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黄泉の行進

「どうなってるんだ……畜生。ロータスたちは無事なのか」

「すくなくとも、ロータスさんと、かいじんマスクドディアマンテさまはぶじです」

「分かるのかリトル」

「じょうきょうは、つたわってきます。ちょくせつ、おこえをつたえることはできませんが。せんとうちゅうなので」

「もう半刻近く戦ってんじゃねえか」

「はい。ガルケリウスは、おふたりをあいてに、けっこうよゆうです。たのしんでいます」

「……畜生、あの黒山羊」

 ホークは飛び出したい衝動に駆られる。

 だが、今はまだ地の底。ドワーフたちも外に出るポイントの指示をされていないので出口を示さず、ただ地上に出るだけの道すらわからない。

「このままじゃ例えラーガスを捉えられても軍が皆殺しになっちまう。作戦中止だ、手近の出口を教えろ!」

「落ち着けよ若ぇの。兵は待つのだって任務のうちだぜ」

「俺は兵じゃねえ!」

「そうかい。じゃあなおさら聞けねぇな。こちとらガイラムの親爺に正式に命令貰って物事やってんだ。お前が軍の理屈を斟酌しねえってんなら、こっちもこっちなりの判断しかしねえ」

 ドルカスはホークが髭を掴むのを鬱陶しそうに払う。

「親爺が言って来ねえんなら絶対動くな。沈黙ってのもそれ自体が命令だ」

「だけど、パリエスがやられたらその連絡自体が途絶える!」

「まだ途絶えてねえんなら最後まで信じるんだよ。親がくたばったってそうすんのが俺らだ。他人が命張ってお前を温存してるんだ、そいつらの命で作ってるチャンスを無駄にすんじゃねえ」

「……この石頭どもが」

 ホークが吐き捨てるのを見て、ドルカスはフンと鼻息ひとつ。目の前のホークの腹を裏拳で叩く。

「どんだけ腕に自信があるのか知らねえがよ。こういう戦争ってのは一人じゃ絶対にできねえんだ。信じられる奴が周囲にいるから、順序立てて敵を料理する『作戦』ってもんが成立する。命懸けで作った隙に誰も手が出せねえってんじゃ一人でいるのと変わらねえ。例え自分が死んでも後ろの誰かがやってくれると思うから、戦場で兵は死力を尽くせるんだ。勘違いすんな。遠慮や優しさで俺たちが暇なわけじゃねえ」

「……説教はいらねえよ」

「聞いとけや。ガイラムの親爺には届かねえが、こっちもお前より100年は人生の先輩だぜ」

 ドルカスはそう言って、革袋に入れた酒を汚い口に流し込む。

 ホークは頭をバリバリと掻いて、ドルカスに背を向ける。何かに焦りをぶつけたいが、そんな相手はいない。

「ホークさん、座りなよ。……焦るのはわかるけど、ホークさん一人でなんでもかんでもやろうとしたってもたないよ」

「そんなこと……考えてねえけど」

「考えてる。ホークさん、自分がいればなんでもひっくり返せるって勘違いしてる」

「…………」

「実際、魔族の一人くらいどうにかできそうだけどさ。でも、ホークさんはみんなの切り札なんだから、ちゃんとみんなを信用しないと」

「してるつもりだけどな。でも、居残りがパリエスとロータスじゃ……」

「レミリスさんも怪力お姉さんもいるじゃん」

「……ドラゴンひっくり返すお前に怪力って言われたくないだろ、あいつも」

 エリアノーラの身体能力は色々と常識外だが、それでもメイほどのものではない、と思う。

「みんなでなんとかするよ、きっと。……平和を取り戻したいのは、あたしたちだけじゃない。ホークさんより努力してる人たちだっている」

「そりゃあ……」

 ホークの努力なんて、盗みの技術ばかり。“祝福”を抜きにした戦闘技術は、大の大人に比べればそう長くもない裏道人生で自然と身に付いた勘と経験、平たく言えば素人なりの喧嘩術程度のものだ。

 それよりも努力している人間はいくらでもいる。というより、戦闘技能だけに関して言えば、このベルマーダの弱兵の中にさえ、ホークより努力していない兵士などいないだろう。

 だが、通常のそれでは魔族という超越者を下す事はできない。だから焦っているのだ。

「だけど……もう、見殺しは嫌だ」

 ハイアレス城の聖堂に響いた、か細くも悲痛な「死にたくない」の声が耳に残っている。

 ジェイナスとリュノを見殺しにしたことで、巡り巡ってあの子供も、ホークが殺したようなものだと思っている。

 縁もゆかりもない子供の悲鳴、それをどうにもできなかった後悔が、ずっと胸に重しとなって残る。

 何百の死を見てきた中で、自分でもおかしな話だと思う。

 きっと命のやり取りをしている時は、それを諦めることは「勝つためのルールの内」だと自分の中で思えてしまうのだろう。

 だが、それが既に関係のない場面で、それでも自分のせいで子供が死ぬ……という状況に何もできなかったことは、ホークの中でどんな置き場にも整理ができない。だから、あの死が引っかかり続けるのだ。

