第296話 絶世の美少女
『狩人衆』と称する者達と別れた俺は、ポチを連れてそのまま細い道を進んでいく。
そもそも、本当に狩人であったならば、向こうも犬を連れていそうなものだが、そうではなかったということは、実は狩人ではなかったか、あるいはこっちに気づかれないように接近するつもりだったという事だ。
だからといって、さっきの連中が本当に盗賊じゃなかったかどうかは分からない。
本当にただの狩人で、不審な俺の様子を見に来ただけかもしれない。
しかし、親切に、樵達と本物の盗賊団がグルだと教えてくれたのはなぜだったのか……。
いろいろと不可解な点はあったが、ラプターを使用して緊急脱出することもなかったので、時間のロスもなくそのまま順調に旅を続けられる。
……と思ったら、そこからさらに道は狭くなり、ほとんど獣道と変わらないぐらいになってしまった。
本当にこれで合っているのか、と何度も思ったが、目印の山頂部は近づいてきているし、少なくとも方角は合っているようだった。
やがて木々の生い茂る山中を抜けて、峠道……っていうか、崖の中腹っていう方がいいような酷い道にたどり着いた。
右手側は、ずっと上まで続く断崖絶壁。
左手側も、高さ百メートルはあろうかという、谷川に続く断崖絶壁。
そのわずかな段差というか、平らに削り出された幅一メートル弱でずっと向こうまで続く出っ張りが、奥宇奈谷までつながる唯一のルートのようだった。
正直、こんなのアニメでしか見たことがない。
足を踏み外しただけで落下、死亡するようなシチュエーションに、少し足が震えながらも進んでいく。
もちろん、こんなことができるのも、ラプターの落下検知による安全装置が働くことを知っているからだが……それでも、怖いものは怖い。
さらに、この道はまっすぐではなく、山なりにカーブしていて二十メートル以上先は見えないような状況だったので、なおさらやっかいだった。
眼下に広がる光景に怯えながら歩みを進めると、その場所にたどり着いた。
「……これは酷い……」
大規模な崖崩れによって、その段差のような細い道は、ある地点から完全に崩壊していた。
その崩落の規模は、どこまで続いているのか見通せないほどだ。
もちろん、ポチも進むことができない。
そこで、俺は手のひらに載るサイズの小型ドローンを取り出し、タブレット端末でそのドローンからの映像を確認しながら操作した。
小さいながらも、三キロ以上も電波が届く優れもの。
鮮明な画像を映し出してくれるそれは、その崖崩れの規模が三百メートル以上も続いているという、絶望的な状況を把握させてくれた。
これは俺が現代の技術をもってしてもどうしようもないと、絶望させられるものだった。
とはいえ、このミッションには奥宇奈谷の人たちの命がかかっている。
簡単に諦めてはならないと、さらに状況を把握するために、小型ドローンをさらに上空高く舞い上がらせた。
おそらく、標高千メートルは超えたであろうところまで飛ばして、ようやくこの崖の上へと出たようだった。
するとそこは、台地のような地形で、結構広い空間が広がっているようだ。
背の高い木々が生い茂っており、また、起伏も大きいようであるため、全体を把握することはできないが、民家のようなものが数軒見える。
どうやら、この崖のすぐ上は、集落……おそらく、奥宇奈谷地区の一部となっているようだった。
とはいえ、数百メートルの断崖絶壁を、何の道具も使わずに登っていくのは現実的ではない。
そこで俺は、一旦ドローンを回収し、この場所をラプターに地点登録して、この日は現代に戻った。
翌早朝。
前日に地点登録した場所に舞い戻った俺は、再びドローンを操作して、現代から持ち込んだ丈夫で長いロープを、崖上の大きな木の幹にかけて、そのまま先端を俺の元に運んだ。
その先の開閉ロック付きフックを元のロープにかけて、それを引っ張っていけば、決して外れることのない丈夫な命綱のできあがりだ。
さらにそれを、俺の胴体に取り付けたバッテリー式の自動巻き上げ機に接続して、ゆっくりと引っ張り上げていく。
上方側は大木によって固定されているので、巻き上げられるのは俺自身だ。
足下に何にもない恐怖に耐えながら、俺はごくゆっくりと、上空へと体を持ち上げられていった。
巻き上げられること、三十分。
ようやく、崖上の台地にたどり着いた。
正直、冷や汗が止まらない状況で、なんとかここまでたどり着けたことに安堵し、早速ラプターに地点登録した……まるでアクションRPGのセーブ感覚だ。
しばしの休憩の後、鬱蒼と茂る木々の間を奥へ進むと、すぐに長い木製の柵が設置されているのが見えた……多分、
「ここから先は崖だから進むな」
という事を示しているのだろう。
それを乗り越えてさらに五分ほど進むと、ようやく林を抜けて、やや開けた空間……何かの畑の前にたどり着いた。
その脇には、名前は分からないが、きれいな花が並んで咲いていて、朝露が太陽に照らされキラキラと輝き、幻想的な雰囲気に包まれていた。
「えっ!」
突然、そんな声が聞こえて、咄嗟にその方向を見た。
すると、そこに立っていたのは、小さな籠を背負い、地味な農家の作業着を着た、肩口ぐらいまで髪を伸ばした一人の少女だった。
現代で言えば、中学生ぐらいだろうか。
痩せてはいるが、可愛らしい感じだ。
彼女は、驚いたように両手を口に当てて、俺のことを見つめていた。
「あ、あの、こんにちは……ここって、奥宇奈谷かな?」
いきなりだったので俺も驚いたが、なるべくフレンドリーに笑顔で話しかけた。
しかし、その少女は、怯えたようにその場を逃げ出してしまった。
うーん、ちょっと失敗だったかな……。
とりあえず、第一村人? に出会ったその場所をさらにラプターに地点登録をして、デジカメで周囲の様子を撮影、そして畑に育てられている作物の種類を、図鑑アプリがインストールされたタブレットで調べようとしたときに、さっきの少女が帰ってきた……もう一人、女性を連れて。
そして彼女も、俺の姿を見て驚いていたが、
「ほら、姉ちゃん……私が言ったとおりでしょう? ここが奥宇奈谷かって聞いてたよ」
という、妹らしき少女の言葉を聞き、俺の方へ向き直り、にっこりと微笑んで、
「ようこそ、奥宇奈谷へ」
と挨拶してくれた。
現代で言えば、女子高生ぐらいの年齢。
服装こそ農民のそれだが、腰まで伸びる長い黒髪に、大きな瞳。
妹と同様、少し痩せているが、しかしその分、胸の大きさなど、女性らしい体つきであることが一目で分かる……一言で言えば、三、四年前の優に匹敵する、絶世の美少女。
これが、伝統としきたりに翻弄され続けた彼女、『如月』との出会いだった――。





