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「……ほう? かまわぬ、申してみよ」

というわけで後編突入です。

舞台は伏魔殿である神都/神殿。どうぞ最後までお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。


 




 神殿の奥まった場所には、最も重要な会議を行う閣議堂が存在します。

 静謐を代名詞にするその部屋で、私は淡々と報告を終えました。


 深い青の絨毯に据え置かれた大理石の円卓にずらりと居並ぶのは、狸の中の狸ばかり。

 まあ、私も同類なので人のことは言えません。

 主たる題目は、先だって行われたユークス会談の結果です。淡々と報告した私に、神官長という名の狸たちは、特に驚きもなく応じました。


「なるほど、リシェール諸島の自治をあの二国に認めさせるとは……」

「まどろっこしい、端から直轄地に組み込んでしまえばよかろう。遠からずまた火を噴く」

「ほ。面白い意見だの」

「卿らしい言い分だが、それはいささか強引がすぎるというものだろう」

「しかし、あの小さな島々に、はたして自治を行うだけの下地がありますかな? 確かに不安は否めませぬ」

「しかり。星下(せいか)、その点はどうお考えで?」


 ささめきあうような声は、この場の雰囲気を無駄に密談めいたものにしています。一応、公式な国の最重要会議なんですがね。

 とはいえ交わされる言葉は無駄口などではありません。それぞれに意味があるものです。

 私は卓の上でゆったりと両手を組み合わせ、口角を持ち上げました。


「自治が行き詰まる可能性は否めません。……ですが、それに何か問題が?」


 ぴりっと空気が張りつめました。

 いかに私が皇国の次期継承者とはいえ、老獪な狸様方から見れば経験の浅い小娘にすぎません。神后と神官長の関係性はいつだって主導権争いの駆け引きなのです。なめられないよう、常に自信を持って正しい選択を続けなければ行けません。


 下準備を万全に、後はあわてず落ち着いて堂々と。ときどきハッタリも交えつつ。

 なにより肝要なのは、それらの匙加減です。


「仮に、リシェールが自治を行うだけの能力を持たないとわかれば、神殿がその代理となるだけです。無論、対価は自治区より捻出されることになるでしょう。何も問題はありません」


 最初からリシェールを直轄地にするのと、自治が立ち行かなくなって神殿の助けを求めてくるのとは大きな違いがあります。

 今回の件で、リシェールは周辺二国のどちらにも助けを求めることはできません。彼らが泣きつくことができるのは、もはや神殿しかいないのです。


 狸たちは各々うなずいて返しました。

 腹のうちの声が聞こえてくるかのようです。


 ――なるほど……神殿としては、稀少鉱石(ギアノ)を手に入れたい。これならば理由が立つ。

 ――自ら差し出させるか。あくどいことをやりおるわ。


 大体そんなところでしょうか。

 私はにっこり笑って、先を続けました。


「無論、そうならぬよう監督官を置きます。それに相応しい人物を私から推薦させていただきたいのですが、よろしいでしょうか、猊下」

「……ほう? かまわぬ、申してみよ」

「ナガレ卿を推します。困難な仕事ですが、彼ならやり遂げてくれるでしょう」


 静かな驚愕が走る中、猊下は愉快げに目を細められました。


 ナガレ卿は、暴力事件を起こして謹慎中の神官です。職位を解かれて神后預かりの身となっているところですが、その才覚に疑いはありません。それは、猊下が手元に置いていらっしゃることからも明らかです。

 僻地に飛ばされるという意味では、まぎれもなく懲罰。しかし、うまくやり遂げれば出世コースに舞い戻る契機。

 これは、二重の意味を持つ人事です。


 ゆったりと目を伏せ、猊下は喉を鳴らせました。


「よかろう。許す」


 


 


 


 その後もいくつかの案件が俎上に載せられましたが、目新しいものはありません。

 神殿を空けていた間も逐一報告を受けていたので、当然と言えば当然です。何より留守役の侍従の尽力ですね。

 閣議堂を後にしながら、私は上機嫌に侍従である青年へ声を掛けました。


「いい準備でしたね、レキ。過不足なしです」

「恐縮です」


 レキは目礼で応じました。

 灰に近い銀髪と同色の瞳は、彼の性質を現すような冬の色です。

 華やかな印象のサキとは容姿も性格も見事な対極で、先日も転写板で喧嘩をしていたように、水と油の仲です。

 ただでさえ怒りっぽいサキに、レキがいちいち一言多く返すので、あっと言う間に喧嘩になるんですよね。困ったものです。

 ――しかしながら、もちろん仕事は別。彼らは有能です。

 それぞれの長短を上手く補い合い、口論しながらも滞りなく全てを運んでくれるので、私にとって欠かせない片腕となっています。


 とある神官は、レキがサキに好意を持っているんじゃないかと邪推していましたが――実際のところ、どうなんでしょう。

 フィフィナ姫の件を踏まえ、その方面における私の洞察力は全面的に見直し中です。自信はありませんので、もしかしたら正解なのかもしれませんが――想像するだに恐ろしい事態です。いえ、仕事に支障はきたさないと信じていますけれども。


