第269話 裏をかく
海賊船団に阻まれ、一旦引き返す途中であっても、俺はずっと薰を救出するための算段を考え続けていた。
船外機の操縦を三郎さんに代わってもらい、まずは今の時刻を確認する。
丑三つ時、現在の時刻で言えば、午前二時を過ぎている。
ラプターが再び使えるようになるまでは、あと一時間と少しだ。
足羽島も、ラプターの地点登録をしていたならば一瞬で辿りつけるのだが、あいにく周辺の小島も含めて、耕作できるような土地がほとんど無いため、この時代、そして現代に至るまで無人島だ。俺はそこに行く価値すらも見ておらず、立ち入ったことはなかった。
とすれば、なんとかしてこっそりと辿り着き、ラプターでポイント登録し、そこを足がかりとして薰を見つけるために捜索範囲を広げていくしかない。
それも希望的観測で、海賊団が島に上陸しておらず、薰も大勢の船のどこかに隠されていたならば、救出は非常に困難になる。しかし手掛かりがない以上、今はまず島内の捜索を優先させることに決めた。
そうすると、その「こっそりと辿り着く」ためにはどうすればいいか、検証する必要がある。
大画面のスマホをリュックから取りだし、そこにインストールしている膨大な地図データや資料(現代、この時代問わず)の中から有益な情報を探す。
その中でも特に注目したのが、足羽群島の地理的特徴と、一度聞いたことのある、とある噂話だった。
そしてそれらを総合的に勘案し、ある画期的な、しかし命の危険を伴う作戦を考え出した。
そうこうしているうちに、三郎さんが運転する小型船は、先程の船倉に辿り着いた。
一旦引き返すことは無線で伝えていたため、そこには海留さんや、麻痺毒から回復したと思われる徹さん、登さん、それに嫁達が心配そうな表情で出迎えてくれた。
その中でも真っ先に俺達の元に駆けつけたのは、やはり海留さんだった。
「俺をその仙界の船で、黒鯱まで乗せていってくれ! 海賊団など、俺が蹴散らしてやるっ!」
鬼のような形相で物騒なことを言う。
「海留さん、落ち着いてください。蹴散らすって、大砲で海賊船を撃つつもりですか? そんな事をすれば、もし薰が乗っていれば一緒に吹き飛ぶし、そうでなかったとしても、攻撃された報復として彼女が酷い目に遭うだけだ! それに、足羽群島の海域は水深も浅く、岩礁も多い。大型の黒鯱じゃあ、近づくこともできない!」
俺も必死で、なだめるようにそう説明する。
「じゃあ、このまま指をくわえて、あいつらのなすがままにされるところを見ていろって言うのか? 何もできないから尻尾を巻いて逃げ帰って来たんだろうが!」
「違う、一旦引いただけだ! 俺には策があるっ! 準備を整えて、またすぐに打って出る!」
「……策がある……打って出る、だと?」
俺の言葉に、海留さんは幾分冷静さを取り戻したようだ。
「ええ……ただ、その前に……優、頼みがある! 羽沢さんから借りている倉庫に、電動船外機……これと似たような機械が置いてある。それを取ってきて欲しいんだ。ちょっと重いけど、優ならこの時代まで持ってこられるはずだ。確か、倉庫の窓際、隅の方に置いてあったと思うから、急いで取ってきてくれ!」
俺は、ゴムボートに取り付けられている船外機を指差しながら、優にそう指示した。
羽沢さんは、現代における俺の知人の一人で、パチンコグループ会社の社長だ。
好事家で、江戸時代の品物を高く買い取ってくれるお客さんでもあり、そして逆に江戸時代で重宝する現代の物品を提供してくれる支援者でもある。
彼から借りている倉庫は、学校の教室ほどの大きさがあり、ガラクタから高価な品まで雑然と並べられているのだが、その中の一つを指定したのだ。
「分かりました、すぐ取ってきます!」
優は短くそう返事をすると、ラプターを操作して、その姿をかき消した。
