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第26話 温泉後は軽い運動を

「気持ちよかった……!」

「最高だったね!」

「風呂上りにラッシーは如何でしょうか」


 あ、それ絶対に美味しい奴だ!

 さっそく取り出して飲めば、火照った体に冷たくて甘酸っぱいラッシーが染み込んでいくようだった。


 がっつりお風呂に入って三人で洗いっこした後。なぜかかなり遠くまで行って魔物と戦ってたドルツさんと交代ってことで、私たちはちょっと離れたところでドルツさんの入浴待ちだ。


『提案:温泉の後は軽い運動をするのがお約束です』

「えっ、そうなの?」

『肯定:超古代文明時代はタッキュウというスポーツが定番でした』

「どんなスポーツなの? 私たちにもできるかな?」

『解説:円盤状の板で球を殴打するスポーツです』


 何それ怖い。


『補足:勝った者は雄叫びをあげるのが作法です』

「ごめんちょっと難しすぎるから他の運動にしよう」

「運動、ですか」

「何々?」

「あ、フェミナさん。お風呂上りにできるような軽い運動って何かある?」

「軽い運動かぁ……ちょっと思いつかないなぁ」


 ずっと大樹林にいて疎いので聞いてみたけど、現在は温泉後の運動は一般的ではないらしい。

 うーん、せっかくの温泉だし、できるだけ満喫したいよねぇ。


「ヘルプ、今の私たちにもできる簡単な運動を教えて」

『了解:このまま前方に三〇〇メルトルほど進んでください』


 言われた通りに三人でてくてく歩けば、そこには——


「モォォォォォォォッ!」

「魔物ですか」

「うわっ、気づかれた!」


 真っ赤な体躯に白い翼を生やした牛がいた。牧場にいたのと外見は一緒だけど、サイズが二回りほど大きい。

 軽い運動って魔物討伐のことだったのか。まぁ確かに魔法を使うから激しく動くことはないけども。


「えっと、牧場にいたのかブルーカウとかイエローオックス……これは赤だから……」

『警告:目の前の魔物はレッドウイングブルです』

「えっ、でも翼は白いよ? 赤いのは体だからやっぱりレッドブ——」

『禁則:それ以上はいけません』

「まままま、マリィちゃん……? のほほんとしてないで逃げましょう!?」

「あ、いえ。もう《《終わってる》》から大丈夫」

「えっ?」


 こっちに突進してきそうだったから、いつも通り風魔法でスパッとやっといた。フェミナさんが頭の上にハテナを出しながらレッドブ……じゃなかった、レッドウイングブルを見つめていると、ずるりと頭が落ちた。


『鑑定:

 飛赤牛(レッドウイングブル) Bランク 食用可。美味。骨は食べられないが良い出汁が出る。肉・内臓・皮は高額』

「おお、美味しいんだ」

「お嬢様が仕留めて下さったので、これで何か作りますか」

「うん! あ、でもせっかくだからもっと狩ってく?」

「ですね。軽い運動も兼ねてサクサク狩っていきましょう!」


 口をあんぐり開けているフェミナさんを引っ張りながら、私たちは温泉後のお約束(まものとうばつ)で軽く汗を流すのだった。


***


「おかしい……」


 すべてを飲み込むほどに繁茂した、植物たちの影に紛れ、夜闇を固めたような黒が蠢いた。

 ヴェントにて暗躍した魔王種だ。


「我が眷属が帰って来ぬ……よもや人間如きに敗れたとは思わぬが」


 近場に生えていた木の実をもぎ取り、かじりながら思案する。


「どこぞで油を売っているか、あるいは……いや、《《あやつ》》に限って我から逃げることなどあり得んな。となれば、予想外にデキる人間がいたということか?」


 魔王種が手を伸ばすと同時、繁茂した植物がガサリと震える。そして見る間に枝葉が伸び広がり、新たな果実をつけた。

 ぐんぐん成長し、熟したのは白桃だった。

 手で押せば崩れてしまうほどの完熟状態になった白桃は、魔王種が爪を立てれば簡単に皮がめくれた。

 柔らかな産毛の残る皮を適当に取って、果汁の滴る桃にかぶりつく。


「うむ、美味いな……さて。腹ごなしもしたことじゃし、我が眷属を助けにいくか。よもや死んでいることもあるまいて」


 魔王種が身を起こす。周囲の草木は意思を持っているかの如く蠢き、魔王種が歩くための道を開ける。


「我が花嫁の様子も見に行かねばならんしの」


 くく、と喉を鳴らした魔王種は、ふと気づいたように動きを止めた。


(おじいさまの残した秘伝書によれば《《構いすぎ》》は嫌われる理由の一つとも聞く。もう少し様子を見るべきか……?)


