ルニス、寝込みを襲われる
ようやく書けました。
お待たせして申し訳ございません。
「……」
「……」
あれからしばらく時間がたった。
クレイとルニスは部屋のど真ん中に置かれたフトンを間に挟むように座っていた。
しかも、アレイヤ達の部屋とは違い、入ってすぐの部屋にこれ見よがしに敷かれていた。
フトンは1つ、なのに枕は2つ。
これは流石のクレイもこのフトンで寝る状況がどのようなものなのか想像できる。
ルニスは顔を真っ赤にして俯いている。
モニカが言うには「この部屋のフトンと枕は従業員に全て片付けてさせて貰いました。この部屋にあるフトンと枕はそれだけです。それではごゆっくり……」との事だ。
「じゃあ、ボクは部屋の隅で寝るから、ルニス君はフトンを使うって事で……」
「く、クレイさん!?」
「ほら、ボクは野宿で慣れてるから」
「クレイさんだけその様な事をする訳には……」
「ルニス君はそういうの、慣れてないでしょ?」
発言の通り、野宿に慣れているクレイからすれば、雨風に悩まされず、綺麗な床の上というのであれば、十分寝れる環境だ。
ちなみにこの身体になってから硬い地面の上で寝て、起きた時によくある独特な体の痛みが出ることも無かった。
故にクレイとしては、ルニスをフトンで寝かせ、自分が床の上で寝るのが最良だった。
その後、ルニスを何とか説得し、クレイは床に寝ることにした。
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「ん……うぅ……」
ルニスは妙な圧迫感で目を覚ました。
誰かが自分の上に覆いかぶさっているような感覚。
寝返りを打とうとしたが、圧迫感がそれを遮った。
眠気で満たされた頭でも、異常に気が付いた。
誰かが覆いかぶさっている"様だ"では無い、本当に誰かが寝ている自分の上にいる。
ふわり、と脳を蕩かす様な、覚えのある匂いがした。
もしやとルニスはまぶたを開け、覆いかぶさっている人物を確認することにした。
――クレイだ。
(……えぇ!?)
ルニスの頭から眠気が一気に消し飛び、代わりに混乱が押し寄せてくる。
なぜ?
やはり床の上に寝るのは辛かったのか?
でも何故自分に覆いかぶさっているのか?
それなら自分の隣で良いのでは?
あぁ、いつでも彼女の匂いはいい。
別に隣でも自分は構わないのだが。
いや、覆いかぶさられると困るというわけではない。
というか、この状況は――
夜這い、というものなのでは?
クレイはルニスと体を密着させており、激しく脈打つ胸の鼓動が自分のものなのか、それともクレイのものなのか、突然の状況に放り込まれたルニスには判断が付かなかった。
父さん、母さん、姉さん、今夜、今度こそ僕は大人になります。
「あ、あの……クレイさん……」
「しッ……静かに……」
クレイはルニスの口を手で覆う。
あぁ、そんな、自分の口を覆わなければならないような事を彼女はするつもりなのか。
不安と期待が入り混じる中、ルニスはようやく気が付いた。
クレイの視線が扉、廊下の方に向いている。
そしてクレイの表情が夜這いをするような表情ではなかった。
この表情は、あの触手のモンスターと遭遇していた時に似ている。
今までとは違う緊張が体を駆け巡る。
ルニスも廊下の方へ視線を向けた。
木々が風に揺れる以外の音は無い、静寂。
色々な緊張で時間の感覚が狂う。
10秒、30秒、1分、もしかしたらそれ以上の時間が経ったのかもしれない。
――カシャン。
僅かだが、扉の向こう、廊下から金属同士が当たるような音が聞こえた。
――カシャン。
また聞こえた。
先程よりも、鮮明に聞こえた気がした。
――カシャン――カシャン――カシャン。
少しずつ、少しずつ、音が大きくなっていく。
『どこだ』
くぐもった、それでいて響くような男性の声が聞こえた。
――カシャン――カシャン――カシャン。
音が、止まった。
『ここか』
バコンッ!!
何かが衝撃を受け、跳ねていく音。
声の主が部屋の扉を蹴破った様だ。
音の位置からして、恐らく、隣の部屋。
姉達がいる部屋かと一瞬焦ったが、音は誰も居ないはずの隣の部屋からだった。
『居ない』
――カシャン――カシャン――カシャン。
音が更に近づいていく。
――カシャン。
再び音が止まった。
『ここか』
先程、隣の部屋の扉が蹴破られた。
そしてその時よりも、金属音も、声も、より近く、より鮮明に聞こえる。
つまり。
バコンッ!!
扉がくの字に折れながら、こちらに向かって飛んできた。
クレイが自分を守るために更に密着する。
彼女が覆いかぶさっていたのは、何かしらの襲撃から自分を守るためなのだと、この時理解した。
顔と顔が触れ合う距離。
口を覆われていなければ唇も触れ合っていただろう。
嗚呼、この状況、この感情をどう処理すればいいのかわからない。
彼女を通して衝撃を感じた。
恐らく、跳んできた扉が彼女に当たったのだろう。
夜の空気を体から感じる。
上を覆っていたフトンも扉が当たった衝撃で弾き飛ばされた様だ。
ドコンッ!!
廊下とは反対の方向から何かが当たる音と、わずかに崩れる音。
どうやら蹴り飛ばされた扉は部屋を横断し、反対側の壁に穴を開けたようだ。
それ程の、衝撃。
彼女は――
「大丈夫だから」
彼女はあの時と同じ台詞をささやいた。
彼女は自分の口を塞ぐのを止め、少し体を離し、扉があった方向を見た。
自分も同じ方向を見た。
『居た……だが……違う』
見たことも無い鎧を着た男が立っていた。
黒い金属と、色こそ違うが敷き詰められていた繊維状の床(タタミと言うらしい)に似たような板が使われた鎧。
兜の正面には角のような装飾が施されている。
その独特な鎧や兜も特徴的なのだが、それ以上に驚くべき特徴があった。
中身が、無い。
鎧の隙間や兜の下には、あるべき人の姿が無い。
鎧だけが、まるで誰かが着ているかのように宙に浮いている。
そんな感じなのだ。
「人違いなら、このまま帰ってくれないかな」
彼女が鎧男に向かって言葉を投げる。
鎧男は腰に携えた細い剣を抜いた。
片刃の剣はよく磨かれており、不気味に輝いている。
『邪魔だ……殺す……』
歩き始めた鎧男の周りに青い火がいくつも漂い始めた。
あの火には見覚えがある。
温泉で見た火だ。
『む……』
鎧男が歩みを止め、キョロキョロと周囲の青い火達を見ている。
最初はこの鎧男がこの火を出しているのかと思ったのだが、どうやら違うようだ。
ふわふわと周囲を漂うだけだった青い火が急に速度を上げ、鎧男の背後へと集まった。
ドンッ!!
『ぐおッ!?』
爆発。
クレイが再び密着し自分をフトンへ押し付けた。
鎧男は爆発の勢いで飛ばされ、そのまま自分たちの上を通り過ぎ、壁の穴を更に広げながら外へと消えていった。
「うちのお客さんに手を出すのは……勘弁できませんね」
蹴り飛ばされた扉があった場所。
そこにはヨーコがいつの間にか立っていた。
次話が完成するまで、またしばらくお待ちください。




