第百五十三話 盟友
東元殿の神妙な表情に、ちょっと警戒した俺だったが、簡単に話を聞いてみると、要するに俺と彼との間で個人的な親睦を深めたい、ということだった。
また、可能であれば俺を松丸藩に招待したい、というのだ。
そういうことなら、別に俺は阿東藩の役人というわけではないし、通行手形さえあれば気軽に隣の藩を訪れる事ができるだろう。彼の招待を受けているならばなおさらだ。
それに、一度『ラプター』で登録してしまえば、比較的容易に彼の元を訪れることも可能だ。
そういうふうに、あまり大層に考えず了承したのだが、まず最初は、視察という形で正式に案内したいという。
そうなると込み入った話になってくる。大衆食堂である『前田美海店』で話すには、ちょっと重い。
場所を変えたほうがいい、しかし個人的なつきあいの話の延長なのだから城に行くのは気が引ける、夜になればそれなりの高級料亭があることはあるが、実は阿東藩の役人との宴会が入っているので夜は無理だ、となかなかまとまらない。
そこに、いつのまにか『前田美海店』を訪れていた三郎さんが、
「食事処ではありませんが、お互いの交流も深めることができる良い場所があるではないですか」
と、話に入ってきた。
それから半刻(約一時間)後。
俺と三郎さん、それに涼、お蜜さんは、源ノ助さんが師範を務める『秋華雷光流剣術道場 井原支部』に来ていた。
もちろん、松丸藩筆頭家老の長男である東元安親殿と、お付きの侍二人も一緒だ。
この時間、稽古をしている者はおらず、道場関係者は源ノ助さんただ一人。
東元殿はこの道場を一目見て気に入り、早速道着に着替えて、源ノ助さんと練習試合を行っていた。
俺は素人なのだが、それでも東元殿の気迫とその打ち込みの鋭さは分かる。
さすがに百戦錬磨の源ノ助さんには敵わないようだったが、それでも源ノ助さんをレベル十とするならば、おそらく彼もレベル九はあるんではないだろうか、と思った。
ちなみに、阿東藩最強の忍と思われる三郎さんは、忍術を使った実践で言えばレベル十以上だろう。
女性のお蜜さんは七ぐらいか。しかし飛び道具なんかを使わせるともっと上だろうし、彼女の本領は情報収集と逃亡術だ。
お付きの二人の侍も竹刀で練習に参加しており、まあ、レベル六~七ぐらいか。でも、これでも普通に警備兵として務まるぐらいの腕ではある。
ちなみに、ナツや涼は五ぐらい。結構強い。
また、この道場の平均レベルは四ぐらい。街中の道場と考えれば普通だ。
ちなみに、俺の戦闘力はたぶん一以下だ。
だけど、フラッシュライトや特殊警棒を持たせてくれれば、一対一で不意打ちありならそこそこいけると思う。
しかし、そんな物が道場に置いてあるわけもなく……俺も剣の練習に誘われたのだが、「お腹がいたい」と言って丁重にお断りした。
剣の練習で十分に汗を流した東元殿、この後『前田湯屋』に行く予定になっており、それも楽しみにしていた。
そして一同、かなり打ち解けてきたところで、東元殿は先程の話の続きをしてくれた。
そもそも、今回の視察は阿東・松丸両藩がお互いに視察団を送り出しているわけなので、また改めて俺だけ松丸藩を訪れるのは違和感があったが、東元殿曰く、
「頭の固い藩の重鎮達が、松丸藩の良いところ、つまり景色の良い名所や発達した宿場町しか見せたがらず、つまらぬ視察にしかなっていないだろう」
という。
ここで東元殿の言う『つまらない』は、観光として面白くない、という意味ではなく、なんらお互いの藩の問題点を語り合うような内容になっていない、というのだ。
そういう意味では、俺が案内した『金鉱山』や『養蚕施設』は十分勉強になった、と持ち上げてくれた。
その上で、俺には『松丸藩』の問題点をあえて見てもらい、さらに可能であれば、助言や、助力を得たいということだった。
とくに最近併合された旧岸部藩領内が酷い有様で、貧しさに堪えきれず、身売りする娘も他数(多数)出て来ているという。
それを聞いて、ズクン、と心にのしかかるものがあった。
最近の阿東藩では、そんな話はほとんど聞かなくなった。
しかし、すぐ隣の領内では、あいかわらず貧しい身分の娘が犠牲になっているのだ。
「貴殿が阿東藩に対して行った仙術の、数分の一でいい。金鉱山の安全性を高め、街道の整備の技を伝授し、荒れた土地でも育つ作物のタネや苗を分けてくれまいか?」
東元殿は、あえてそのような藩としての汚点を見せてまで、俺に協力を求めたいというのだ。
俺は正直、彼のそんな姿に心を打たれた。
東元殿もまた、現阿東藩主、郷多部元康公と同じく、民の生活を憂い、悩む人格者だったのだ。
思えば、涼姫に対してもそうだった。
他の婿入り候補が、ただ権力欲しさに名乗りをあげていたのに比べ、彼はきちんと事前に彼女に会いに来て、身分によらぬありのままの自分を見せ、そして求婚していたのだ。
まあ、多少強引な気もしたが……他の私利私欲にまみれた者達より、よっぽど好感が持てた。
なので、俺は彼の提案を受け入れた。
微力ながら、俺も松丸藩の発展に協力していきたいと。
うまく乗せられたのかもしれないが……源ノ助さんも三郎さんも、彼の人柄を認めていたし、なにより多くの人が幸せになるのであれば、それは俺も望む事であった。
こうして、阿東藩において最上級の特権を持つ商人である俺と、松丸藩筆頭家老の長男、東元安親殿との絆が生まれた。
この後、俺達は『親友』、『盟友』と呼べる間柄になり、お互い両藩にて大きな地位を得ていくことになるのだが、この時点ではまだそこまで予測出来る事ではなかった。
俺と東元殿は、近々松丸藩で再会することを約束した。
そして道場を後にしようとしたとき、彼は涼を見て、一言つぶやいた。
「ところで、涼姫……まだ、俺と結婚する気にはならないか?」
「はい、全く気持ちに変化はありません」
涼は相変わらず動じることがない。
「やはり、そうか……まあ、拓也殿が相手では仕方がないか。また三月ほどしたら会えるかもしれぬ、その時は気が変わっていることを祈るとしよう」
そう言って、彼は笑った。
その懲りない性格と、さっぱりとした性格に、一同、つられて笑ったのだった。