 難しい顔で思案したのも一瞬、魔王種はさっさと思考を放棄した。


「まぁなるようになるじゃろ。我と花嫁とは運命でつながっておるのだ」


 魔王種はそのままふらりと歩き出し、木々の作り出した闇の中に溶けて消えた。


***


「報告を」


 不機嫌を隠そうともしないマーカスの眼前、真っ青な顔の商人が頭を深く下げたまま話し始める。


「はっ。食料集めの進捗はやや遅れ気味ですが、部下にツテを当たらせておりますので期日までには何とか間に合う目算です」

「次」

「依頼されておりました《《魔物寄せ》》ですが、どうもあまり使われている様子がありません。ばら撒くまでは順調だったのですが、各国の闇市場(ブラックマーケット)に流れているのを確認しております」

「なぜだと思う?」

「恐れながら。冒険者たちが魔物寄せを使わねばならない依頼が少ないことが原因かと」

「分かっているならば偽装依頼の一つも出して来いッ! 他国で魔物を暴走させろ! 大樹林の魔物を減らし、国力を削げ!」


 めちゃくちゃな指示で怒鳴りつけると同時、すぐ近くに置いてあったワイングラスを中身ごと投げつける。

 避けるどころか、身を庇うことすらせずにそれを受けた商人。グラスの破片とワインが商人の体を汚し、カーペットに滴ったところで退室を命じる。


「……もういい。目障りだ、消えろ!」

「し、失礼いたします」


 商人がいなくなると同時、側に控えていた騎士団長のトムソンが新しいワイングラスを差し出す。ヴィンテージもののワインを注ぎながらすぐ近くの椅子に座る。


「落ち着いてください、殿下」

「どうやって落ち着けと——……いや、分かっている」


 腹心の言葉に怒鳴り出したいのを何とか堪えたマーカスだが、その表情は優れない。

 マリアベルを大樹林に放置したことで実父である国王から冷遇され、味方が減っているのだ。

 大樹林の開拓作戦が失敗したことも大きい。代替案として《《間違った》》使い方とともに魔物寄せをばら撒いて大樹林の魔物を他国に押し付けようとしたが、それもあまりうまく行っていないのが現状だった。

 規制の掛かった魔物寄せを用意するのに、自陣営からは少なくない額を使っていた。

 成果が出なければ不満が溜まるのも仕方のないことである。


 ——王位簒奪を前にして戦力が削れていく。


 すでにマーカスはじり貧だった。


「聖女をぶち込んだ牢屋は不自然なほどに格子がなくなっていました。まだ死んだと決まったわけではありません」

「死んでいて良いんだ! 死体さえあればそれで!」

「生きていれば、陛下の機嫌も治るでしょう。現在、各国の間諜(スパイ)にそれらしい情報を集めさせています」

「機嫌? 今更父上の機嫌を取ってどうなる!」


 ワインを一息に煽ると、口元を乱暴に拭った。


「……エクゾディス大樹林に置き去りにしたのだ。アレが生きているとは思えぬがな」

「生き汚さだけは一級品ですから。居場所さえ分かれば首輪をつけて引きずってきましょう」

「そうだな……第二王子(あにうえ)の動きも気になることだし、何をするにも急がせろ」

「かしこまりました」

「聖女でも別の何かでも良い。私が王になるためには成果が必要だ。意地汚く馬鹿な貴族たちを納得させ、求心力を高められるだけの成果が」


 すでにマーカスの中では、自らが次代の王になることは既定路線だ。それが可能かどうかは別として、《《やらなければ》》マーカスに未来はない。

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