第277話 「もう何度も見られたし、今更だ」
その後、約三十分かけて、俺達は元の港に無事辿り着いた。
空は大分明るくなってきており、俺達の姿は船倉で心配そうに帰りを待っていた海留さん、徹さん、登さん、それに俺の嫁達に、すぐに見つけてもらえた。
薰と俺が無事に帰ってきたこと、そして彼女が笑顔だったことに、全員一様に安堵した表情で、そして大いに盛り上がった。
最初に声をかけたのは、やはり海留さんだった。
「拓也殿、貴殿は本当に、なんという若者なのだ……有言実行とはまさにこのことか。俺の娘のために単身敵地に乗り込み、ケガ一つなく助け出して頂けるとは……」
俺を見る目が尊敬を含んだそれになっているように思えた。
「いやあ、運が良かっただけですよ。彼女の日頃の行いが良かったんでしょう。仙術を使ってこっそり忍び込んだすぐその場に、薰はたった一人、寝かされていました。おかげでこっそり助け出し、一緒に脱出することに成功し、そのあとの追っ手も、三郎さんが駆けつけてくれたことで引き離すことに成功したのです」
かいつまんで、相当幸運な救出劇だったことを説明した。
「……なるほど、運、か……三郎殿にも、大変世話になった。この恩は生涯忘れぬ……薰も、よく頑張った。よくぞ無事に帰ってきてくれた」
心なしか、海留さんの厳つい顔にも、涙が浮かんでいるように見えた。
「はい、あの……拓也さんと三郎さんのおかげで……本当に危ないところを助けてもらいました。もう半刻逃げ出すのが遅くなっていたら、無傷では帰られなかったです……でも、笑って言えます、無事、助け出して頂けました、と……」
彼女はそう言って笑顔を見せた。
その様子に一同、安堵する。
「さすがは拓也殿、今回もお手柄でしたな。いささか心配はしましたが、拓也殿ならばこの結果になると信じておりましたぞ!」
満足げに頷く源ノ助さん。
「拓也殿、怪我の一つもしていないということは……今回はそれほど無茶をせず済んだのか?」
と、軽口の割には相当安堵した表情のナツ。
いつもの彼女なので、それはそれで嬉しい。
「まあ、拓也さんはともかく、薰がとっても心配でしたから……でも、笑顔でいるっていうことは、大丈夫だったっていうこと? それとも、無理をしているだけ?」
凜は俺の事よりも、かなり心配そうに薰に駆け寄って手を握った。
「……はい、縛られて転がされていましたが、酷い目に遭う前に拓也さんに助けてもらいましたから……」
少し困惑しながらも、薰は俺の事を立ててくれる。
「……本当、良かった……私達も、心配でじっとしていられなかったから……」
優は涙ぐんでいる。
時空間移動能力を持つ彼女は、いざというときは自分も俺に同行して薰を助け出すつもりだったのかもしれない……まあ、さすがにそれは俺が許可しないが。
ユキとハルの双子は、薰を気遣って、
「あっちに、すぐに横になれるようにお布団敷いているけど、どうする?」
「おなか空いているのなら、おかゆとかありますよ。あと、おいしい水も。それとも、お風呂に入る?」
と尋ねた。
「えっと……それは凄く助かります。でも、海に浸かっていたから、ちょっと体を洗えたら嬉しいです……」
それは、布団を汚すまいと考えた薰なりの気遣いだったかもしれない。
そんなの、気にしなくても良いのにと思ったのだが、涼が
「やっぱり、女の子だから、体を洗っておきたいのかもしれないですね……本当は男の人に、酷い目に遭わされていたかもしれないし……」
と、ぼそりと呟いた。
薰本人は否定していたが、縄で縛られ、寝かされていたのは事実だ。
性的な意味で手を出されてはいなかったとしても、踏まれたり蹴られたり、ツバをかけられたりといったことはされていたかもしれない。
