拓也の回想 その4 ~天井裏~
弥生は、俺たちを案内してくれた。
そこは、小さな神社だった。
一応、拝殿は存在しているが、小屋と言ってもいいぐらいの大きさしかない。
弥生がそこの扉を開けるが、誰もいない。
神棚が祭られている手前のスペースは、一畳分ぐらいの空間があるだけだ。
その神棚も壊され、崩れていた。
俺たちが不審に思っていると、弥生は
「……二人とも、もう安心よ……前田拓也さんと、奥宇奈谷から狩人衆が五人も来てくれたから」
と、声をかけた。
すると、上方から、むせび泣くような声が二つ、聞こえてきた。
「……そうか、天井裏に隠れていたのか……二人とも、無事なのか?」
俺はそう声を上げてしまった。
「……はい……今から降りていきます……」
泣いているのでよく分からなかったが、多分如月の声だった。
そして弥生には、なぜかもう一度外に出るように言われた。
拝殿の裏側に回ると、そこは御神木から伸びる太い枝が、拝殿の屋根のすぐ脇まで伸びていた。
二人は、ここをたどって、うまく天井裏に入り込んだようだった。
事実、出てくるときはその逆の要領で、まず如月が、次に皐月が器用に枝を伝って降りてきた。
浴衣は枝や幹にこすれて汚れ、破れていたが、大きな怪我はないようだった。
「……二人とも、木登りが上手なんだな」
ショックを受けている二人の心をなだめようと、少しでも場の雰囲気が和むように冗談めかして言ったのだが、落ち込んだ表情の如月は真に受けて、
「はい、奥宇奈谷では男も女も、木登りが得意です。子供の頃、そのぐらいしか遊びがなかったですから……でも、それがこんな形で役に立つとは思いませんでした」
と真面目に答えられた。
「……そうね……この建物、小さいけど高さはあるから、肩車しても天井には届かない。神棚はそんなに丈夫じゃないし……あの男達、まさか二人が木登りして、枝を伝ってこの建物の天井裏に隠れている、なんて思わなかったみたいなんです」
「そうか……弥生の機転、だったんだな……」
俺がそう褒めると、如月、皐月の姉妹は、いとこである弥生に抱きついて、さらに泣き始めた。
「ごめんね、弥生姉さん……私、なにも出来なかった……ただ震えているだけだった……」
「私も……弥生姉さんがあんな目に遭っているのに、耳を塞いでじっとしてるしかできなかった……本当にごめんなさい……」
如月も皐月も、嗚咽をこらえるように、必死に謝っていた。
「……いいの。二人が無事だったなら、私は平気。ああいうの、慣れているから。これでわかったでしょう、私の仕事がどういうものなのか」
その弥生の言葉に、俺はぞっとした。
「……まさか、弥生、ここで……」
俺と同じことを考えたのか、狩人衆の一人がそう口に出してしまった。
すると彼女は悲しそうな表情をして、
「そう……二人が天井裏に隠れたのを見届けた後、私はお爺さんとお婆さんのことが気になって、戻ろうとした……ところが、この祠から何歩も離れないうちに、盗賊に捕まって、それでこの中に連れ込まれて……まあ、私はこの手の輩は下手に抵抗しない方がいいって知ってたから、言われるがままに、好きにさせた。すぐ上に隠れていた二人には、ちょっと刺激が強すぎたかもしれないけど……でも、約束通り、体を張ってでも守ったからね」
弥生が、気丈にも笑顔を浮かべながらそう口にした。
それを聞いた姉妹は、再び大泣きしながら弥生に抱きつき、「ありがとう」とか、「ごめんなさい」とか、いろんな言葉を投げかけていた。
如月と皐月の居場所も、盗賊に問い詰められても最後まで「知らない」で押し通したという。
そしてそのとき、天井裏でその様子の一部始終を聞いていた姉妹は、どんな心境だっただろうか……。
「……それで、睦月兄さんは……」
皐月が、泣きながら顔を上げて周囲を見渡す。
しかし、どこにも睦月の姿はない。
「……たった一人で盗賊を追いかけていったから、そのままずっと遠くまで追っていったのだったらいいんだけど……もし、待ち伏せされたり、下手に帰ってきて盗賊団と出くわしたのだったら、逃げていて欲しい……」
弥生が祈るように呟いた。
「……心配するな、ハグレ、つまり睦月は強い。俺たちの中でも抜きん出て強いんだ……たとえ盗賊十人に囲まれたとしても、あいつならなんとか切り抜ける」
狩人衆の中でも一際体の大きな、クロウという名の男がそう言って娘たちを慰める。
どうやら、彼は弥生も含めて、娘達と親しいようだ。
「……だといいけど……盗賊の頭も来ていたようなので……」
「頭、だと? どんな奴だ?」
「まだ若くて、体も大きくて、頬に傷があって……仲間からは『若』とか、シ……なんとか、って言われていたけれど……」
「……まさか、シナドかっ!」
狩人衆の間に緊張が走る。
「……そう、そんなふうな呼ばれ方だった」
弥生の答えを聞いて、狩人衆は一様に苦虫をかみつぶしたような表情だった。
「シナド……そいつは一体、なんなんだ?」
俺はクロウに確認した。
「……シナドは、『山黒爺』の分派の一つを束ねている、山賊団一の猛者だ。初代の頭の息子でもある。いくつも逸話があって、山賊団が別れるときのいざこざで、元仲間を何人も殺したっていう話だ。恐ろしく強いという噂だが……そいつは最初っからいたのか?」
クロウが弥生にそう聞いた。
「いいえ……大分時が経ってからだった……。私のことも、『おまえらが手をつけた娘など興味はない』って相手にされなかったし、『残りの二人はどこだ』って聞いてたから、たぶん、如月と皐月のこと、探してたと思うけど……その人も、ちょっと腕にケガしてて、本気で探す様子でもなかったみたい」
「……シナドが、ケガ? ……そんなことが……いや、ひょっとしてハグレとやり合ったか。あいつならシナドと勝負できるかもしれない。けど、だとしたら、帰ってきていないハグレは……」
……場が、重苦しい雰囲気に包まれた。
「……いや、あいつはああ見えて賢い男だ。自分が勝てないと思ったら、逃げることぐらいはする。もちろん、逃げては駄目な状況だったら死に物狂いで戦うだろうが、シナドがいた時点で、罠だと気づいたはずだ……」
「……でも、その首領っていうのがケガをしたのだったら、戦ったってことでしょう?」
「ああ、そうだ。それで手傷を負わせたから、その場を逃れたのかもしれないだろう……そのうちひょっこり帰ってくるかもしれない。それよりも、今は旅籠の老夫婦の方が気になる。如月、皐月、とりあえず俺たちと……」
クロウがそう言って手を差し伸べた時だった。
「ひっ……」
二人は、怯えたように後ずさった。
そして、ガタガタと震えていた。
「……怖い……みんな、怖い……」
二人の目は、全ての狩人衆を怯えた目で見ていた。
いや、彼らだけでなく、俺のことさえも――。





