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合戦に向けて

 当然のことながら、騙し討ちで持ち出しの兵を奪われた形になった貴族たちは泡を食った。

「王! いくら王と言えど横暴が過ぎるのではありませんか!」

「我らは臣下といえど一個の領の主! ないがしろにされるのは我慢も出来かねる! このような、このような仕打ちは……!」

「どうする、リルドロス。ガース。ブライクル。魔王軍と戦うのは気が進まなくとも、君主には抜けると言うのかね」

 ゼルディア前の本陣。

 慌てて駆け付けた貴族たちは落ち着き払った王に対し、掴み掛らんばかりの剣幕で詰め寄る。

 が、その前に立ちはだかったのはガイラムと人馬将軍エルスマンだった。

「貴様らの生まれは貴きもので、王から賜った地位である……というのが言い分じゃったか? 王の御心に沿うこともなく、国難に誇りをもって挑むことすらせぬなら、その生まれの尊厳も民を預かる資格も、とうにない。ただそれだけのことじゃ」

「王になら手向かっても生き残れると踏んだのか。言うまでもないが、私は二つ足のお前たちを高貴だなどとは思っていない。抜けばその瞬間、罪人として遇する」

 下半身が馬であるため、腰の時点で人の肩ほどもあり、その体高は人の標準より大幅に高い人馬族。

 その安定した重心を生かした豪壮なグレイブを得物とし、8フィートにも達する高さから見下ろす彼に、貴族たちは怯む。

「お、おのれ……亜人め」

「このような暴挙、許されるものであるはずがない。いずれ我が兵も領民も王に怒りを向けることになりましょうぞ」

「あの数の魔王軍に勝とうなどと、ガイラム将軍の如き前時代の老害を迎えて気が触れたとしか言えぬ。いずれ後悔しますぞ」

 負け惜しみを言いながら後ずさる貴族たちに、ガイラムは担いだ斧を向けて邪魔臭げに追う仕草をする。

「心配せずとも、貴様らのお守りに使うより悪い人手の使い道などないわい。何より王や貴族の地位なんてものは、いざとなりゃ守ってくれると民が信じるからこそ保証されるもの。真っ先に尻尾丸めて領民を差し出す屑には正統性なぞありはせん。真顔で寝言を吐き散らすな、ボケどもが」

「……人の社会で私の言いたい事を全て口に出してくれる二つ足はお前が初めてだ、ガイラム」

「常識しか語っとらん。貴様もよくよく出会いの運がないと見えるな、エルスマン」

「ふっ。武運には自信があるが、そればかりはな」

 人馬将軍は微笑んで、蹄を鳴らして背を向ける。


「……若いな、あの将軍。見た感じ三十路もいってねえんじゃねえか」

 ホークがエルスマンの印象を呟くと、神官帽を脱いだエリアノーラが教えてくれる。

「あれで50歳だそうです。人馬族はエルフやドワーフほどではないですが、比較的長命の種に属していて、150年生きるものもいるとか」

「へえ……まあ、どっちにしてもガイラム爺さんから見りゃ小僧っ子ってわけか」

「将軍に比べればそれはエルフ以外大体が……」

 エリアノーラが嘆息したところで、ガイラムはズンズンとホークたちに近づいてくる。

「いいや、一番厄介なのがそこにおるわい。轡を並べるなぞ、本来なら儂の方が遠慮したいババアがのう」

「将軍?」

「ほれ、そこの蛇女じゃ。……ホークには言ったが、儂はそもそも魔族っちゅう連中が胡散臭くてかなわん。いつもいつも、気まぐれに人の世を踏み荒らしおって。何を企んどる」

 ガイラムはパリエスを睨みあげる。

 パリエスはビクッと肩を震わせて、ズリズリとホークの後ろに隠れた。

「おい爺さん。今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ」

「いいや、今だからこそじゃ。これから儂とこの国の兵の命運を委ねるんじゃ。死んでからでは文句も付けられん。言いたいことは先に言わせてもらう」

「……ほ、ホーク、さん」

「あのな爺さん。こいつはさっきも言ったがめちゃくちゃ打たれ弱いんだ。そんな小動物を目だけで殺しかねない顔で睨んだら、話になるもんもならねえ」

 縮こまっているパリエスの代わりに、ホークがガイラムを宥める。

「目つきが悪いのも面構えがキツいのも生まれついてのもんじゃ」

「開き直るのはガキのすることだぜ。ったくよ」

 ホークは肩をすくめる。

「魔族の秘密については、あれからレヴァリアに戻って多少は聞いた。爺さんの言う陰謀論だってあながち的外れじゃねえが、パリエスを一緒にするのはやめてやってくれねえか」

「……どういうことじゃ」

「魔王含め、作為で人の世を弄んでる魔族ってのはいる。だが魔族は車座の、それぞれ単独の存在。全体が一枚岩じゃねえってこった」

「……詳しく聞かせろ。それから判断する」

「いいか、パリエス」

 今更ではあるが、魔族の抱える秘密の公開の是非をパリエスに確認すると、彼女は頷く。

「イレーネやレヴァリアも、本当に語らせたくないことなのであれば呪印でも使って防ぐはず。それがないというなら、与えられた情報の扱いはあなたに委ねられているのです」

「……そりゃそうなんだろうがな」

 ホークとしては随分勿体つけられて辿り着いた真実だったので、適当に言い触らしてもいいよ、という扱いは逆に寂しくはある。

 しかし、そんなところでグズグズも言っていられない。魔王軍との決戦は近いのだ。

「一応、これはレヴァリアの魔族から直接聞いた話だ。…………」


 …………。


「……なるほど。世を乱し、人に必死で戦わせることそのものが目的の、魔族どもの戯れか」

「『破壊神』をどうしたいのか、それすら魔族たちの間で定まっちゃいないみてえだがな。とにかくパリエスはパリエス。他の魔族と一緒にしてやらないでくれ。良くも悪くも魔族ってのは集団目的というほどの意思はない。特にこいつはこのザマだ。あんまりドツくと耐えられずに逃げ出しちまう。今は使える物をなんでも使ってここを守るのが急務だろう」