まあ、そのあと全裸で海の中を泳いで来たのだが、それも含めて、体や髪をある程度清潔にしておきたいと思ったのだろう。
っていうか、俺も思っている。
徹夜の救出劇で、何度も危機的状況に陥ったので疲れ切っており、すぐにでも横になりたい気分だったが、せめてシャワーぐらい浴びないと体がベトベトで気持ち悪い。
とはいえ、この時間帯は『前田湯屋』は湯を沸かしておらず、女子寮に薰を運び込んで(当然、それなりの騒ぎになる)、みんなを起こしたくない。
そこで、剣術道場のシャワーを借りて、すぐに広間で横になる事にした。
彼女も、この日だけはそこで仮眠を取る。
まあ、実の父親の海留さんや、親戚である登さんや徹さんも同じ広間にいるのだ、男だけに囲まれているとはいっても不安はないだろう。
とりあえず、先にシャワーを浴びることになったのは薰だ。
その間、俺は海留さん達に、救出劇の詳細を話した。
特に、水の中で長時間呼吸ができる仙界の道具にはとても興味を持っていたが、これを使いこなすには訓練が必要な事や、命の危険が伴うことを説明し、迂闊にいくつも持ち込むことはできないと言うと、とても残念がっていた。
また、帆や櫓を必要とせず、高速で移動できる『船外機』についても聞かれたが、こちらも
「自由に、大量に持ち込むことはできないです。それを動かすための『燃料』も、俺しか持ち込みできませんし……」
と、否定的な意見を述べる。
便利な道具であることは確かなのだが、メンテナンスも含めて、運用が難しいのだ。
その回答にも、やはり残念そうだった。
彼等の究極の目標……海賊の完全壊滅のためには、特に船外機は小型の船に取り付けて敵を攻撃するのに有効だと考えたようだった。
……と、ここで登さんが、あることに気付いた。
「……薰、遅いのう……ちょっと体を洗うだけだと言っておったのに……」
女の子だから、髪を丁寧に洗っていたのかもしれないが、それにしても確かに遅い。
気になって、シャワー室の外から声をかけたのだが、返事がない。
俺は慌てて扉を開けた。
すると彼女は、シャワーを浴び続けたまま座り込み、体を壁に横たえていた。
意識が無いように見える。
「か、薰、大丈夫か? しっかりしろっ!」
当然、彼女は全裸だったのだが、そんなことを気にしている場合ではない。
俺はシャワーヘッドを横に向け、彼女の体を抱きかかえるようにして、少し揺すってみた。
すると薰は目を開けて、少しきょとんとしたあと、がばっと体を起こした。
「あっ……ご、ごめんなさい、寝てた……えっと……体は洗ったので、もう出ますっ!」
と真っ赤になっていた。
やはり、彼女も疲れ切っていたようで……ただ寝ていただけということに、ほっとした。
そして俺は彼女に、すぐ近くにあったバスタオルを手渡し、自分自身ずぶ濡れになりながら外に出た。
心配して見に来た三人に、俺は
「ただ寝てただけみたいだから、大丈夫です」
と説明した。
その直後、彼女がバスタオルを巻いて出て来たのを見て、特に海留さんが
「薰、驚かすな……まあいい、着替えてゆっくり休め」
と、安堵した様子で話した。
そしてその後、俺がシャワーを浴びたのだが……その間、薰は、俺に裸を見られて平気だったのかと冗談っぽく登さん達に聞かれたのに対し、
「もう何度も見られたし、今更だ」
と答えて、彼等の笑いを誘っていたということだった。
その後、俺も薰も、極限まで疲れていたこともあって、ぐっすりと昼前まで眠った。
そして目を覚まし、食事を取った後、三郎さんや源ノ助さんも交えて、ある緊急会議を行った。
これほどの大事件があったならば、避けては通れない道。
『蛇竜海賊団壊滅作戦』だった――。





