第309話 神様の所業
「今話した睦月だが……あやつは、たまに村にやってくる商人から、村外の話を聞いていた。『しきたり』や結婚観の違い、米を毎日食べているということ、賑やかな城下町、美しい振袖で着飾った若い娘達……それらに目を輝かせ、そして自分も奥宇奈谷を出て、町に住みたいと言い始めた」
なるほど……それは理解できる。
「しかし、何の伝もなくいきなり町に出たところで、まともな生活ができるとは思えぬ。当然、周囲は止めた。するとあやつは、もっと突拍子もないことを言い始めた……『松丸藩の武士になりたい』とな……」
それは無茶だ。
この天下太平の時代、単なる村人がいきなり武士になんか、なれるわけがない。
「まだあやつがあどけない頃は、大人達が説き伏せて終わっていた。さすがに商人も、それは無理だ、と諭したしな」
「そうでしょうね……俺もその通りだと思います」
「ああ。本来ならば、それであやつも諦めて、終わっていた話だったのだ……ところが、不幸にして、この村から少し川を下ったあたりに、山賊が現れるようになった」
「山賊……ええ、それは聞いたことがあります」
「そうか……まだのさばっているのだな。以前は単なるゴロツキの集団だったものが、次第に武装し、組織化して、農村や行商人を襲撃するようになった。それで、商人がこの村に来る頻度が激減した……それを知った睦月は、仲間と共に、山賊討伐を名目に、村外へと打って出るようになった。もともとこの集落では、男は伝統的に武術の修行を行っていたし、武器も、奥宇奈谷刀をはじめとして、それなりに揃っていた……狩りのために村外に出ることはたまにあったのだが、それが人、それも武装した山賊ということで、心配する声はかなりあったが、実際に訪れる商人の減少という間接的な被害も出ていたので、あやつらの行動を止めようとする者は少なかった」
「なるほど……血気盛んな若者達、というところですかね」
「そうだな。それに、松丸藩から山賊達に対して、討伐の懸賞金も出ていたという話であるしな。あやつらからすれば、それこそ討伐して手柄を立てれば、正式な武士として迎えくれるかもしれない、と考えてもいたのだろう」
「そういうことですか……うん、まあ、それならその考えも分からなくはない……ただ、それを成し遂げても、正式な侍にはなかなかなれないと思いますが」
「そうだろうな……しかし、それこそ血気盛んな若者達のことだ。実際に山賊達の一部と抗戦し、双方に負傷者が出た。これに怒り狂ったのが、山賊達だ。この地方一帯を支配する盗賊集団『山黒爺』の本体までもが、この奥宇奈谷に攻めてくるという噂が入ってきた。『山黒爺』は総勢三百人を超えると恐れられている大盗賊集団だ。そんなやつらが一気にこの奥宇奈谷に襲いかかってくれば、常日頃から武の鍛錬を行ってきた我々とて苦戦は必至。何より、当時は武具が足りなかった」
ここまで聞いて、南雲さんがなぜこの話を持ち出してきたのか理解できだ。
「……なるほど、あんなにたくさんの刀や槍を作成したのは、そういう事情があったんですね」
「そうだ。如何に優れた刀剣を作成しても、戦となって打ち合えば折れる。何百人もが攻めてきたならば、かずら橋を落としたとしても、おまえが登ってきたという崖はともかく、川沿いの急斜面ぐらいならば這い上がってくる者もいるかもしれぬ。そのための備えだったのだ。それゆえ、質を落としてでも数をそろえる必要があった」
「そうだったんですね……ところが、そんな危機的状況のときに、あの崖崩れが起こってしまった訳ですね」
「その通りだ……それも、睦月らが村外へ出ているときに起きたのだ。しかし、これはある意味、幸運でもあった。こちらから出ることができぬ代わりに、山賊達も攻めてくることができない。武器を揃える時間的猶予ができる。睦月達が帰ってこられぬのは心配ではあったが、逆にそれを安堵する者もいた。『やっかいな乱暴者がいなくなった、これはこの里を守ろうとした神様の所業だ』と陰口を叩く者もいた……まあ、それでも予想以上に崖崩れの復旧が進まず、生活に支障をきたすようになってきていたので、皆かなり焦り始めていたのだがな……俺が伝えたかったのは、そんなところだ」
南雲さんは、そう締めくくって話を終わらせた。
俺が考えていたよりも、山賊達の影響というのはこの村にとって、凄く大きなものだったのだなと、実感させられた。





