拓也の回想 その7 ~大混乱~
睦月は、村内の小さな寺へと運ばれた。
狩人衆の残りのメンバーも、心配して集まってきていた。
ここも山賊に襲撃はされていたが、お布施と賽銭が盗まれたぐらいで、ケガ人や、本尊などの仏像、建物に被害は出ていなかった。
住職は、
「小さなボロ寺だったのがかえって幸いした」
と話していたのだが……それはともかく、ここは比較的多人数が雑魚寝できるので、狩人衆と役人たちが仮眠をとる場所として利用することになっていた。
俺が持ち込んでいた救急箱の中に、包帯とテープ、湿布が入っている。
睦月の左足を確認したところ、かなり腫れてはいたが、動かせる状態だったので、骨折までは至っていないのではないか、と推測した。
もっとも、レントゲンなどないこの時代、そこまで確信を持って言うことはできない。
レントゲン写真見たって、俺では分からないのだが……。
とにかく、湿布を貼って、スマホにインストールしている「おうちの医学」を見ながら足首にテーピングを施していく。
かなりガチガチに固定したのだが、これでずいぶん楽になったと、睦月は驚いていた。
湿布のひんやりした感触も気持ちが良いものだと、感心している。
如月たちもその様子を見ていて、最初は泣きそうな表情だったが、睦月の表情が緩んでくるにしたがって、大分安心しているようだった。
ただ、彼のケガはそれだけではなかった。
かなり急勾配の崖から転げ落ちたと言うことで、あちこちに打ち身や擦り傷を負っていた。
元々、彼の体は古傷がいっぱいあったのだが、さらに増えた印象だ。
ただ、出血はすでに止まっている。
感染症を心配するほどの深い傷はなさそうなので、傷口を水で綺麗に洗って、上から大きめの絆創膏 (湿潤療法タイプのもの)を貼り付けて様子を見ることにした。
まったくの素人手当だが、縫ったりしなければならないほどの傷がなくて良かった。
夜も遅かったし、睦月も命に関わるほどのケガではなかったので、如月達は護衛の狩人衆たちと元の民家に戻り、ゆっくり休むことにした。
俺は念のため、睦月の側で雑魚寝だった。
翌早朝。
睦月はよく眠れたようで、顔色がずいぶん良くなっていた。
狩人衆や如月達も、心配して様子を見に来て、元気そうな様子に安心していた。
ただ、顔色で言えば、睦月より如月と皐月の方が悪かった。
この二人は一度、世話になっている民家へと帰し、俺とクロウなどの狩人衆の一部、そして弥生が残って、睦月の身に何が起こったのかを聞いた。
睦月は、その重い口を開いた。
たった一人と思って強盗を追いかけて行ったが、それが罠だったこと。
最強の山賊である、シナドがそこにいたこと。
山賊たちは自分を侮り、シナドだけと戦うことになったが、一対一の戦いであっても分が悪いと思ったこと、さらには、如月達の身に危険が迫ることを恐れたため、包囲網を突破することを最優先に考えて、突撃すると見せかけて脱出を試みたこと。
しかしそれすらも読まれており、さらに罠が仕掛けられていてそれにはまり、崖下に転落してしまったこと……。
あの岩だらけの崖を転げ落ちて、この程度のケガで済んだことは幸いだったと、彼は語った。
また、シナドは、ハグレ(睦月)の妹、つまり如月と皐月がこの村の宿屋に泊まっていることを知っているようだった。だからこそ、睦月は二人の身が心配で、ケガをした左足を引きずりながら、なんとか戻ってきたという話だった。
「……あの二人について、私から相談したいことがあるのだけど……でも、出来れば私と睦月の二人だけで話したい……なので、ちょっといい?」
弥生が、彼の話の途中で割り込んできた。
「ああ……いや、もう一つ大事なことを思い出したんだ。そのことを伝えてからにしてくれ……クロウ、一つ気をつけないといけないことがある。ハッタリかもしれないが、シナドは、『奥宇奈谷と一戦交えることにした』と言っていた。山賊どもは、シナド以外は大した武術が使えないから大丈夫だとは思うが、隧道ができだから、あの村までたどり着きやすくなったことは確かだ。念のため警告しておいて欲しいんだ」
「なるほど、そういうことか。分かった……だが、どうするんだ? 如月と皐月があの様子では、俺たちで奥宇奈谷まで送り届けることはできないぞ?」
クロウが、弥生に懸念事項を伝えた。
彼女の表情が曇った。
「……あの様子、とは、どういうことだ? ……弥生、何を隠している?」
睦月は、ある程度人の心が読める。弥生が何かを秘密にしていると思ったのだろう。
「隠しているわけじゃないわ。さっき言ったでしょう、私と睦月の二人だけで話したいって。そのことなの」
「……そうか、やっぱり何かあったんだな……わかった、その話を聞くとしよう。それで、奥宇奈谷への警戒についてだが……」
「それは、俺が伝えに行く」
俺はそう名乗り出た。
「拓也殿が? ……そうか、仙術を使えば、我々じゃあ二日はかかるところが、あっという間に移動できるんだったな」
「ああ、もう山賊たちが奥宇奈谷に向かっているかもしれないんだろう? だったら、待ち伏せされているかもしれないし、今から少人数で連絡のために向かうのは危険だ。俺が、ここで起こったことと、みんな帰るのが少し遅くなるってこと、伝えに行くよ」
「……すまない、今はあんたの仙術が頼りだ。よろしく頼む」
こうして、俺は奥宇奈谷に時空間移動し、山賊団からの襲撃があったこと、攻め込んでくる可能性があることを告げた。
また、長老には、睦月がケガをしているが、命に別状はないこと、そして如月、皐月は無事だったが、心に傷を負ってしまっている状態であり、すぐには帰れないことを正直に伝えた。
しかしそれは、奥宇奈谷にとっては、かえって混乱を招くこととなってしまった。
実は、如月達が帰ってきたならば、次は自分たちが松丸藩に行ってみよう、と期待している若者が結構いたのだという。
それが、奥宇奈谷が戦に巻き込まれる可能性があると聞かされれば、当然そういう反応になってしまうだろう。
ただ、隧道自体は丈夫な鉄製の扉を入り口と出口につけるので、堅牢性は高い。
だから、いくらシナド率いる山賊団といえども、そう簡単に奥宇奈谷にたどり着けることはないと思うのだが……。
しかしこう聞かされた以上、奥宇奈谷の人たちは村外へ出ることができなくなっただけでなく、警戒状態をずっと続けなければならなくなった。
大混乱。
川上村、奥宇奈谷とも、今の状況を一言で表すなら、それが最も適した表現と言えるものだった。
そしてそれこそが、山賊団、およびシナドが望んでいた状態だったのだ。





