拓也の回想 その6 ~ボロボロの男~
松丸藩の役人たちは、かなり急いだようで、日は沈んでいたものの、真っ暗になる前にたどり着いてくれた。
武装した藩の役人が来てくれているというだけで、この地域の村人たちの安心感が全く異なるものになる。
最初、役人たちに山賊団と間違えられてトラブルになりかけた狩人衆だったが、俺の他に弥生たちが間に入ってくれて、ようやく信用され、一緒に警備してくれることになった。
そして役人たちは、その夜、村の東西南北それぞれの主要箇所にかがり火を焚き、二人ずつペアになって徹夜で見張りをしてくれるという。
これで合計八人、残りの二人は、やはり二人一組で村内を巡回するらしい。
それも徹夜でだ。
何か不審なものを見つけたならば、呼子を使って合図を送る、という段取りだった。
彼らも、たった半日でこの川上村まで急いで来て疲れているはずなのに、それだけの警備をしてくれる。
また、まだ終わっていない年貢の徴収に対しても、藩として配慮してくれるという。
住民たちは松丸藩に対する信頼感を上げたことだろう。彼らに相当、感謝し、お礼を言っていた。
また、その役人たちが、
「我々がここに来るよう藩の上層部に掛け合ったのは前田拓也殿だ」
と俺の名前を口にしたようで……なぜか俺まで、かなりのお礼の言葉をかけられてしまった。
ちなみに、この頃になってもまだ、弥生、如月、皐月の三人は、農家の建物から一歩も出てきていない。
気にはなっていたが、ここに住む女性の話では、時々目を覚まして涙を流してはいるが、食事も摂れて、眠れてもいるようではあるので大丈夫みたい、ということだった。
俺も念のため、この日は現代に帰らず、一軒の農家に泊まらせてもらうことにした。
比較的若い夫婦で、小さな子供もいた。舞と同じぐらいの年頃の女の子だ。
夫婦は、
「この子が山賊たちにさらわれなくて良かった」
というような話をしていたが、本当にそう思う。
もし、俺の娘である舞がさらわれたならば、俺は正気ではいられないだろう。
なお、如月達が泊まっている農家の前では、引き続き狩人衆が護衛してくれることになっている。
これだけ万全の体制になっていたならば、まず何も起きないだろう……そう思って寝ていたところ、夜更け過ぎに、呼子が鳴った。
俺も驚いて起きて、一応装備を調えて、その方向に走った。
村の西方に、七つの提灯が集っていた。
東、南、北の番人を一人残して、後の全員が集合していたのだ。
よく鍛えられている藩士たちだと思った。
全員、槍を構えて一人の男を包囲している。
ボロボロの服をまとい、あちこちに傷を負っている。
片足はかなり痛めているようで、体重をかけられないようだ。
立っているのが精一杯の状態。どこから来たのかはわからないが、提灯も持たず、薄雲がかかる中、月明かりだけでよくこんな夜更けに歩いて来られたな、と感心するぐらいだ。
……どこかで見たことのある顔だな、と思った。
そして、やつれてはいるが、鋭い眼光、強い意志を感じることのできるそのまなざしを見て、それが誰なのかに気づいた。
「ハグレ! 無事だったか!」
俺が大きく声を上げて、近寄っていく。
「……た、拓也殿……如月と皐月は……」
「大丈夫だ! 弥生が守ってくれていた! その弥生も、大きなケガとかはしていない!」
「……そうか……」
それだけ言うと、彼は緊張の糸が切れたように崩れ落ち、そして気を失った。
俺は役人たちに、彼が奥宇奈谷の長老の息子であり、如月、皐月の実の兄であることを告げた。
すると、彼らの中にも、睦月が藩主と謁見した際に顔を見たことのある者がいたようで、ようやく警戒を解いた。
やつれて、汚れ、ボロボロになった服を着た彼が同一人物だとは、俺と同じく、すぐには気づかなかったようだ。
とりあえず、倒れた睦月の様子を確認する。
呼吸、脈拍共にしっかりしている。
出血していたようだが、それももう止まっている。
貧血が酷い、ということもない。
脱水症状のようでもない。
かなり疲労がたまっているようだったので、眠ってしまったのだろう、と俺は判断した。
呼子を聞いて、狩人衆の内の一人であるクロウもやってきたので、彼に睦月の様子を見せると、そのボロボロの姿に最初は声を上げて驚いた。
ただ、致命的な状態ではないという俺の見立てに、とりあえず安堵し、しかし油断は禁物だから、きちんと治療出来るところまで運ぼう、という話になった。
クロウは、
「俺が抱えて運ぶ」
と言ったのだが、
「……心配するな、歩ける」
と、いつのまにか意識を取り戻していた睦月は、自力で起き上がった。
「ハグレ、本当に大丈夫なのか?」
「当たり前だ……と言いたいところだが、左足を酷く捻ったようだ。すまないが、肩を貸してくれると助かる。如月達の様子を、早くこの目で見たいんだ」
「……わかった。そのぐらい何でもない」
クロウがそう言って、睦月に肩を貸し、そして歩き始めた。
とりあえず、山賊団ではなかった、ということで、東西南北の役人たちもそれぞれの持ち場に戻る。
巡回していた内の一人は、俺と同じく睦月、クロウと行動を共にし、もう一人は如月達が泊めてもらっている農家へと連絡に走った。
「……昨日の晩、この村の方角が赤く染まっているのを見たが……何があった?」
ゆっくり歩きながら、睦月がクロウにそう問いかける。
「おまえたちが泊まっていた旅籠が、『山黒爺』に燃やされた」
「なんだと!? それで、みんな無事だったのか?」
「ああ。さっきも拓也殿が言っただろう? 実際、俺たちも如月、皐月、弥生の無事は確認している。ただ、あの宿の主と女将が、ケガをしている。まあ、命に別状があるほどじゃあないが」
「……そうか……拓也殿が何かしてくれたのか?」
「いや……俺が来たのは、今日の朝早くだ。そのときには、もう襲撃はほとんど終わっていた。今回、機転を利かせて頑張ってくれたのは、弥生だ」
「……弥生、か。そうだな、あいつが一番しっかりしているからな……俺がこのザマだっていうのに……」
睦月が、自虐的に言った。
「いや、そうでもないさ……山賊の頭領……シナドっていうやつだったかな。そいつ、ケガをしてたっていう話だ。そんなに大きなケガじゃあなかったらしいが……あっさり撤退したのは、それがあったからなのかもしれない」
「……シナドが、ケガ? ……そうか、俺が振り回した剣鉈、かすっていたかもしれないな……なら、まるっきり無駄じゃあなかったか……」
と、彼がそう呟いたとき、
「睦月兄さんっ! 生きてた!」
「睦月、無事だったのね!」
「兄さん……よかった、本当に……心配したよ……」
と、皐月、弥生、如月が涙を流しながら、役人に付き添われて駆け寄ってきた。
「……心配かけたな……とりあえず、おまえたちが無事で良かったよ」
睦月は、ようやく笑顔を浮かべたのだった。





