マキビシ
奥宇奈谷に危険が迫っている――吊り橋の門番による呼子の音で、現場に向かった男達はある程度予測していた。
しかし、吊り橋に向かう細い林道で鉢合わせたのは、50人近くに膨れ上がった、太刀や槍で武装した山賊団の猛者達だった。
奥宇奈谷の中でも武芸に秀でる者……特に、狩人集と呼ばれる若い衆は、その多くが山賊団拠点襲撃の為に村の外へ出ている。
今、残っているのは十代半ばの少年や、五十歳以上の初老の者を含めて30人程度。
彼等も武装しており、日頃から戦いに備えて戦闘の訓練を積んでいるとはいえ、命を賭けた実戦を体験したことはない。
今現在、互いの出方を見るために、二十メートルほどの距離を開けて対峙している。道が細いため、道の横に並べるのはせいぜい二人だが、少し脇に入れば木々や背の高い雑草が生い茂る斜面となっていて、山賊団側はそちらにも数人、はみ出すような形で展開している。
厳つい体つきの、山賊達の先頭にいる大男が、薄ら笑いを浮かべながら隣の若者に、
「シナド、俺が一番に切り込んでもいいよな?」
と確認した。
「ああ、好きにしろ」
「もちろん、俺が一番先に気に入った女をもらうが、それも文句ねえよな?」
「好きにしろ、と言っただろう?」
「ようし、それじゃ遠慮なく……」
異様に大きな太刀を持ったその男が、奇声を発しながら奥宇奈谷の守り手達に向かって突っ込んでいく。
「引け、一旦戻れっ!」
奥宇奈谷側の先頭にいた若者が、形勢不利と見て号令を掛ける。
「バカが、遅えんだよ!」
巨躯の割には機敏な動きの大男が、嬉々として太刀を振り上げ、追いかけていく。その様子を見た残りの山賊達も、遅れを取るまいと大声を上げながら奥宇奈谷の守り手を追いかけていく。
しかし、ほんの数秒後、先頭の大男を筆頭に、
「うわあ、い、痛えっ!」
「ぎゃっ……ひっ、ひいいーーっ!」
「ぐわあぁ、あ、足がっ!」
と、何人もが転ぶように倒れ、そしてさらに付いた手も上に上げて尻餅をつき、さらに痛がり、苦しんでいた。
後の者達はその様子に思わず立ち止まり、何があったのかと、苦しむ仲間達を見て、手のひらに何かが刺さり、顔をしかめている男を見て、状況を理解する。
「これは……マキビシかっ!」
と、そこに、先ほど逃げたはずの村人達が帰ってくきて、雄叫びを上げながら槍を構えて突っ込んできた。
「う……うわあぁー!」
今度は山賊達が慌てる番だった。
マキビシは金属製で、トゲはほんの一、二センチほどしかないのだが、それでも足の裏に刺されば鋭い痛みにより踏ん張ることができず、また、手のひらに刺さったならば、まともに武器を握ることもできない。
負傷した山賊達は腰砕けになりながら慌てて引き返すが、奥宇奈谷の男達は、マキビシをものともせずに追いかけてくる。
(やはりな……妙な物を履いているから、何かあるとは思ったが)
違和感を感じ、自らいきなり突撃する事なく、慎重になっていたシナド。
彼は、奥宇奈谷の物達が、見慣れぬ何か――前田拓也が現代から持ち込んだ、厚底の登山靴――を履いていることを、見逃さなかったのだ。
彼等が履いているワラジでは、金属製のマキビシは防ぐことができない。しかも、木々が生い茂り薄暗い林道では、蒔かれたことに気づきにくい。
シナドは、感づいていた――これを考えたのは、まず間違いなく阿東藩の仙人、前田拓也だ。少なくとも、あのような履き物を用意できるのは、その男しか考えられない。
マキビシの蒔かれた範囲を超えて追撃してきた奥宇奈谷の若者の槍を、シナドが手甲で弾き飛ばし、さらに太刀を居合い切りの要領で引き抜いた。
若者は、すんでのところで立ち止まり、その居合い切りから逃れた。そして眼前の男が、なんともいえぬ不気味な笑みを浮かべていることに戦慄し、思わず後方に飛び退いた。





