如月の回想 その6 ~ 阿東藩見物 ~
「前田美海店」には、お昼の開店までに仕込みの準備などがあるということで、料理長のナツさんとその双子の妹、ユキさん、ハルさんが残りました。
また、優さんも別のお仕事があるということで、娘の舞ちゃんを一時的に女子寮に預けることになっているようでした。
舞ちゃんは、私と皐月の二人にすぐに懐いて、笑顔を振りまいてくれました……凄く可愛らしく、見ているだけで私たちも笑顔になりました。
「こんな可愛い娘さんと、綺麗なお嫁さんがいるのでしたら、拓也さんの『裏切りたくない』っていう気持ちもよく分かります」
私は納得して、拓也さんにそうお伝えしました。
そして、『女子寮』というものを見せていただいて、とても驚きました。
女の人ばかりを、何十人も大きな建物に集めているなんて……。
でも、決していかがわしいことなど一切無く、その仕事内容を後で見せていただけると言うことでした。
そして凜さんは、「前田妙薬店」という薬屋さんを任せられているということで、そこで別れることになりました。
それで結果的に、拓也さんだけに私たち姉妹を案内してもうことになりました。
ちょうどそこに、町中を見物していた兄も帰ってきたので、四人で鰻料理専門店「前田屋」さんへ連れて行ってもらいました。
まだ開店前でしたが、板前さんに「松丸藩から来たお客さんだから」と拓也さんがお願いして、特別に「うなどん」を作ってもらうことになりました、
焼き魚にタレをかけて、白いご飯の上に乗せている……それだけで贅沢な印象のお料理でしたが、なんとも言えない良い匂いにつられて、拓也さんに勧められるまま、一口食べてみました。
そのおいしさに、私たちきょうだい三人は、思わず顔を見合わせました。
「鰻が……こんなにおいしいなんて!」
鰻自体は奥宇奈谷でも捕れるので知っていましたが、焼いて食べてもここまで美味しくはならなかったのです。
かなり手間暇をかけて焼いているのは見えたのですが、実際のところ、どれだけお値段がするものなのか気になってしまいました。
しかし拓也さんは、
「俺がどんな仕事をしているか、調べるように言われたんだろう? だったら、これもその言いつけの一つにしたがっただけになる。旨かったって、松丸藩の偉い人とか周りの人に報告してもらえれば、この店の宣伝にもなるから、お金なんていらない。俺のおごりだよ」
と言ってくださいました。
私たちは、松丸藩でお世話になった東元安親様にしっかりお伝えする、とお話ししました。拓也さんは、それだけで満足そうに頷いていらっしゃいました。
すっかりお腹いっぱいになった私たちは、次に凛さんのお店を訪問しました。
「前田妙薬店」と看板を出してはいましたが、実際には薬だけで無く、生活に必要な便利な道具も売っているとのことでした。
ここはすでに開いていて、数人のお客さんが入っていました。
しばらく見ていましたが、入れ替わり立ち替わり、客足は絶えませんでした。
少しだけ人数が減ったところで、私たちも店内に入ってみました。
凜さんと、手伝っている店員さんが、忙しそうに接客をしていました。
彼女たちは私たちの姿を見ると、軽く笑顔で会釈して仕事を続けていました。
「……すごい品揃え……これ全部、お薬なんですか?」
私は、何段もの棚に積まれている商品を見て、唖然としてしまいました。
「いや、薬以外の商品もあるけどね。まあ、それらは説明が難しいのが多いんだけど……」
拓也さんも、数が多すぎて、とても全部は話せないようでした。
「私たちの村では、煎じ薬を作るための薬草なんかが数種類あるだけで、大抵の家で常備していて、無くなればみんなで分け合っていましたから……」
奥宇奈谷では、「薬屋」というものは存在しません。
それどころか、「お店」自体も、知識として知ってはいましたが、こんなに本格的なものは見たことがありませんでした。
大抵のものは、村の共有財産で、みんなで分け合って生活してきました。
「お金」というものも、村内ではほとんど使うことは無く、仕事や物を交換することで生活してきたのです。
松丸藩の城下町でも驚きましたが、この阿東藩は、それ以上の活気がありました。
そして次に連れて行っていただいたのが、「湯屋」でした。
奥宇奈谷でも、「温泉」はありました。
基本的には男女別で……拓也さんだけは、特別に一緒に入りましたが。
松丸藩では湯屋は混浴で戸惑いましたが、暗かったし、兄が守ってくれましたので、それほど怖くも恥ずかしくもありませんでした。
ここに来る前に、一旦女子寮に戻って、お梅さんという少し年上の女性の方と一緒に来て、いろいろと案内してくださいました。
そして湯屋の設備である「薬湯」や、「簡易しゃわー」というカラクリを見せていただき、相当驚かされました。
それに、体の汚れを落とす「せっけん」や、髪を洗う「しゃんぷー」という良い匂いがするものにもすごく感動しました。
体と髪を綺麗に洗って、お梅さんが用意してくださった綺麗な「浴衣」という着物を着て、湯屋の休憩所に行くと、拓也さんと兄が、私と皐月を驚きのまなざしで見てきました。
皐月のことは、顔も髪もすごく綺麗になっていたので分かったのですが、自分のことはよく分かりません。
でも、その休憩所にあった、全身が映る大きな鏡の、その映りの良さに驚きました。
そして、自分自身の姿が、別人かと思うぐらいに綺麗になっていることに、もう一度驚いたのでした。





