番外編15-18 自警団の設立
前田拓也と伊東武清の試合から、一ヶ月が過ぎた。
井原源ノ助が提案した秋華雷光流剣術道場の門下生達による治安維持の為の取り組みは、前田拓也の積極的な活動により、迅速に進められた。
門下生の有志に、『自警役』という名前の称号を与え、重要拠点の見回りをしてもらうように取りはからった。
多くはないが、前田拓也の事業から、いくらかの賃金も支払われることとなった。
浪人や下級武士の次男、三男など、藩の正式な役人として取り立ててもらえない者達にとって、賃金を得られるこの提案は魅力であり、また、町民からも尊敬を受けるやりがいのある仕事とあって、多くの者が賛同した。
前田拓也にも、治安が良くなるので安心して事業に専念できるようになるというメリットがあり、また、住民達からもさらに信頼されるという予想外の効果まであった。
藩内の各拠点に自警役が駐在できる小屋を建設し、彼等にはいつでも飯と簡単なおかずが食べられるよう、配慮した。
二十四時間体制で『自警役』がいるので、何かあればここに駆け込めばいい、と、非常に重宝された。
さらに思わぬ副作用で、それによって『自警役』の仕事を得た、それまで無職だった若者が、茶屋で働く女の子と結婚することになったのだ。
結婚相談所のまね事のようなことを初めて、最初の成果だった。
治安も良くなり、仕事のない浪人達もいなくなり、まずます活気付いた阿東藩。
前田拓也は、もう大丈夫だとようやく安心して、数ヶ月後に念願だった江戸への進出を果たしたのだった。
そんな中、秋華雷光流剣術道場の指南役である伊東武清の元には、相変わらず多くの剣客、道場破りが訪問していた。
それらの全てを、彼は圧倒的な強さで返り討ちにした。
ところが、ギラギラと恐ろしい目つきをした頬に傷のある長身の男だけは様子が違った。
『剣の軌道を途中で変える』という禍々しい剣術を使うこの男、道場での木刀を用いた試合において、伊東武清と相打ちに持ち込んだのだ。
指南役が引き分けたことが悔しかったのか、門下生の一人が、こう口にした。
『阿東藩の仙人である前田拓也殿は、仙術を使い、ある意味、伊東殿より強いかもしれぬ』
と……。
その不気味な男は、前田拓也もまた伊東武清と引き分けた若者だと知り、ほくそ笑み、そして江戸へと旅立った。
――しばらくの後、秋華雷光流剣術道場に大きな事件の顛末が知らされた。
あの不気味な男は、江戸で伝説の人斬りと恐れられた『人斬り権兵衛』であったこと、卑怯にも前田拓也の店で働く娘を人質にとり、拓也と決闘を行ったこと。
そして前田拓也が、見事『人斬り権兵衛』を打ち倒したこと。
この知らせは、剣術道場のみならず、阿東藩全体に大きな反響を呼び起こした。
「はやり前田拓也殿は凄かった」
「江戸で十年以上迷宮入りしていた大事件を、わずかな期間で見事解決するとは、もはや天下を代表する大仙人ではないか」
多少大げさではあるが、彼の名声は、阿東藩主に匹敵するほど絶大なものとなった。
そして彼のこれまでの実績と行動から、阿東藩内外において、このような不文律が生まれた。
「阿東藩の女子には、絶対に危害を加えるな」
前田拓也の知らぬところで広まったこの掟だが、大局的には、彼の理想に合ったものだった。
――こうして、彼は、ようやく阿東藩から『身売りっ娘』や、ひどい仕打ちを受ける女性を出さなくすることに成功した。
しかし前田拓也は、まだ満足していなかった。
日本の中心である江戸でも、阿東藩の取り組みを基に、不幸な女性達を一人でも減らしたい――。
八代将軍徳川吉宗とも直接話ができるまでに成り上がった彼の挑戦は、まだまだ続いていくのだった。