「そういえば、ヒナは見つかりましたか?」

「いえ。目下捜索中です。申し訳ありません」

「そうですか……困りましたね、早めに釘を刺しておきたいんですが……」


 帰国が予定より早まったとはいえ、こうも捕まらないとは思いませんでした。

 おそらく神都から離れてはいないと思うのですが、放っておくと、話を中途半端に聞いて誰かを殺しに行きかねません。そうなる前に捕まえておきたいところです。

 レキが淡白に応じました。


「そろそろ捜されていることに気づくでしょう。動くにせよ、一度は顔を見せるかと」

「だといいんですが」


 レキがそう言うなら、まあ心配ないでしょうか。

 彼はヒナの扱いを最も心得ています。危険だと判断すれば何らかの手を打つでしょう。


 ともあれ、今回の円卓会議でリシェールの件は片付きました。

 これでようやく、本命に取り掛かることができます。


星下(せいか)


 しわがれた声の呼びかけに、私は足を止め、隙のない笑顔で振り返りました。


 ――そう。ようやく取り掛かることができるのです。


 ラクイラの一件の黒幕を、権力の座から叩き落とすという仕事に。


 第二神官長イコウはいかにも好々爺然とした笑みを浮かべ、ゆったりと歩み寄ってきました。

 曲がった背と小柄な体がリスを思わせますが、中身は強欲なマングースです。まさに神殿を体現した老爺だと言えるでしょう。



「あの二国にリシェールの自治を認めさせるとは、さすがですな。素晴らしい手腕であらせられる」

「各位の尽力の結果でしょう。これで南方も治まると良いのですが」

「そう、ラクイラへ寄られたのでしたか。ギアノ交易は良い手土産になったことでしょう」

「偶然ですよ。私は特定の者を引き立てることはしません」

「もちろんですとも。公明正大と名高い星下のことですからな」


 微笑での当て擦りに微塵も動揺を見せず、第二神官長は好々爺そのものに相好を崩してうなずきました。

 ……ふむ。やはり、この程度では(こた)えませんか。

 面の皮の厚さの指数値って、どんな感じに計測するのが正確なんでしょうね。


「そういえば、一つ候補から外した商会がありますね。いささか熱心が過ぎたようでしたから」

「なんと。星下の目をごまかそうなどと、なんとも怖いもの知らずがいたものだ」


 ごらんください、驚きの白々しさです。

 神殿の上層部ならば基本装備ではあるのですが、それにしても感心してしまいます。

 熱心に営業活動を行っていた商会が賄賂を差し出した当の人間は、まず間違いなく、今私の前で目を丸くしている老人なのですから。


 まあ、さすがに言葉遊びで引っ掛けられるほど小物ではありません。

 ――なにしろ、この私に毒を盛ろうとするほどの大狸です。


 これは、文字どおり首を賭けての暴挙です。この程度でボロを出されては面白くありません。

 目下の最有力容疑者は、焦る素振りなどまったくなく、柔和そのものに笑みを深めました。


「いずれにしても、良い休暇を過ごされたようで何よりですな。時には骨休めも必要でしょう」

「そうですね。猊下がお気に召されたことが理解できる国でした。イコウ卿も、細君と滞在なさってはいかがですか?」

「いやいや、このような老人には神都で手一杯です」


 苦笑交じりに手を振り、彼はようやく、本題を切り出しました。


「ところで、星下。そろそろ皇配をお定めになる頃かと存じます。私からも推挙したい者がおりまして……一度お目通りを願いたいのですが、いかがですかな」


 なんと、ここで予想外の展開です。

 気配を消して控えていたレキが、わずかに反応を示しました。


「どなたです?」

「私の大甥で、ダイカと申します。衛府の大尉でしてな。堅物で融通の利かぬところはありますが、実直な男ですよ」


 驚きました。顔には出しませんが、かなり、驚きました。

 この人から実直なんて単語を聞こうとは。言葉の意味自体を大崩壊させてしまいそうな勢いです。

 内心の慄きは綺麗に押し隠し、私は笑顔で答えました。


「わかりました。のちほど日取りを連絡させます」


 さて、何を考えているのやら。

 まあ親族であるなら揺さぶってみる価値はあるでしょう。おそらくは捨て石です。


 予測と計算を同時進行させながら、私は静かに笑みを深めました。

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