逃走劇
山賊団「山黒爺」の若き首領、シナドは焦っていた。
闇夜に紛れて、上空から訳の分からない攻撃を加えてくる。
前田拓也は、空を飛べるというのか。
あるいは、梟か何か、夜目の利く鳥を使役しているのか。
それに、大の大人が一撃で身動きが取れなくなってしまうとは、一体どんな仙術なのか……。
いずれにせよ、ここで捕えられるわけにはいかない。
じっとしているのが最も悪手だ。
上空から狙われているなら、木々の生い茂る山中を走れば逃れられるだろう……シナドはそう考え、即座に逃走に徹した。
幾度か、自分のすぐ脇に仲間達を捕えた「網」が降ってきたが、左右に振れるように走ったり、速度に緩急を付けることで、その攻撃をそらすことに専念した。
それはシナドの野性的な勘であり、事実、前田拓也も攻撃を当てることに苦戦していた。
そして彼は、でたらめに逃げていた訳ではなかった。
彼が行く先には、急流の川がある。
岩場も多く、真夜中ではその周囲を歩くだけでも危険だ。
しかし彼は、付近に一抱えもある大きな流木を見つけると、それを拾って、迷わずに流れの中に飛び込んだ。
その理由は二つ。
犬に追われていることもあり、その体の匂いを消すため。
そしてもう一つは、危険であることがすなわち、まさかそのような行動にでることはないだろう、という相手の考えの裏をかくためだ。
流れに逆らって上流に逃れるということでさらに意表を突くことも考えたが、あまりに急流で、それは無理だった。
季節は秋の始めにかかっていたが、川の水はまだ入れないほど冷たいわけではない。
抱えた流木と共に流れに身を任せ、必死に泳ぐ。
暗闇の中、大きな岩が突然眼前に現れることもあったが、驚異的な反射速度で直撃を逃れ、そのまま下流へと向かっていった。
そのまま、半刻ほど進んだだろうか。
少し流れが緩やかになったところで、彼は流木と共に浅瀬に乗り上げた。
非常に体力を消耗し、あちこち擦り傷、打ち身という負傷を追いながらも、ずいぶん離れた場所まで逃れることができた。
如何に訓練された犬を連れていたとしても、その犬と共に自分と同じように急流に身を投げ、ここまで追ってくることは不可能だ。
また、川に入らず、陸上を追ってきたとしても、山間部は整備された道が続いているわけでもなく、川岸は大小様々な岩に阻まれていて、踏破するには、少なくとも流されるよりはずっと時間がかかる。
つまり、彼は水に溺れて死んでしまう、あるいは、岩にぶつかって大怪我してしまうリスクを負いながら、なんとか逃亡することができたのだ。
命があり、五体が満足に動く。
「山黒爺」の自分の配下は、いくつかの班に分けて山中に配置しており、どの日時ならばここに集まる、という指示も出しているし、いざとなれば狼煙を上げて連絡を取ることも可能だ。
一度体勢を立て直す。
前田拓也は想像以上の仙術を使う恐ろしい存在ではあるが、直接相手の命を奪えない。
そして人質、特に若い娘を捕えていると知らせることができれば、何も手出しできなくなる可能性がある。
つけいる隙は、ある。奴の甘さは致命的だ。
彼がそう考えてほくそ笑んでいるとき、上空から何かが覆い被さった。
次の瞬間、全身に鋭い痛みが走り、力が抜け、倒れ込んだ。
……これは、金属製の網?
まさか……前田拓也の仙術か?
そう考えた次の瞬間、二度、三度と全身に衝撃と激痛が走り、彼は意識を失った。
――前田拓也が操縦するドローンの最大操作半径は、直線距離で約五キロ。
赤外線で暗闇でも人間を感知する機能も有する。
シナドが飛び込んだ川の流れは蛇行しており、流された時間の割に、直線ではギリギリ操作することができる距離だった。
拓也は、一発分だけ残っていた、スタンガンの様な電撃機能を持つ「投網」を、狙いを付けてシナドに放った。
これを外せば、この狡猾で強く、恐ろしい首領に、また山黒爺に戻られてしまう。
絶対に外せない一撃で、見事にシナドを仕留めたのだった。