 ホークのそんな余裕のない顔を見て、同じことを思い出したのか、メイも浮かない顔になる。

 しかし、二人で同じことを思って沈む間もなく、ビッとメイの狼耳が真横に反応した。

「……みんな、静かにっ……何か、いる!」

「メイ?」

 ホークも耳を澄ます。何も聞こえない……いや。

 穴の奥の風鳴り、蝙蝠や虫どもの生活音などの微かな音響の向こうから……確かに、異音がする。

 足音。いや、引きずる音。

「アンデッドかもな」

 ドワーフ兵の一人、ギュンターが囁いた。ドルカスも頷く。

「奴らは暗がりが好きだからな。それに、深奥に誘うまじないは連中にも効いちまう」

「やだねぇ。弔うのだって手間がかかるのによ」

「ま、待機命令の暇つぶしにゃちょうどいいだろう……」

 斧や蛮刀を手にしたドワーフたちが、穴の奥に視線を向ける。ホークはこの中で唯一、種族的に暗視ができないので、カンテラの光を頼りに様子を窺う。

「……おい」

「ああ、……ゼット、他の奴らも立て。数が多い」

「なんでそんなにいるんだよ」

「俺が知るかよ。……下がれ若いの。邪魔だ」

 ドワーフたちの声に緊張感が乗る。

 ホークは未だに姿を捉えられないながら、アンデッドと地の底で大量に鉢合わせるという事態にゾッとする。

「どういう……ことだよ。そんなに入り込みやすいのか」

「大抵は奥まで勝手に入って腐って枯れるだけだ。自然のアンデッドはそんなに長くはもたねえよ。骨だって風化するし、アンデッド同士で共食いもする」

「じゃあ、どうして今、そんなに大量に……」

「だぁら知らねえっつってんだろうが」

 ホークの怯えを一蹴し、ドルカスは隣のギュンターと一緒に武器を振るって躍りかかる。

 肉体を力任せに損壊する、鈍く嫌な音が闇の中に響く。

「っ……ほとんど腐ってねえ、嫌な感触だぜ」

「なんなんだ、外の戦場の死者がゾンビになって入ってくるにゃあ、まだ早すぎるはずだ」

「おい! 死にたてだ、まだ筋肉残ってるから速めに動くぞ、油断するな!」

 ドワーフたちが互いに声を掛け合い、闇の中でアンデッド相手にドスッ、ゴスッ、ゴギッ、と破壊音を立てる。


「おい……何体いるんだ、もう30はヤッただろ」

「奥が見えねえ」

「なん……なんだ、こいつは。こいつらは」

 ドワーフたちが困惑する。ホークにとってはカンテラの光の範囲外なので余計に怖い。

「メイ、魔剣でなんとかしちまえないか」

「できるのかなぁ……」

「……ファルに……やっぱやめ。戻そうにも戻せないしな」

 ファルになって「フレイムスロウ」でも使ったらどうか、と提案しかけてやめる。

 今は本陣のラーガスを急襲して倒す作戦で、想定されるのは大軍相手の大立ち回りより、創造体などの単体の強敵との決戦だ。それはメイの方が得意だ。

 ドワーフたちは困惑してはいるが苦戦している様子はない。まだ焦ることはないだろうが……。

「ほとんど死にたての死体を大量に……」

「ホークさん?」

 手持ち無沙汰で考えることしかできない。だからこそ、ホークはその違和感を突き詰める。

 この場はベルマーダ軍が待ち構える平原より、地割れを挟んで向かい側。主戦場は地割れの際か、もっとゼルディア側であるはず。

 こちら側で死ぬとしても飛び道具の死者ばかりだろう。下がれば済む話、実際は負傷で済むものも多いはずで、アンデッド化する余地のあるものはそれほどの数でもないはずだ。

「……確か、レミリスが言ってたな。……使役術や創造体錬成の基礎は、アンデッドだって」

「え、どういう……」

「つまり……わざわざここの探索をさせるために、アンデッドを連れてきた……いや、作ったのか……? でも、どうして……普通の兵士に探索させずにアンデッドに……?」

 ブツブツと呟きながら思考を進めるホーク。

 メイの手からいそいそとホークの腕に戻ったリトルは、ホークの呟きに答えた。

「つかいま、ということでしょう」

「え?」

「ひととひとが、かんがえをつたえあうには、てまがひつようです。ぼくとかいじんマスクド・ディアマンテさまは、ちがいます」

「……まさか」

「ゾンビやスケルトンは、ものをかんがえられませんが、あやつるのはかんたんです」

 ホークは、それが示すことに背筋が寒くなる。

 つまり。

「ヒャヒャヒャヒャヒャ!」

 突然、ゾンビの中の一体がおかしな笑い声をあげる。

 ドワーフたちもギョッとする中、そのゾンビは笑いの収まらぬままに言葉を続ける。

