完全捕縛
山賊団「山黒爺」の若き首領、シナドが前田拓也の仙術により捕縛された。
しかし、命を落としたわけではない。
そのことに、奥宇奈谷の兵士達は恐れを抱き、網をかぶせられて倒れているシナドを捕縛できなかった。
それを行ったのは、前田拓也だった。
彼自身も、恐ろしかった。
実は倒れているのはそうしている「演技」であって、捕縛、またはとどめを刺しに来たところで起き上がり、反撃されるのではないか、と。
しかし、誰かがそれをやらなければいけない。
そして最後のそれを行うのは、安全な場所から遠隔操作でドローンを飛ばしていただけの自分で無くてはならない、と前田拓也は考えた。
夜明けが近く、うっすらと東の空が明るくなってきた頃、足場の悪い中、ようやくその場にたどり着いた拓也。
シナドは、ピクリとも動かない。
しかし、呼吸はしているようだった。
もし拓也が槍を持っていたならば、それを突き刺して命を奪えばそれで終わっていたし、その行動を咎める物もいなかっただろう。
しかし、「山黒爺」の残りの団員の数、拠点の場所、そこに捕らわれている人質の有無など、聞き出さなければならないことは山ほどある。命を奪ってしまえば、それらの情報は得られない。
仮にそれらを勘案しなかったとしても、前田拓也は、直接人を殺すことができなかった。
二十一世紀の日本に生まれた彼が、自身の手で人間の命を奪うことなどできない……それがどんな極悪人であったとしても。
まず最初に、いつでも飛び退ける体勢を取りつつ、慎重に倒れているシナドに近寄り、被さっている網を取り除いた。
そして、所持していた、ペイントボールを放つペイントガンを構えて、それを連射した。
この中に入っている液体は、通常のスポーツ競技で使用される水性インクではなく、粘着性を持ち、時間の経過と共に硬化する、接着剤に近い特殊な物質だ。
上半身裸で、下半身も股引を身につけているだけのシナドの体にも、容赦なくペイント弾を浴びせる。
これで動きを封じることができたはずだ。無理に引き剥がそうとすると、皮膚が破れる。
風呂の中でゆっくりともみほぐせば多少痛む程度で剥がれるのだが、この現状では不可能だろう。
さらに安全を確保するために、山賊捕縛用に持っていた二つの手錠を、一つを足に、もう一つを手にかけた。
それでも、シナドは眼を覚ますことは無かった。
ここまで手を尽くせばもう安心で、そのまま様子を見ていた。
夜が明け、朝日が差し込んでくる。
前田拓也は、安全を知らせるために緑色の狼煙を上げた。
それを見て、ようやく奥宇奈谷の兵士達が急な斜面を降りてきた。
まだ怪我が完全には癒えていないハグレ (本名:睦月)も、なんとか彼らに付いてきていた。
そしてシナドが完全捕縛されている様を見て、ハグレは目を見開いた。
「……さすがは阿東藩の大仙人だ……結局一人でシナドを倒してしまったか……しかも、殺さずに生け捕りにするとは……」
「いや、まあ……いろいろと仙界の道具を使っただけで、俺自身は大したことはしていないんだけどな」
「その道具を使える時点で普通じゃないんだが……まあいい。それで、こいつはどうするつもりだ?」
「最終的には藩の役人に引き渡すことになるんだろうけど、いろいろ聞き出したいことがあるんだろう? 今、こいつは小さな雷に打たれて気を失っているだけですぐに目を覚ます。そのときに話をすればいい。俺は正直、これ以上関わり合いになるつもりはないよ」
前田拓也は、どんな手法で情報を聞き出すのかを想像すらしたくないようにそう言った。
「そうか……いろいろ気を遣わせてすまないな。ところで、役人に引き渡すときは、『前田拓也の手柄』っていうことにしておけばいいか?」
「いや、それは違う。一緒に戦ったんだ、『奥宇奈谷の者達が一致団結して』ということでいいだろう?」
「それだけでは駄目だ。やはり『前田拓也の功績』を入れないわけには行かない」
シナドはやけに頑固で、拓也の提案を受け入れなかった。
「……分かったよ。じゃあ、『俺と奥宇奈谷の猛者達が一致団結して』って伝えてくれればそれでいい……正直、噂に尾ひれがついたら、また藩主から変な依頼が来て困るんだ」
前田拓也の本音が漏れて、一同から笑いが起こった。





