戸惑うシナド
その大きな破裂音は、睦月、南雲の背後で発せられた。
シナドは、それまでの攻勢から一転、警戒を露わにする。
そして睦月、南雲の二人は、その正体に心当たりがあり、絶大な信頼を寄せる味方が来たと安堵した。
後ろを振り返らずとも分かる……このような窮地に、わざわざ危険を冒してまで馳せ参じる者はそう多くはなく、かつ、例えそれが虚仮威しであってもシナドの攻撃を止めるだけの者。
そう、「時空間移動能力」を持ち、そして様々な仙術で今までこの奥宇奈谷を救い続けてきた男……前田拓也だ。
「睦月……すまない、遅くなった。ケガをしたのか」
「なあに、たいしたことは無い……ちょっと右腕に爪楊枝が刺さっただけだ」
「そうか……だったらあとは俺に任せて、休んでくれればいい」
自信ありげなその言葉に、睦月は、前田拓也が、何かそれほどの仙術を駆使できる状態であることを悟った。
しかし、
「まあ、そう言ってくれるな……こいつの首を取った手柄は、俺のものにしたいんだ」
と余裕の返答をした。
実際のところ、南雲と二人がかりでもシナドには勝てない……それほどの窮地に追い込まれていたのだが、その男の警戒に満ちた表情が、形成が逆転したことを物語っていた。
――シナドは、混乱していた。
今まで戦っていた二人の後ろに駈けてきたその男……こいつが、仙人と噂される前田拓也に間違いない。
しかし、想像と違って、この修羅場において全く強そうに見えず……戦力として考えるならば、目の前の二人の方がずっと上だろう。
だが、この死地に駆けつける胆力と、怯えのないその眼差し、先ほどの鉄砲を放ったような火薬の破裂音……さらに、その男が手に持っている、鉄砲を短くしたような奇妙なカラクリに、どうしても目が行ってしまう。
重さはあまり感じられず、そして通常なら「火縄」が付いている銃身の上部に、白い大きな、半月状の箱が取り付けられている。
もし、それが仙界の鉄砲ならば、今、シナドは圧倒的に不利な状況だ。
――いや、と彼は考えを改める。
この前田拓也という男は、今までのカラクリからも分かる通り、「人を殺せぬ」臆病者だ。
単なる虚仮威し……あるいは、せいぜい自分の足止めをするための道具に過ぎない。
いや、しかし……。
その足止めをされたら、睦月、南雲の二人は自分を躊躇無く殺しに来るだろう。
その戸惑いが、シナドを動けなくした。
……ここで、ふっと、彼は笑った。
何のことはない、前田拓也の戦略に、見事に嵌まってしまっているではないか。
本当に、あのカラクリにまったく意味が無いかどうかは分からない。
だからといって、それを恐れて逃げ出してしまえばどうなるか。
背後には手下達が待機していて、成り行きを見守っている。
奴らには、今現れた男が本当に前田拓也かどうかなど分からぬだろう。
今ここで退けば、訳の分からぬ虚仮威しに怯えて逃げた臆病者、ということになってしまう。
ならば、戦いを仕掛けるまでだ。
万一、あれが本物の仙術で、俺が手痛い反撃を食らったならば、それは退く理由になる。そしてあの奇妙なカラクリに意味が無いのであれば、強引に突破し、奴を倒せる。
仙人、前田拓也を倒したとなれば、さらに自分の評価は上がる。
そして、奴のカラクリ自体に人を殺せる威力は無い――。
シナドはそう判断すると、また不敵な笑みを浮かべ直し、まずは手負いの睦月を倒そうと距離を詰めた。
次の瞬間、睦月の後方から、ポポン、ポン、ポポンという間の抜けた音が連続で放たれた。
シナドは、自分の体に何かが当たった衝撃を感じて動きを止めた。
しかし、それほど痛みはなく、体も問題なく動けている……が、酷く嫌な予感がして、その体を後に退かせた。
睦月から反撃が来るが、足と手の両方に怪我を追っている男の追撃など、簡単に躱せた。
しかし、その後も奇妙な音と共に、何かが自分の方に高速で、しかも連続で飛んでくる。避けきれる速さ、数ではない。
見ると、前田拓也が手に持つ奇妙なカラクリから、かろうじて見える速度の、鳩の卵ほどのものが連射され、自分の体に当たって弾けていたのだ。
わずかに黄色い液体が胴体や服に当たっているが、どうということはない……そう考えたが、急に体の動きがおかしくなった。
その液体が、急に固まりだしていたのだ。
「ぐっ……」
思わずうめき声が出る。
体が、思うように動かない。
これは、まずい……戦いの場においては、致命的だ……シナドはそのことを瞬時に悟り、迷うことなく体を反転させ、撤退を開始した。





