抱こうとはさらさら思っていないって事だ。何を考えているのかわからない。
……こんな恐ろしい男を殺せるわけがない……。
「どうした? 余裕がなさそうだな。作り物の女の鳴き声ではないのか?」
私はこの男の愛撫を喘ぎながら受けるので精一杯だった。指は上から次第に下の方へと動く。
「んっ……。」
こんなはずじゃなかった。頭は真っ白でもう何も考えられない。
まどろみと熱の中でさらに絶望的な言葉を彼はかける。
「……栄次から変わった子供がいるという事を聞いてな……。俺を殺したければ今やればいい。できなければこれから後悔する事になる。」
すべて見透かした上で言っているのだろう。私は指の動きに合せて小さく反応するくらいしかできなかった。男は冷酷な表情のまま私に触れ続けた。身も心もズタズタに切り裂かれるようなそういう感覚も同時に湧いてくる。
……この男は下品な他の男とは違う。
これは近づく女の本性を暴く技。的確な場所を的確に触り徐々に抵抗できなくする。性的な気持ちでやるのではなく、女を性的な気持ちにさせるそういう技。男の忍者が得意とする技だ。
いままでこういう女相手に何度も用心を重ねていた……そんな情景が浮かぶ。
私は思った。この男は間違いなく忍……だと。
この忍も何かの任についているはずだ。だが今はそんな事どうでもよかった。
男の指の動きに私は情けなくなるほどに喘ぎ、体を痙攣させた。
「こういう事に慣れていないのか? 反応が丸見えだな。」
何度か絶頂をむかえさせられて私は意識を失った。
畜生……。あの男、あれ以外何もやってこなかったのか?
夜明けを迎えたのか部屋の中もだんだんと明るくなってきた。
「大丈夫か? 送っていくぞ。ああいうの、初めてだったんだろう?」
男はフラフラしている私に声をかけてきた。私は男を殺すどころではなく快感の中に溺れ、勝手に意識を失った。最悪だね……。
「大丈夫……です。」
電撃が走っているようにピクピクと体中が痙攣している。私は操り人形のように力なく壁に手をついた。
「この部屋の間取りとか覚えておいた方がいいんじゃないのか?」
男の言う通りだったが私はもうそれどころではなかった。
「……。」
「心配するな。少し触っただけだ。後は何もしていない。」
私は動揺していた。男の顔をまともに見る事ができなかった。男は指先を軽く舐めると私を殺気のこもった瞳で見つめた。
……完全に気づかれていた。恐怖がさらに足を動かなくする。まさか、この男、忍だったなんて……。
「名は更夜。敵国には蒼眼の鷹と呼ばれているか……な。」
蒼眼の鷹……更夜……。確かに鷹のような鋭い目を持っている。目はあまり見えなさそうだが気配で色々わかってしまうのか。これは間違いなく鷹だ……。
更夜は知らずの内に私の背後に立っていた。悪寒と粟粒の汗がまた私を襲う。
「そしてもう一つ。俺はまだお前を完全に忍だとは思っていない。故、今は生かすが忍だとわかった段階でお前を殺す。子供とか女だからとかそういう言い訳は通じない。忍はそういう運命だ。お前は忍だとばれる事なく俺を殺してみせろ。これは命をかけた勝負だ……。そうだろう?」
私は振り返る事ができなかった。冷たい声を聞きながらただ震えていた。逃げる事は許されない。
逃げたら確実に他の忍に殺される。情報の漏えいを防ぐためだ。だから私の選択肢は一つだけ。彼らを殺す事。
私は覚悟を決めるしかなかった。