「みぃつけたぁ……ガぁイラぁム……ドワーフらしく、穴倉からぁ……奇襲かぁ……芸、ないねぇ……ヒャヒャヒャヒャヒャ!」

「……っ!!」

 バレている。

 奇襲は完全に失敗だ。

「ラーガス!!」

 ホークは反射的に叫ぶ。

 ゾンビは嘲笑で答えた。

「吾輩と知恵比べぇ……楽しみにしてたんだよぉ……? ガッカリだよぉ……奇襲は奇襲でもぉ……予想しやすいったらないよねぇ……ヒャヒャヒャヒャヒャ!」

「……やっぱりラーガス……テメェの策ってわけか!!」

「そうさぁ……だけどおまえたち……馬鹿だねぇ……もう地上なんてぇ……出られやしないよぉ……? ここらは調べつくしてぇ……穴なんて全部ぅ……見つけてるからねぇ……?」

 ゾンビは喋っている最中にギュンターの蛮刀で逆袈裟に斬られ、倒れた。兵士の死体ではなく、そこらの農夫と思しき貧相な身なりの死体だった。

 少しすると、近くの別のゾンビが喋り出す。

「ゾンビの素材ならぁ……兵力なんか使わなくてもぉ……いくらでもいるしねぇ……? 悪いけどねぇ……この穴倉全部……ゾンビで埋めさせてもらうよぉ……ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 ホークは気づく。ここまでに占領された西側の領土の国民だ。ここまで連れて来られて殺され、あるいは生きたまま邪悪な魔術でゾンビにされてしまったのだ。

 突撃兵として使うなら不足だが、こんな場所への使い捨ての斥候にはこんなに使いやすい駒もないだろう。

 吐き気のする「賢さ」だ。

「……ドルカス! これでも動くなってか!」

「……奇襲ができねぇんじゃ意味がねえ、わかった、ケツまくるぞ!」

 ようやくドルカスも同意し、地上に出る方針に変わる。


 だが。

「親分! こっちもゾンビが来てやがる!」

「あっちの出口もだ!」

「落ち着け! 全部見つけたなんてハッタリだ、逃げ道は必ずある!」

「どんだけゾンビ操ってんだラーガスの野郎は……!」

 坑道はラーガスの言葉通り、あらゆる入り口からゾンビが侵入してきていた。

「追い詰められる前に突き破ろうよ! 早いうちじゃないと本当に肉で埋まっちゃうよ!」

「どれが一番地上に近いのかわからねぇんだよ! ドルカス! ゾンビいてもいいから最短出口教えろ!」

「そっちだが……クソ、あれでも突破するってのか!?」

 腰をかがめたゾンビが坑道の奥の奥まで列をなし、見えない。

 それに対し、メイはまっすぐ突っ込んで必殺の拳と蹴りを連続で叩き込み、強引に押し通ろうとする。

 しかし、肉が多すぎる。死体だけで本当に通路が詰まってしまって、話にならない。

「……ごめんホークさん、無理かも」

「どうするんだよ、こんなん……本当に」

「悪いな若えの。さっきお前がゴネた時に出とけばよかったかもな」

「諦めてんじゃねえよ!」

 さすがのドワーフたちも、あまりの物量に恐れ、諦め始めてしまっている。

「何か、何か方法はねえのか……っ」

 すべての逃げ道にゾンビ。

 退路は見つからない。ファルに変わっても、“盗賊の祝福”も、ここでは意味がない。

 いや、リトルがいるか……とリトルを見て、そして他の仲間もみんなピンチだったことを思い出す。

 万事休すか。


「……ホークさん。ろうほうです」


 リトルが唐突に喋り出した。

「ろ……朗報?」

「はい。……にげみち、あります。いえ、できました」

「は?」

「このまま、おくに。つぎのわかれみち、みぎに」

「そっちはもっと奥だぞ」

「はい。どこにもつうじていません。だから、ゾンビ、いません」

「奥の奥には何にもないってドルカスたちが言ってただろうが」

「しんじてください。このままではみんなしんでしまいます」

 メイやドルカスらと顔を見合わせ、ホークたちはリトルに賭けることにする。


 そして。


「早くしろ。事情はわかっている」

 深奥部の壁にボコッと真新しい穴が穿たれ、そこにツルハシを手に泥だらけの犬人たちとダークエルフの姿があった。

「……ラトネトラ! ……お前ら、どうして」

「ガイラムをなんだと思っている。お前たちが言った通りに動くだけの馬鹿な老人だとでも思っていたのか?」

 ラトネトラは懐からニジマキヘビの顔を見せつつ、ホークたちとドワーフにクイッと親指で道を示す。

「少し狭いが文句は言うな。行くぞ」

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