「……若造に言わせっぱなしというのも癪じゃが、確かにな。現実として殺し合いをお開きにする手立てがねえのなら、その魔族を責めたところで時間の無駄か」

「そういうことだ。……ラーガス軍さえなんとかすれば、当座の魔王軍の勢いは殺せる。魔王軍だって無限じゃねえ。何か月か何年かわからねえが、今の総崩れの各国が立て直せるくらいの時間は稼げるはずだ」

 ホークが言い、ロータスが補足する。

「魔王戦役は長ければ10年にも及んだことがあるという。次の手が恐ろしくはあるが、とにかく払いのけることが次に繋がる。ガイラム殿が軍を指揮する立場でいてくれて助かった。ピピンやクラトス、レイドラはもちろん、ロムガルド軍もラーガス軍のような巨大戦力と一丸となって戦うには国内不統一で一筋縄ではいかぬ。数に不足はあれど、ラーガスを討つことができるのは、一軍を掌握した貴殿のいるここをおいて他にない」

「お互い利用する立場ってわけか。……ま、ええ。乗ってやろう。とにかく陣をすぐにでも形成しなけりゃならん。数の劣る、訓練のできていない兵で平地決戦なんぞ自殺のようなものじゃ。パリエス、アンタが蛇で兵たちに指示して穴掘りを……」

「それには及びません。地形造成は私がやります」

 パリエスは翼を広げ、蛇身をバネのように使いつつ、バサッ、と空へと舞い上がる。


 ゼルディア周辺は盆地のような形になっており、国内では数少ない大部隊の展開を可能にする地域である。

 他の場所ではどうしても狭路や急な傾斜があり、数千の兵が遺憾なく力を振るえる地形とは言い難い。

 この場に先に陣取ったベルマーダ軍は、どこから敵を迎えてもすぐに多数の戦力で包み、押し潰せるという有利があるはずなのだが、それは十全な訓練ができていてこそでもある。

 勢いに任せる魔王軍が陣に浸透し、前線の背後を突いてくる形になってしまえば、心得のできていない兵などそう長持ちするものではない。人一人ならいざ知らず、陣形戦術をする数十数百の兵を臨機応変に振り向かせて戦うというのは、容易なことではないのだ。

 浸透を阻んで陣形を堅持するには強い意志と連携訓練が不可欠で、それは今のベルマーダ兵には望むべくもなかった。

 ならば、地形で工夫するしかない。原始的だが壁や堀、罠として、平地の土を掘り返し、積み上げ、進軍を遅らせる工夫をすることで、多少ではあっても平地で真っ正直にぶつかるよりはマシな状態にできる。

 それをパリエスは独力でやると言い放ったのである。本来ならば兵たちが泥まみれになって、数日から数週間もかけてやることだ。

「この国は、かつて強大な魔力を持つ魔王が、ある魔術の実験をした名残でこのような地形になりました。その魔王が再現を試みたのは、遠い昔に『邪神』と呼ばれた存在が使った超高度魔術……大陸そのものを砕き、裂き、滅壊させる恐るべき術。規模は大陸ひとつには程遠く、せいぜい小国の規模で済みましたが、その実験は成功したといえます。……つまりは、よく練り込まれた魔術は『それ』ができるということでもあります」

 パリエスは無数の蛇を呼び集め、平原のあちこちに這わせて、そして彼らに一斉に、それぞれ別の詠唱をさせる。

「私は自在に蛇たちを操れる。超高度魔術の要件の一つ、その膨大で緻密な魔術詠唱も、私の使い魔である物言う蛇たちの力を借りることで、私の魔力の範囲でなら扱うことが可能です。……だから」

 パリエスは千の蛇たちが小さな口で唱えた魔術詠唱の最後の一節を自分の口で完成させる。

 大きく振り抜いた手が、平原に数マイルに渡って光の筋を穿つ。

 次の瞬間。

「!?」

「まずい、伏せろ皆!」


 ロータスの飛ばした警告に、皆が従った直後。

 雷が何十と落ちたかのような轟音とともに、平原に地割れが起きた。


 深く穿たれた峡谷は、暗くて底が見通せないほどの深さを持っている。

 幅も翼のない種族では飛び越すことは難しいだろう。

「……これで、この場所を歩兵が渡ることはできません」

「無茶苦茶しよるな……」

 ガイラムは平原に突如現れた巨大な障害物を首を伸ばして見下ろし、首を振る。

「して、これはどれだけ使える? 戦闘中にも打てるのか」

「時間のある限りは使えますが、さすがに戦闘中は……この数の蛇が一匹でも詠唱の邪魔をされれば、魔術は完成しませんから」

「それは残念じゃ……が、これのおかげで大いに敵の動きを制限はできそうじゃな」

 ガイラムは冷や汗をかきながらも目をギラつかせる。

 一方でホークは、魔族一人でそんな天変地異が容易に起こせたことに驚嘆し、それと同時に、パリエスの魔力でも「この程度」なら、このベルマーダを山国に仕立て上げた魔王とやらはどれだけの存在だったのか、と恐怖する。

「たまらねぇな……魔王ってのは、そんなに強ぇのか」

 今は、この戦いの主役をやる決意はある。

 だが、ラーガス軍を超えてその先の「魔王」と対峙する時、本当に自分にできることはあるのか。

 あまりにも壮大すぎて、想像もできない。

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