「なっ……あの娘まで、仙術を操れるのかっ!」
海留さんや徹さん、登さんが驚愕の表情を浮かべる。
本当は優がラプターを操作するところを見られたくはなかったが、なにしろ時間が惜しい。
緊急事態であることを嫁達も承知していて、効率優先で動いてくれる。
「……しかし、どうするつもりだ! 三十艘はいるって話じゃねえか。黒鯱抜きで、どうやって対抗するつもりだ!」
海留さんの疑問はもっともだ。
そこで俺は、スマホを取り出してそこにインストールしている足羽群島の航空写真を表示し、それを見せる。
「……これが、足羽群島を上空から見た画像です。三百年後のものですが、今と大して地形は変わっていない」
その鮮明な映像に、またもや目を見開いて驚く海留さん達。
そういえば、スマホを見せるのは初めてだったなと思いながら、時間が惜しいのでそのまま作戦の説明を続ける。
「足羽群島は、足羽島を主島として、このように湾を形成するように小さな島や岩礁が並んでいます。さっき言った三十艘の海賊船は、この湾内に、主島を守るように存在していました。波や風の影響を受けにくいということもあるのでしょうが……」
俺は航空写真を映した画像に、タッチペンで船の配置を書き込んでいく。
もう海留さん達は、仙界の技術に対して、いちいち何も言わなくなった。
「足羽島はその湾の一番奥にあります。船が上陸できる場所は、湾内に面する一角しか無く、それほど大きくもないので小型船しか入れません。ほんの少しですが平地もあるし、あと、大きな洞窟もある。特にその洞窟は雨風が凌げるので、たまに沖で荒天にあった漁師達がそこで過ごす事もあると聞いています。海賊達がそこをねぐらにしている可能性も高いし、ひょっとしたら、薰も連れ込まれているかもしれない」
「場所が分かっているからといって、こっちも軍団を派遣して乗り込むつもりか?」
海留さんが、比較的冷静に反応してきた。俺も、彼のその懸念は理解できる。
「いえ、それには時間がかかりますし、上手くいったとしても、逃げられるか、あるいは大きな戦になる。そうなると、薰の命はますます危機にさらされる……だから、俺は奴等の裏をかきます。文字通り、裏だ」
「……どういう事だ?」
「先程言ったように、湾状になっている方向は完全に警戒されています。けれど、反対側……つまり足羽島の、湾に面しているのと反対側は、まるっきり無警戒のはずだ……なぜなら、そっちは急な崖になっていて、船を寄せたとしても到底上陸なんかできないからです。でも俺は知っている。そこからでも島内に侵入できる、抜け道があるんです!」
「……なるほど、そういう事か。けど、いくら警戒が薄いからって、そんなにうまく近づけるものか? 船を走らせるのに、あんなでかい音がするんだったら、気付かれるんじゃねえのか?」
海留さんがそう疑問を呈してきた時、フシュン、と風きり音がした。
「拓也さん、遅くなりました……あの、これで良いですか?」
優が、現代から電動船外機を持ってきてくれたのだ。
「……ああ、それだ! これを使うんだ! 優、ありがとう!」
「……どういうことだ?」
俺は優からそれを受け取ると、訳がわからないという様子の海留さんに、説明を続けた。
「この船外機は、さっき俺達が操船に使ったものよりも速度は出ませんが、その代わりに圧倒的に静かなんです。これを、そのゴムボートに載せ替えて、さっきの群島の外側から近づき、そしてこっそりと足羽島に潜入するんです!」
「……なるほど。抜け道があるなら、それもできるってことか。けど、そんなおもちゃみたいな船で、一体何人で潜入するつもりだ?」
「俺が単身、潜入します!」
「……単身、だと!? ……おめえ、正気か?」
海留さんは、驚きと、呆れの入り交じった目で、俺の事を見つめていた――。





