番外編16-1 凜との絆
※番外編として「花嫁達との絆」の章を書いていきます。
要望のご意見があったものの、今まで曖昧にしていた、『優』以外との嫁達との恋愛部分を書いていければ、と思っています。
最初は凜です。まだ、「凜さん」と呼んでいた頃のお話で、若干弱気な部分も残っています。
他の少女達も、順次追加していく予定です。
この日は、凜さんが『嫁の日』だった。
あの温泉旅行から帰ってきて、前田邸で彼女と過ごす『嫁の日』は初めてなので、なんというか、緊張というか、不安というか、複雑な感情が入り交じってしまっている。
そんな俺の心中を知ってか知らずか、凜さんはずっとニコニコしている。
「さあ、拓也さん。一緒にお風呂に入りましょう」
彼女にはまったく緊張感がない。
まあ、温泉旅行では、昼間っから素っ裸で混浴していたわけだし、今更と言えば今更なのだが、それでもやっぱりドギマギしてしまう。
風呂場のLEDランタンは、わざと薄暗くしている。これは、凜さんよりも、むしろ俺の方が恥ずかしがってしまうだろうという変な気遣いのためだ。
風呂場では、凜さんは、まるで長年連れ添った女房のように、終始寄り添い、背中を流してくれた。
……あの温泉旅行での強烈なインパクトがあったので警戒していたが、意外とまとも、というか、リラックスできる感じだ。
風呂場から出て、脱衣所では備え付けのバスタオルで体を拭いてくれようとしたが、俺は自分で拭く、と言い、彼女もそれにしたがってくれた。
この調子なら、夜も添い寝するだけで、朝まで何事もなく済むかもしれない。
危惧は杞憂であり、若干の期待はちょっとがっかり、となるかもしれないが、それはそれで問題無い。いままで通りの関係が続くだけだ。
一番奥の部屋に行くと、布団が二つ、隙間なく並んで敷かれていた。
これを見て、ちょっとドクンと鼓動が高鳴ったが、まあ、予想の範囲内だ。
凜さんは、薄い襦袢一枚の姿で、俺もトランクスこそ履いているが、その上は浴衣だけだ。
そして並んで床に入る。
明かりは、小さなロウソク型のLEDライト一つで、薄暗い。
「……拓也さん……」
凜さんの声が色っぽい。
いや、凜さんは元々こういう声だ。俺が変な妄想をしているから、そんな風に聞こえるだけだ。
「この時を、お待ちしておりましたっ!」
凜さんは、ばっと掛け布団を跳ね除け、俺に覆い被さってきた!
「ちょ、ちょっと待った! 凜さん、急すぎる! 心の準備が……」
驚いて抵抗しようとするが、既に押さえ込みの体勢に入られてしまっていた。
なお、俺の声は、驚き、焦ってはいるが、屋敷内の他の女の子達に聞こえないように小声である。
「あら、この期に及んで心の準備、とおっしゃるんですか?」
と、不満そうな声を出すが、くすくすと笑いながらの言いようだった。
「……ひょっとして、俺のこと、からかってる?」
「いえ、真剣ですよ。初めての夜なのですから……でも、楽しんでもいます」
彼女はそう言って、その綺麗な顔を横に向け、俺の胸元に寄せた。
「……拓也さんの鼓動が聞こえます……すごく早く、力強い……」
「……そりゃあ、凜さんにこんな風に抱きつかれたら、誰だって……」
「嬉しい……どきどきしてくれてるって事ですから……」
そのまま、しばらく彼女は、俺に抱きついたままだった。
「……ちょっと落ち着いたみたいですね」
二、三分して、凜さんは静かにそう言った。
「まあ、ちょっとは……」
「……拓也さん、もう、優とは済ませたんですよね?」
凜さんの単刀直入な質問に、また鼓動が跳ね上がる。
「うん……旅行に行く前に……」
「……ありがとうございます。優、とっても幸せそうな顔してました……私も、嬉しかった……姉としてお礼を言います。でも、ちょっとだけ嫉妬、してしまったんですよ」
その言葉で、さらに鼓動が早まってしまう。
「……ごめんなさい、動揺させてしまっているのは分かるんですが……私ももう、拓也さんの嫁なのですよ。だから……私もそうなりたいと思っていました。でも、万一、まだ優とそういう関係になっていないんだったら、私が先を越してはいけないと思っていたから……」
