お風呂の付き合い
お待たせしました。
本当にお待たせしました。
「外の思い出があの鳥の事しかないわ……」
「僕もです……姉さん……」
クレイ達は周囲の散策を終えて温泉宿に戻ってきた。
どうやら2人はニジバネインコのインパクトが強烈過ぎたようだ。
実際、あの後の散策はテンションが低かった。
(ボクも初めて聞いた時はしばらく頭からあの鳴き声が離れなかったな……)
丁度夕食の準備ができていたらしく、空いている大部屋へと案内された。
本来なら各自の部屋で食事をする形式らしいのだが、今この『稲荷』を利用しているのはクレイ達だけらしく、皆と一緒に食べられる様に空き部屋に夕食を並べたとの事だ。
……宿屋としてやっていけているのか、不安になる。
「アズマのお料理、堪能して下さいね」
「どれも見た事の無い料理ですね」
並べられた料理はどれも見た事が無く、せいぜい魚が塩焼きにされていることくらいしか分からない。
「そうね、特にこのスープは……その……独特ね」
アレイヤが覗く黒い器には茶色い液体が盛られていた。
茶色に濁ったスープの中には、いくらかの具材が浮かんでいる。
スープも具材も何が使われているのかクレイ達には見当もつかなかった。
「それはミソシルというスープです」
「ミソ……シル?」
「はい、ダイズという豆を発酵させたミソというものを溶かし込んだスープです。アズマでは一般的なスープなんですよ」
アズマは大陸から離れた島国。
その為、外部との交流が他国と比べて少なく、独特の文化が形成されていった……という事をクレイは案内役として活動していた時に聞いたことがある。
あくまで"聞いたことがある"というだけで、実際に赴いた事は無い。
移動に手間がかかるというのもあるのだが、そもそもアズマへ赴く依頼がそうそうあるものではないのだ。
ともかく、そういった文化がこの様な独特な料理にも表れているのだろう。
この料理の名称は分かった。
だが、他にも良く分からない食材がこのミソシルには含まれている。
どうやらアレイヤはミソシルが気に入ったのか、それとも単なる好奇心からなのか、続けてヨーコに質問を続ける。
「じゃあ、中に浮かんでいる、白くて四角いのは?」
「トーフというダイズの絞り汁を固めたものです」
「表面が茶色のスポンジみたいなのは」
「薄く切ったトーフを揚げたアブラアゲというものです」
うん?それって全部ダイズって事じゃないか?
良い事なのか悪い事なのか良く分からない事にクレイは気が付いたが、わざわざ言う事でもないので、黙っておくことにする。
クレイはそのアブラアゲがミソシル以外にも使われている事に気が付いた。
「この何かが詰められている袋も、もしかしてアブラアゲですか?」
「よく気が付きましたね!それはイナリズシというアブアアゲの中に様々な具材を混ぜたスメシを詰めたお料理です」
「あれ?イナリって……?」
「そうですこのお宿の名前ですね、私、イナリズシが大好物なんです」
その様な感じでヨーコの解説を受けながら異文化の料理を楽しんだ。
ちなみにモニカは気に入った料理の作り方などを聞いてメモを取っていた。
食事を終え、部屋を出ようとした時だった。
「あぁ、皆さん1つだけ……」
ヨーコが呼び止めた。
「余計な粗相は為さらぬ様、お願いします。なにせ"出る"らしいですよ?」
「でででっでっでっでで、ななななになになにななな!」
アレイヤが凄まじい動揺を見せる。
恐らく「"出る"とは何の事か」と言いたいのだろう。
「それは勿論……フフフフ」
「お食事片付けます」
「お食事片付けます」
「お食事片付けます」
「お食事片付けます」
片づけを他の従業員に任せ、ヨーコは笑いながら部屋を出ていく。
食事が終わりアレイヤ達は1度部屋に戻るとの事だ。
ちなみにアレイヤはミミアとメアを左右でアームロックしている。
「2人は私が守ってあげるわよ!だから一緒に居ましょう!」との事らしい。
クレイはアレイヤ達と別れ、温泉に浸かる事にした。
ヨーコの説明によると、ここの温泉は露天風呂になっているらしい。
食事の間に夜と言って申し分ない時間になっており、星空を楽しみながら浸かる事ができそうだ。
廊下を歩き、クレイは温泉へと向かう。
その間、ヨーコという人物について考える。
不思議な服――ヨーコによると"キモノ"というものらしい――を着たアズマ出身の女性。
そこは良い。
クレイの目には彼女の周囲に何かオーラの様なものが見えていた。
オーラを纏う魔術師の冒険者を見た事がある。
ヨーコもその類かもしれないが、彼女のオーラはそれとはどこか違う。
アズマの魔法使いはそういうものなのかもしれない。
とりあえずそういう結論を導き出し、布で仕切られた温泉への入口をくぐる。
服を脱ぎ、待ちわびた温泉への扉を開く。
「おぉ……」
温泉は思いの外広く、綺麗に整備されていた。
クルトの時に入った温泉は天然モノだったので、温泉以外の部分は快適とは言えなかった。
これは楽しめそうだ。
「ふぅ……」
温泉は快適な温度、湯気で少々見づらいが上には星空。
これは、良い。
更にこの温泉の広さはこの地域ではなかなかできない贅沢だ。
(あれ?誰かいる?)
