不意打ち
シナドは、仲間数人と山中で休息を取っていた。
真夜中、月は雲に隠れ、周囲はほとんど何も見えない。
現在自分がいる場所は、朽ち果てかけた民家の一部屋だった。
深い山の奥であり、シナド達は一昼夜かけてこの拠点まで逃れてきていた。
足跡などの痕跡は、素人目には分からないように消している。
加えて、あえて数人を別の場所に移動させている……もし追っ手が来たならば、そちらに誘導するためだ。
とはいえ、武力で勝る自分たちを追ってくる命知らずな者など、あの村にはほとんど残っていない。
それだけの根性のあるものは、奥宇奈谷の者ではハグレか、南雲ぐらいだが、二人とも体調が万全ではない。
後は、仙人の前田拓也だが……正直、その者だけはどうしてもつかみ所がなかった。
奴には、奥宇奈谷を助ける明確な理由が存在しないはずだ。
元々、阿東藩出身で奥宇奈谷とは縁もゆかりもないと聞いている。
金で雇われたか……いや、元々奴は阿東藩の三大商人の一人だということで、金に困ってはいないはずだ。
だとすれば、女か……。
そこまで思い至って、その可能性は大いにあると直感した。
奥宇奈谷には、美人が揃っているという。その女達を独占したいと考えているのならば、そういう行動を取ってもおかしくはない。
実際、前田拓也は無類の女好き、という噂を耳にしていた。
正式な嫁だけで六人、妾も合わせると数え切れないほどだという。
それだけに飽き足らず、さらに奥宇奈谷の娘にまで手を出そうと考えているのだ。
何のことはない、奴も自分たちと同類ではないか……その考えに至り、シナドは苦笑した。
今回、奥宇奈谷の娘を人質として取れなかったことは悔やまれるが、ハグレの右腕であるクロウの妹も、相当な器量良しだ。会ったことがあるのかどうかは微妙だが、交渉材料ぐらいにはできるかもしれない。
――そんなふうに策を巡らせているときだった。
不意に、遠くで犬が吠えている声が、わずかに聞こえた。
刹那、シナドは、しまった、と、血の気が引くのを感じた。
あの前田拓也から受けた「固まる黄色い水」は、独特の刺激臭がしていた。
沢で十分に洗い流したつもりだったが、人の鼻でもわずかに匂いが残っているのが分かる。
ましてや訓練された犬ならば、その匂いを辿って追ってくることぐらいは容易いはずだ。
しかし、おおよその潜伏箇所まで特定できたとしても、攻め込んでくるだけの人数は揃っていないはずだ。
松丸藩から藩士を借りたのであれば話は別だが、ここまで簡単に来られるものではない。
奥宇奈谷の狩人集にしても、自分の策により、まだずっと離れた場所に留まったままのはずだ……そう冷静に分析しているときだった。
「ぐぎゃ!」
「ひいぃ!」
そんな悲鳴が聞こえてきて、クロウの背中に冷たいものが走った。
民家の外、念のために見張りが二人立っていた場所からの声だった。
シナドは、素早く、しかし用心深く、壁の隙間から見張り達が立っていた方をのぞき見た。
見張りは二人とも倒れ、その上には網がかぶせられ、そしてその周囲に、不気味に光る赤い何かが見えた。
(火種か……いや、違う、もっと別の……)
仮に火種だとしたら、こんな山小屋同然の民家など、あっという間に燃えてしまう。
だが、それはそれで、煙に紛れて逃げることができるだろう。
しかし、この攻撃方法は見たことがない。
大体、どうやってこの網を二人の見張りにかぶせたというのか。
そして、それだけでこんな風に大声を上げて倒れ、身動きが取れなくなるものか――。
シナドは必死に、周囲の気配を探った……しかし、人の気配はどうしても捕えられない。
不意に、上方に何かが光ったように見えて、空を見上げて戦慄した。
そこに、不気味な青い光をわずかに放ち、空中で静止する「何か」の存在を見つけてしまったのだ。
(これも前田拓也の仙術か!)
シナドの今までの人生で、最もぞっとした瞬間だった。
2013年12月から連載を開始した本作ですが、本日(2023年8月22日)、1,000万PVを達成しました!
この間、書籍化も果たすことができ、本当に読者の皆様には感謝でいっぱいです!
事情により休載を挟むこともありましたが、今後も少しずつでも更新を続けていこうと思っています!
※恐縮ですが、もしよろしければ評価やブクマ登録を頂けますとヒロイン一同と共に大変喜びますm(_ _)m。