凜さん……最初に嫁になった優を立てていたんだな……。
「……でも、拓也さん……本当のところは、どうなんですか?」
「どうって、何が……」
「その……私のことは、本当は嫁にしたいとは思っていないんじゃないですか?」
すぐ目の前に、凜さんの、美しく、そして真剣な顔があった。
「……いや、そんなことはないよ。ずっと一緒に暮らしていきたいと思ってる」
「……でも、私と結ばれたいとは思っていないんですよね?」
「そういうわけじゃあないんだけど……」
「……では、なぜ?」
その質問の意味が、なぜ自分に、いや、自分を含む嫁達に手を出さないのか、ということなのは分かった。そして、その答についても、俺は把握していた。
「……俺たちの住む時代では、結婚は一人としかできないんだ。どんな身分の者でも、それは同じ。だから、どうしても躊躇してしまうんだ……」
「……やっぱり、それにとらわれてしまっているんですね……それは仕方の無いことなのかもしれませんが……でもその考えを、この時代に持ち込むのならば、私はともかく、ナツちゃん、ユキちゃん、ハルちゃんの三人は、不幸になるだけです。いえ、ひょっとしたら、優も」
「……不幸に?」
思わぬ言葉に、俺は目を見開いた。
「仙界での結婚相手は一人だけ……その考えにとらわれて、他の女の子達に生涯手を出さなかったとすれば……みんな、拓也さんの嫁になったはずなのに、本当は愛されていなかったと嘆き悲しみます。そしてそんな女の子達を見て、自分だけ幸せで良いんだろうかと、優も苦しみます。拓也さんもご存じでしょう? あの娘はそういう子……」
ズクン、と、今度は嫌な鼓動に変わった。
「自分達は同情されただけ……そう思い込んだとき、どれほど失望するか分かりますか?」
……確かに、その通りだ。
凜さんは、自分はともかく、と言っていたが……彼女だって傷つくはずだ。
「……この時代においても、基本的に主人に対して嫁は一人だけです。お金持ちに限って、妾という形で複数の女性を囲うことができます。そして優は三百五十両、私達四人は一人百両というとてつもない金額で、拓也さんに買って頂きました。そういう意味では、全員妾……なのに、貴方は全員正式な嫁にすると言い、そしてこの阿東藩で、唯一それが認められる方です。拓也さんは、本当に特別……私達は添い遂げるつもりでいますし、拓也さんの事、お慕い申し上げています。それでも、仙界のしきたりを持ち込んで、あの子達に辛い思いをさせていいものでしょうか……」
「……いや、確かに、そう言われれば、それはあまりに可哀想だ……」
「……だったら、いいのではないですか? 貴方は、それだけの実績を残し、信頼を得て、そして、みんなから愛されているのですから……もっとも、拓也さんがそれほど好きではない、というのであれば別ですが……」
「……いや、みんな好きだし、ずっと一緒に暮らしたいと思ってる」
「……愛し合いたいと、思ってはいませんか?」
「……正直に言うと……思っている」
「同情ではなく?」
「もちろん……それが、許されるのであれば」
「……許すか、許されないかは、誰が決めるのですか?」
「……俺自身、かな……例えば、ユキやハルは、まだ幼すぎる……」
この二人は、現代で言えばまだ中学生だ。いくらなんでも、手は出せない。
「……では、私はどうですか? 拓也さんの中では、許されないですか?」
「……いや、むしろ……」
そうつぶやいて、凜さんの顔をじっと見た。
ひどく不安そうな顔だった。
まるで俺に拒絶されるのを、恐れているかのような……。
ひょっとしたら、ここまでの、これだけの踏み込んだ会話を続けるのは、凜さんにとっても勇気のいることだったのかもしれない。
それが、たまらなくいとおしく思えて……。
気がつくと、俺は彼女を、きつく抱き締めていた。
――そして凜は、この夜、本当の意味で二人目の嫁となった――。