立ち上る湯気の向こう側に人の影が1つ見える。
確かアレイヤ達はまだ温泉を利用していないはずなのだが、その内の誰か気が変わって温泉に来たのだろうか。
お互い黙って温泉に浸かっているのも難だ。
近づいて一言くらい声をかけておくべきだろう。
「この温泉、凄いですね」
「え?」
「……え?」
ルニスが居た。
何で?
……。
…………。
………………あ、ここ男湯だわ。
考え事をしながらだったので、つい男の感覚で「男湯」の方を選んでしまった様だ。
「ごめん!ルニス君!」
クレイは男湯から立ち去ろうとすぐさま立ち上がる。
「うわぁ!見えちゃいます!見えちゃいます!」
「ごめん!」
温泉に浸かっていたクレイは当然何も着ていない。
ルニスの前で立ち上がれば、当然全てを晒してしまう。
慌てて首まで湯に浸かりなおす。
「……」
「……」
しまった、どうしたものだろうか。
クレイもルニスもお互いに次の手が思いつかず、少し間を空けて湯の中で座っている。
長い沈黙。
先に口を開いたのはルニスだった。
「あの……クレイさん?」
「な、何かな?」
「その、クレイさんはどうやってその歳であそこまで強くなったのですか?」
「え?う~ん……」
クレイの強さの秘密。
流石に「ダンジョンの奥で剣に心臓を刺されたら強くなりました」なんて言えるわけがない。
ここの部分はパスだ。
とは言え、ここで会話を切って沈黙へと戻ってしまうのも困る。
「昔、ボクはパーティーに所属していてね」
「昔……ですか……(昔っていつの事なんだろう……?)」
「その時は純粋な案内役として……まぁ、その時は非戦闘員としてだったからそこまで強くなかったんだよね」
昔を懐かしんで夜空を見上げるクレイにつられてルニスも顔を上げた。
湯気で少し見づらいが、視界いっぱいに星が広がっている。
「ずっと後ろに下がって守って貰うって訳にもいかなくてさ……少しでもパーティーの役に立ちたくて、せめて自分の身を守ろうと思って鍛えたのが始まり……かな?」
「そう、だったんですか……」
ルニスからすればクレイの強さは自衛の域を明らかに超えている。
あくまで"きっかけ"なのだろう。
「ルニス君はどうして強くなりたいの?」
「え?」
姉の様に強くなりたい。
実際に見た事は無いが、父も若い頃はかなりの武闘派だったと聞く。
だがそれは誰かの背中を追いかけるだけで、自発的に目標を定めた事は無い。
「僕は……」
仮に強くなったとして、どうしたいのだろう?
ちらりと、少しだけ、視線を夜空からクレイに移す。
もし、できるのなら、彼女の隣で……。
クレイもまた、ルニスに視線を向ける。
鼓動がドキリとして、慌てて視線を上へ戻す。
「ルニス君」
「は、はい!」
「こっちに来て……」
「え?……えぇ!?」
クレイは視線だけでなく、体もルニスへと向ける。
ルニスはクレイを直視する訳にもいかず、顔ごと視線をあさっての方向にそらした。
「大丈夫、心配しないで」
「い、いや、でも……」
「ほら……」
クレイは両手を広げ、ルニスを招く。
「あ……う……」
彼女に触れたいという自分自身の希望、そして何よりも彼女からの誘い。
誘惑に負け、ルニスは視線を他所へ向けたままジリジリとクレイへと近づいていく。
ルニスの肩にクレイの手が触れ、ゆっくりとやさしく抱き寄せられた。
互いの肩が触れ合う程の距離、クレイはルニスの耳元でささやく。
「……ボクに任せて」
「は、はい!よろしくお願いします!」
父さん、母さん、姉さん、僕は今日、大人になります。
「……ふッ!」
「うわぁ!?え?え?」
いつの間にかクレイは剣を握っており、ルニスの背後を斬りつけた。
驚いたルニスが後ろを振り向くと、青い火をまとった紙のようなものが空中で上下に真っ二つとなっていた。
恐らく、彼女はこの紙を斬ったのだろう。
「いきなりごめんね、なるべく驚かせないようにしたつもりだったんだけど……」
「あ、いえ、ダイジョウブデス……」
青い火が消え、紙がヒラヒラと湯に落ちる。
クレイが2枚になった紙を拾い上げ、切断部分を合わせる。
赤と黒の謎のインクが使われた、謎の模様が描かれている。
魔法陣にも見えなくもないが、何というか、雰囲気が違う。
「それは……何ですか……?」
「……分からない」
ルニスの質問にクレイは答えられない。
これは一体なんなのか。
そして、誰の手によるものなのか。
「異世界美少女受肉おじさんと」を今出ている巻、全部読みました。
アニメ化しないかな?と思ったら年明けにアニメ化するそうですね。
やったぜ。




