番外編15-16 決戦
ついに、その日が来た。
当代随一の剣豪として知られる、伊東武清との対決だ。
俺は阿東藩では仙人としてそれなりに名が知られているので、剣豪との彼との試合は相当話題に上っているらしく、道場内に五十人、さらに道場の外には、二百人以上の見物人が集まっていた。
外の人が中の様子を見られるわけではないが、少しでも早く、結果を知りたいということなのだろう。
伊東武清はごく軽装で、防具すら身につけていない。
手に持っているのは一本の竹刀のみ。
それに対して、俺は現代、つまり『仙界の防具』で完全武装している。
ヘルメットもベストも、軽量ながら高い衝撃吸収性を有する最先端のものを装着しているし、関節部分にはサポーターを設定している。
そして手に持っているのは、一見すると竹刀に見えるが、その先端が黒く塗られている。
もちろん、その事には伊東武清は気付いているはずだ。したがって、最大限に警戒してくると思われる。実はそこに、一つの狙いがあるのだが。
道場内は、ピリピリとした雰囲気に包まれている。
優は欠席させようかとも思っていたが、
「向こうの挑発どおり、思いっきりやってやろうじゃないか」
と大見得を切っており、その約束を果たさなければならない。
それに、向こうが本気で優を欲しがっているのではないと分かっている。失うものはなにもないのだ。恐れず、全力で戦えばいい。
姉御も、俺の他の嫁達も、みんなこの一戦に注目している。
阿東藩のお偉いさん方も、何人かその姿が見えていた。
彼等がどちらの味方なのか、あるいは興味本位なのかは分からないが、ここで手も足も出ずに負けることはあまり好ましくない。
まあ、『強敵と戦う事のみが目的』である伊東武清にとっては、どうでもいいのかもしれない。
源ノ助さんに促され、俺は竹刀を構えた。
武清も、ゆっくりと構える。
それだけで、とてつもないプレッシャーを感じて、嫌な汗が流れ出た。
落ち着け、相手も同じ人間だ……。
俺は、何度も自分自身に言い聞かせた。
「はじめっ!」
ついにその一言がかけられた。
武清は凶暴な笑みを浮かべている。
しかし、俺には練りに練った秘策があった。
数歩間合いを詰めて、右手を防弾ベストのポケットに手を入れる。
武清の顔色が、一瞬変わった。
今度は俺が、ニヤリと笑いかける番だった。
もちろん、これは半分ハッタリなのだが、残りの半分は自信の現れであり、そして自分自身を鼓舞する為でもあった。
と、ここで武清がものすごい勢いで間合いを詰めてきた。おそらく、俺に奇策を使われる前に倒そうという魂胆なのだろう。
しかし、これは予想の範囲内。
俺の方からも間合いを詰め、右手をポケットから抜き出すと、数十にもなる小さな金属の弾を、素早く武清に投げつけた。
さすがの剣豪も、これを全てかわすことは不可能……なのだが、目にだけは入らないように右腕で庇いながら、なおも突進してきた。
「……うらあぁ!」
俺は、必死の掛け声と共に思いっきり飛び跳ね、竹刀を突き出した!
――気がつくと、道場の奥の救護室に、寝かされていた。
目の前には、心配そうにのぞき込む、優の顔が見えた。
「――拓也さん、私です、優です。分かりますか?」
「……ああ、優、分かるよ……みんな、どうしたんだ?」
あたりを見渡すと、優だけでなく、嫁達全員が揃っていた。
「どうしたもこうしたも……伊東武清の突きをまともに食らって、吹き飛ばされたんじゃないか!」
ナツが、少し怒ったような、呆れたような口調でそう教えてくれた。
「……ああ、そうか……試合、してたんだな……胸が痛い……」
「拓也さん、防具を着けているとはいえ、その上からまともに突きを受けましたから……本当に、心配したんですよ」
どうやら、防具の上から受けた、たった一撃の竹刀による突きで、俺は道場の端まで吹き飛んでしまっていたらしい。
「……ごめん、やっぱり俺じゃあ、勝てなかった……」
と、みんなに謝ったのだが、
「……確かに、拓也さんは勝ってはいないでしょう。でも、負けてもいませんよ」
と、凜が不思議なことを言ってきた。
「勝ってはいないけど、負けてもいない?」
「そうです……なぜなら、伊東武清殿は、あなたを竹刀で突き飛ばした後、白目をむいて倒れたからですよ」
「……白目をむいて……そうか、じゃあ、成功したんだな……」
「拓也殿、私はあの瞬間、小さなカミナリのような物が、あの竹刀の先端から伊東武清殿の体に直撃したのを見た……あれは一体、なんだったんだ?」
ナツが、やや興奮気味に聞いて来た。
「ナツには見えたのか……そう、あれはまさに小さなカミナリだ。いうなれば、あの竹刀は、『雷の剣』……仙界においても、おそらく世界で一本しか存在しないものなんだ」
と、若干オーバーに話した。
「雷の剣……やっぱり貴殿は、本物の仙人なんだな……」
ナツが、若干俺のことを怖がるような表情でそう声に出した。
雷の剣の正体は、市販のスタンガンをはるかに強力に、帝都大学准教授である叔父が作成した物だ。
その威力は凄まじく、剣先から一メートル程度離れた相手に対して、最低でも十五分は気絶させることができる、小規模な、しかし強力なカミナリを発生させる物なのだ。
ただその扱いは難しく、下手をすれば自分が感電してしまう。
そこで、金属の弾に粘着性の液体を塗った物を、伊東武清に一斉に投げつけたのだ。
彼の注意は、竹刀の先端の黒い部分と、俺が投げた金属の弾との間で一瞬揺れたはずだ。
まあ、金属の弾に意識が集中していたとしても、あんなの全部、躱すことなど不可能だとは思っていたが。
そして彼の体に付着したその弾が、避雷針のような役割を果たし、人工的なカミナリを引き寄せてくれたのだ。
「それじゃあ、勝負の結果は……」
「引き分け、ということになっている。けど、それって凄いことなんだ。あの天下の伊東武清と引き分けたんだからな……」
なぜかナツが、満足そうに笑みを浮かべていた。
実はつい数分前まで、伊東武清は隣の応急処置室で伸びていたのだが、気がついて周囲から事情を聞き、白目をむいて倒れていたということに衝撃を受けたようで、かなり落ち込んだ様子で帰ってしまったのだという。
……これって、優と約束した
『悪者をやっつける』
は、果たしたと思っていいのだろうか……。
「……私は、拓也さんが無事に目を覚ましてくれたので、それで十分ですよ」
と、優は優しく語りかけてくれたのだった――。





