睦月の回想 その6 ~兄妹三人の意思~
奥宇奈谷の代表として、藩の上層部にお礼を述べに行く……その重責を、妹だけに追わせるわけには行かない。
むしろ、本当ならば俺が一人で行かなければならないところだ。
しかし、そうはできない事情がある。
「……兄さんが一緒に旅してくれるなら、これ以上心強いことはないです。でも……いいことばかりではないんですよね? それに、逆に言えば兄さんが行くのなら、ひょっとしたら私の出る幕はないのかもしれない……」
「いや……俺は狩人集として里の外をうろうろしていた身だ。山黒爺とのいざこざもあって、実のところ役人に目をつけられているかもしれない存在でもあるんだ。引っ捕らえられるほどの悪さはしていないつもりだが、今後もそうであるとは限らない。それに、俺は村を出ることを考えていた……いや、今でもそのつもりだ。だから、おまえの方がいい」
「そんな……でも、私だって、村を出るかもしれないって……」
如月が、不安げにそう答える。
俺は、前田拓也にも問うた。
「……仙人殿はどう思う?」
「二人で……いや、皐月を加えた三人で挨拶すればいいじゃないか」
「……三人で?」
如月が、意外そうな反応を示す。俺もそう思った。
「だって、お礼を言うのが一人でないといけない、なんて決まり無いんだろう? だったら、皆で挨拶すればいいじゃないか。奥宇奈谷にはこんな勇ましく凜々しい青年がいる、こんな美しく素直な娘がいる。兄、妹の三人が力を合わせて、村の代表である長老を支えている。それで今回の崖崩れによる孤立を、一年半以上も凌ぎきった。今後も伝統を引き継ぎ、村を守っていく……そんな姿勢を見せたなら、藩主様やその臣下の人たちも安心するんじゃないかな。村を出て行くつもりだとか、そんな余計なことは言わなければいい。礼儀作法が心配とか、そういう話なら、松丸藩にそういうの詳しい知り合いがいるから教えてもらえるよう話するよ」
確かに、彼の言葉には一理あった。
「……なるほどな。たしか、あんたは元々藩のお偉いさんに言われてこの村を救うために来てくれたんだったな……そのあんたが言うんだったら、それが正しいんだろう。たしかに余計なことは言わなければいいだけの話だしな」
「そうですね……えっと、拓也さんもその、偉い方との話の場には出ていただけるんですか?」
「いや、そもそも俺への依頼っていうのは、非公式なものだったんだ。まあ、その人が藩の重鎮であるっていうのは間違いないんだけど。一番の問題は、俺が本当は阿東藩の人間っていうことなんだ。よその藩の者よりは、自分の藩の者が苦難を解決したっていうようにした方がいいから」
「……そうか、確かにあんたは、阿東藩の仙人様だったな」
「その、仙人っていうのはやめてくれ。別に何年も修行して超人的な仙術が使えるようになったっていうわけじゃなくて……そうだな、本物の仙人から、時代を行き来できる貴重な道具を貸してもらった、ぐらいのものでしかないんだ」
彼はそう謙遜した……いや、本心でそう思っているのだろう。実際のところ、良くも悪くも、仙人として偉そうにすることもなければ、特に凄そうにも見えない、ちょっと変わったカラクリを使う飄々とした男にぐらいしか見えない。
まあ……行動力と意志の強さは認めるが。
「そうなのか? ……まあ、どっちでもいい。実際に仙術が使えるんだ……けど、あんたがそう呼ばれるのが嫌なんだったら、拓也殿、と呼ぶようにするさ」
「……殿、もいらないけどな……」
「そういうわけにもいかない。あんたは村を救ってくれた人には間違いない。俺の仲間にもしめしがつかない……あと、俺のことはハグレ、でいい。それが通り名だし、仲間も俺のことをそう呼んでいる」
「……わかったよ。じゃあ、ハグレ。如月や皐月と一緒にお偉いさんに挨拶する役目、まかせて大丈夫だな?」
「……気が進まないが、この二人の妹だけに任せるのも不安だ。それに、松丸藩の武士になる、という夢もある。その近道になるかもしれない。俺も参加する。ただ、さっき言っていた、礼儀作法とやらは教えて欲しい」
そんな話をしていると、ちょうどその場に、刀鍛冶の南雲さんと妹の皐月に手を引かれた俺の爺……つまり、長老が歩いてきた。
それに驚いたのは如月だ。
「お爺さん……足が悪いのに、どうして……」
「いやいや、今日は奥宇奈谷が崖崩れから解放されためでたき日。こんな時に閉じこもっていたのではバチが当たる……実際、神仏の施しか、やけに足の具合が良いんですじゃ。そう思って、皐月に頼んで手を引いてもらい、宴に参加してもると、その場から仙人様と睦月、如月がいなくなったというではないか。それを聞いて、何か孫達に重大な転機が訪れるような気がしましてのう」
「さすがだな、爺。まだまだカンは衰えちゃいないか……皐月も連れてきてくれるとは、好都合だ。さっきの話、まとめてしてしまおう……南雲さんも相談に乗って欲しいんだ」
そして俺と如月が、今まで前田拓也と話していた内容を、全て打ち明けた。
爺は、孫娘二人が、村の外を見てみたいということは事前に知っていたようだが、そこに俺も加わると言うことで、それには顔をほころばせていた。
十四歳(※満年齢では十三歳)の皐月は、最初は不安そうだったが、最後には
「……うん、分かった。私も一緒に行く!」
と同意した。
これで兄妹の三人が、松丸藩の城下町まで赴くことが決定した。
実際には、このほかにあと数人、護衛もかねて同行する者がいるという話だが、それは隧道がきちんと整備されるまでの期間に決めることとなった。
そしてその後、俺は前田拓也に、二人だけで話がしたいと言い、少し……いや、かなり離れた場所まで連れて行った。





