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「俺の縁談相手だ」




「ギルバート王子」


 そこにいたのは、可憐という言葉をそのまま形にしたような姫君でした。


 花のように微笑む整った顔。春の空のような瞳に花びらのような唇。丁寧に、しかしさりげなく施された化粧も、彼女の清楚な印象を引き立てます。

 薔薇色を薄くしたような淡い色の髪はやわらかく波打ち、ラクイラ風のドレスに包まれた肢体は華奢ながら女性らしいまろみを帯びて、まとう雰囲気にあるものは儚さよりもしなやかさ。


 お見事なくらいの「お姫様」です。

 神都のご令嬢がたに勝るとも劣りません。ちょっと拍手したくなったほどです。

 洗練された、という意味もありますが――何をどうすれば自分を最も美しく見せられるのか、それをよく知っているという印象です。


「ギルバート王子、こちらにいらしたの。お部屋を訪ねたのだけれど、行き違いになってしまったわね」


 そういって、彼女は華やかに笑みを深めました。ギーが何となく面倒くさそうな顔になったのを見るに、どうやら彼女が、フォーリの姫君のようです。

 一人ではなく、まるで取り巻きのようにあと三人のお嬢さんがご一緒でしたが――彼女の存在感のせいで、残りの方々がことさら地味に思えてしまいます。あとから別々にお会いしたとしても、簡単には思い出せそうにありません。


「フィフィナ姫。何か用か?」

「新月祭のことでお話ししたいことがあるの。もうすぐ時期でしょう?」

「悪いが、先約があってな。彼女を王立美術館に案内する」


 うわ! いきなりダシに使われましたよ!

 ですが、すげない言葉にもフィフィナ姫は動じることなく、私に完璧な微笑を向けました。


「そうなの。でしたら、ぜひわたしもご一緒させていただきたいわ」

「何故? 既に一度行っただろう」


 心底不思議そうにギーが訊ねました。

 嫌味ではないあたりが最悪です。

 さすがに姫君の笑顔が引きつります。無理しないで殴っていいと思いますよとアドバイスしたくなりましたが、フィフィナ姫はかろうじて笑顔を保ちました。


「す……すばらしい芸術は、何度見ても飽きないものでしょう?」

「そうか? 俺は飽きるが」


 そう言って、ギーは意外そうに首をひねります。

 気の毒になって同情の視線を送ると、取り巻きのご令嬢が一斉にギーを非難しはじめました。


「殿下、それはあんまりなおっしゃりようですわ!」

「そうですわよ! ご自由なのはよろしいですけれど、あまりにも乙女心をお分かりでないわ!」

「……かしましい。リド並だな」

「まあ!」

「ってなんで私を引き合いに出しますか殿下……!」


 ぎょっとしたような従者の言葉は、ご令嬢がたの声にまぎれて届きません。高い声で詰め寄られて、ギーはますます面倒くさそうな顔になりました。

 なるほど、捉えどころのないこの人でも、感情的に責めるというのはちゃんとダメージになるようです。今度やってみようかとちょっとだけ考えて、すぐに無理だということに気づきました。理屈魔人の私に、そんな芸当ができるとは思えません。自覚はあります。

 混迷を深めていく喧騒を止めたのは、穏やかに苦笑したフィフィナ姫でした。


「そのようにおっしゃらないで。皆さんはお優しいから、わたしが傷ついていないかと案じてくださったのよ」

「……傷つけるようなことを言ったか?」


 普通の女性なら傷つくと思いますが。これを憎めないと取るか鈍いと取るかは難しいところです。

 フィフィナ姫は、ふふっと軽やかに笑って答えました。


「そうね、ほんの少しだけ」


 少し意外な返事です。てっきりここは、「さあ、どうかしら」とでも来るところだろうと思ったのですが。

 しかし、「悪かった」と素直に詫びるギーを見て、思い直しました。

 そうです、相手はこの人でした。含みを持たせて理解してくれるほど気のきく人ではありませんね。思わず納得してしまいます。

 フィフィナ姫がふと私に目を向け、にこやかな笑顔のままギーに訊ねました。


「ところで、そちらの方をご紹介くださらない? 神殿の方かしら」

「ああ」


 思い出したようにこぼして、ギーは私を見ました。


「いいか?」

「どうぞ」


 先に訊いただけ誉めてもいいです。

 私の了解を受けて、ラクイラの第一王子は彼女たちに告げました。


「俺の縁談相手だ」


 空気が凝固するような沈黙の後、一斉に甲高い悲鳴が上がりました。

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