如月の回想 その2 ~ 迷い ~
女性がいろんなの男性と一夜を共にし、それで報酬を得る。
弥生姉さんがしているその仕事が、はたして堂々と胸を張って言えることなのかどうか……。
「……そういうことか……」
拓也さんは、何か少し考え込んでいるようでした。
「……弥生は、今の仕事が、決して隠すようなものでもないと思っているんだ。あえて積極的に話す事ではないが、隠すことでもない。奥宇奈谷に広まったなら、それはそれで構わない。むしろ、価値があることだと思っているのかもしれない」
それを聞いて、私は小さく頷きました。
「はい……弥生姉さんも、そう言っていました。男の人が女性と一晩、お金を払ってでも共に過ごすというのは、それだけの価値があることなんだって。殿方にひとときの幸福と安らぎを与える仕事だって……あの宿屋では、本当にどうしても嫌な相手であれば、拒否することもできるって。けれど、奥宇奈谷のしきたりでは、女性は相手を選ぶこともできず、拒否することもできず、ただ親族の言うままに、報酬なんかないままに、男性のお相手をしなければならない……もちろん、全ての女性がそうではないのですが、少なくとも私や皐月はそういう立場なんだって……弥生姉さんもそうで、それが嫌で村を飛び出したらしいんですけど……ある意味、意地だって言ってました。奥宇奈谷の女の子の方が、ずっとひどい扱いを受けているってこと、示したいとも言っていました」
「……意地、か……なるほどな。それだったら分かる気もする……ただ、奥宇奈谷の大人達は、弥生のことは隠そうとしているんじゃないかな。今のしきたりが、余所ではお金を稼ぐ手段になる……そんなふうに女性達の間に広まってしまうと、村を出ようと考える者が続出するかもしれない」
「いえ……それはないと思います。だって……弥生姉さん、現状は決して幸せとは言えない、って言ってましたから……」
「……幸せではない?」
「はい……なんの当てもなく村を出たところで、真っ当な仕事に就けたり、幸せな婚姻ができたりするわけではない……今の自分が、しきたりに背いて村を出た結果だから、とも。だから……村を飛び出しても、自分と同じようになるだけだから、よく考えた方がいいよって。それを示す意味もあるよ、とも言ってました」
「……そうか……複雑なんだな……弥生も、村のしきたりを批難しつつも、心のどこかで、それが全部間違っているとは考え切れていないのかもしれないな……」
拓也さんは、また難しい表情で考え込んでしまいました。
縁もゆかりもない私たちのことなのに、拓也さんはいつも、こんなふうに優しく、真剣に接してくださいました。
「確かに、弥生がやっていることと、奥宇奈谷のしきたりは似たところがあるのかもしれない。ただ、一つ違いがあるとすれば、子を宿し、産んだなら、その子は村全体で大切に育ててもらえるということと、二十五歳をすぎたならば、村の好きな男性と結婚し、家庭を持つことができる、ということかな……でも、弥生はもし身籠もったとして、その子をどうやって育てていくのか算段がついていないかもしれない」
「いえ……弥生姉さんは、そうなったら自分一人でも育てる、って言っていました。今の宿屋の旦那さんと女将さんは子供がいなくて、如月の事を娘のように思ってくれていて……ゆくゆくは宿を譲ってくれるっていう話でしたから……」
私がそう言うと、拓也さんはますます困ったような表情になりました。
そして、
(弥生、騙されているって事はないだろうか……)
と心配もしてくださっているのも分かりました。
でも、私も宿屋の老夫婦二人が嘘を言っていないことは、直感として分かっていました。
「あのお二人、子宝に恵まれなくて、もう自分たちの代で宿屋は終わりだって考えていたらしくて……収入も、決して多くなくて。そんなとき、お二人にとっては弥生姉さんっていう若い娘が突然来てくれて、それで、その……そういう仕事までして稼いでくれることになって。姉さんとしても、寝泊まりさせてくれるだけでも良かったのに、お給金までもらえるようになったって喜んでいました。今では、実の親子のように仲良くなって……さっきも言ったように、幸せだとは言い切れないけれども、不幸せって訳でもないって言っていました」
「……なるほどな……縁って言うのは、不思議なものだな。そういうふうに聞いていると、確かに弥生は不幸ってわけじゃない。むしろ、今の生活にある程度、満足……いや、満足ではないけど、割り切って、そして慎ましやかに、笑顔で生活している……それはそれでいいのかもしれないな。それでいうなら、君たちのしきたりも……村外から来た男性を相手にして、子供ができたとして、村全体で大事に育てるし、ある一定の年になれば、村内の好きな相手と結婚することができる……それも生き方として、決して悪いものじゃないと思う……でも、それを言い出すと……」
「……はい……私も正直、分からなくなってきました。奥宇奈谷に残る方がいいのか、それとも村を出た方がいいのか……」
私は、正直な気持ちを打ち明けました。
密かに憧れていた奥宇奈谷の外で生きる道……それが急に怖くなってきたのです。
でも、それも最後には自分で決めること……その答えに至っただけで十分だったのです。
その後、まさかあんな大きな騒動に、私や皐月、弥生姉さん、睦月兄さん……そしてすべての奥宇奈谷の人が巻き込まれてしまうなど、考えてもいませんでした。





