温泉宿のヨーコ
誰ですか、すぐに投稿できるって言った人は……。
お昼をいくらか過ぎた頃、目的地である温泉宿に到着した。
見た事の無い横に広く、真新しい木造の建物。
最近出来上がったのだろうか。
周囲にはこの宿以外に建物は無い。
人の往来がある場所に宿が建つ事はあるが、簡素な宿がほとんどだ。
しかし、この宿は街中から切り出して持ってきたと言われても良いほど立派な建物となっている。
見れば見る程不思議な宿だ。
「皆様ようこそ、温泉宿"稲荷"へ……」
入り口には既に従業員らしき人物が立っていた。
服は赤と黒を基調としたものなのだが、模様の編み込まれた独特な服を着ている。
髪は非常に長く、黒い。
「私はこの宿の女将をやらせてもらっております、ヨーコと申します。気軽にヨーコちゃんって呼んでくださいな」
ヨーコの後ろから子供くらいの年齢であろう人達がゾロゾロと現れ、こちらを取り囲んだ。
「お荷物お持ちします」
「お荷物お持ちします」
「お荷物お持ちします」
「お荷物お持ちします」
一様に同じことをしゃべり始めた上に、よく見ると何というか人形のような顔つきをしている。
しつこさと不気味さから解放されるために、いくらかの荷物を持たせることにした。
「お荷物お運びします」
「お荷物お運びします」
「お荷物お運びします」
「お荷物お運びします」
ヨーコが先導して建物の中を進み、小さな従業員たちが荷物を掲げながらトコトコと後に続いた。
隙間無く敷き詰められた木製の床材、木材を細かく組み上げられた装飾などなど。
建物の中は豪華と言うより、精密さを感じられる内装となっていた。
「あの、ヨーコさん」
「…………」
「……ヨーコちゃん」
「は~い、なんでしょう?」
……この人も面倒臭いな。
「この建物、珍しい形をしていますけど……」
「私達はアズマから来ておりまして、この建物もその様式にならったものです」
「アズマの建築技術を持っている人を良く見つけて、ここに建ててもらえましたね……」
「そこは……フフフフ」
笑って無理矢理はぐらかされてしまった。
「こちらがご予約の2部屋になります」
「お部屋の準備は宿の従業員の方々と準備しますので、アレイヤ様達はお近くを散策されてはどうでしょうか?」
「ここはミミア達にお任せください」
「ここはメア達にお任せください」
「それじゃあ、お願いね!じゃ、行きましょう」
モニカ達の提案にアレイヤはあっさりと同意し、クレイ達をグイグイと引っ張っていく。
部屋の準備とは何なのか、荷物を置くだけで済みそうなものだが、その辺りは貴族の事だ、色々とあるのだろう。
「お客様~お食事のお時間までには戻ってきてくださいね~」
「お部屋の準備を致します」
「お部屋の準備を致します」
「お部屋の準備を致します」
「お部屋の準備を致します」
―※―※―※―※―※―※―※―
宿の周囲は開けており、ぽつりぽつりと木々が生えている景色が広がっていた。
見晴らしは良いのだが、余計にこの宿の存在が際立って見える。
本当に何故こんなところでこれ程の建物が存在できるのだろうか。
「静かな所ですね……」
雲一つない空、時折聞こえる鳥のさえずり。
確かにここまで何もないと、余計な音が無く、最近までドタドタとした事態に巻き込まれていた身としてはこの静寂は身に染みる。
胸を反らし、息を吸う。
「…………」
ルニスの目にはクレイが胸を反らしたことでハッキリと分かる形が映っていた。
「本当に静かだね」
「え?あ!はい!」
(煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!煩悩退散!)
「どうしたの?」
「いえ!大丈夫です!大丈夫!」
「う~ん、ずっと馬車での移動だったから、こういう開放的な空間は気持ちがいいわね~」
「あまり遠くには行くのは無しですからね」
一応念を押しておかないと彼女ならどこまでも行きかねない。
日もそれなりに傾いており、日没までそう時間は無いだろう。
夕食の時間も近いだろうし。
「あ!クレイさん!あの鳥は何ですか?」
ルニスの指す先には木の枝にとまった1羽の鳥が居た。
全身が白い羽毛に覆われ、頭から伸びる2本の虹色の飾り羽が特徴的な鳥だ。
鳥としては大型の部類に入るだろう。
「綺麗な鳥ですね」
「確かに、あの飾り羽はなかなか綺麗ね……」
「あ~……あの鳥は"ニジバネインコ"と言って、通称……」
「オエ゛ッ!オ゛ッ!ア゛ッ!ヴォッ!ヴッ!ウォオロロロロロロロロ!」
周囲に見た目に似つかわしくない湿っぽさのある鳴き声が響く。
特に最後の「ウォオロロロ」の部分、固形物が混ざっている感じがなんともリアルだ。
「うわ……」
「……なにアレ」
キラキラとした視線を送っていた2人の視線がどんどん冷めていく。
「通称"酔っぱらったオッサン"……です」
次話までしばらくお待ちください




