第百五十話 拓也の魅力
坑道の視察から、さらに二日が過ぎた。
この日は阿東藩で推し進めている『養蚕』についての視察だった。
といっても、その核心部分である、蚕を育てるための『養蚕小屋』は、機密事項が多いためにさすがに見せるわけにはいかない。
今回の視察では、蚕の餌のための『桑畑』と、繭から糸を紡ぎ出す『座繰り』という作業について見てもらうことになっていた。
まず『桑畑』だ。
桑畑は『前田邸』から歩いて三十分ほどの距離に存在し、標高三十メートルほどの丘となっている。
俺と阿東藩の役人である後藤房良さんが、丘の麓、作業小屋の前で視察団を出迎えた。
「……前田殿! ……ひょっとして、この養蚕の施設も、貴殿が関わっておられるのかっ!」
俺の姿を見て、視察団長の東元殿は、またしても驚きの声を上げた。
「ええ、まあ……というか、俺が経営しているんですけど……」
東元殿は、しばし呆然と俺の顔を見つめていた。
「東元様……前田殿は我が藩三大商人の一人、かつ藩の改革をも担う重要なお方です。『時空の仙人』……それがこの方の二つ名です」
頭の回転が速い後藤さんが、俺の事をそう立ててくれる。
普段ならば
「そんな大げさな物ではないですよ」
と照れて話すところだが、この視察は、阿東藩が如何に優れた技術力を持っているかアピールする場所でもある。
多少ずるい気はするが……ここは後藤さんの策略に乗っかることにした。
そして丘を登り、桑畑へと案内する。
百メートル四方ほどの大きさで、人の背丈より高く桑の葉が生い茂っている。
これを刈り取り、養蚕小屋へと運び込む。
桑畑に関しては、水をくみ上げるポンプのみ現代の技術を応用しているが、それは鉱山でもっと大規模な物を見せているのでそれほど驚きはされなかった。
そして次は繭を糸にする作業小屋だ。
そこで『座繰り』を行っているのは、『前田女子寮』の『一期生』であるお梅さん、桐、玲の三人。
お役人様に視察される、ということで、真剣な表情で繭から糸を取りだし、たぐりながら糸枠に巻き付けていく。
「おおっ、なるほど……こうやって、繭から生糸が生まれていくのか……綺麗だ……」
東元殿が感嘆する。
初めて見た人は、大抵『繭』という物体が光り輝く『生糸』に変化する、美しくも地道な作業に魅入られる。
「ふむ……これは簡単なように見えるが、相当練習を積まねば、これほど手際よく出来るようにはならぬのであろうな……力が必要無く、女性でも出来る仕事。なるほど、前田殿が推し進めるわけだ……」
と、東元殿がつぶやく。
その言葉には、俺も後藤さんも、そして娘達も驚いて顔を見合わせた。
「あの……東元様、どうして俺……いや、私が推し進めていると思われたのですか?」
不思議に思って聞いてみた。
「いや……今までの視察の中で、前田殿がどういう人物か考えてみた。貴殿は身分としては、藩の役人ではなく、商人という立場だ。もちろん、『仙人』であることは疑う余地もなく、商人としても最高の地位にあることは存じているが……それでも、役人よりは『町人寄り』に物事を考えられる方だ。だから坑夫の身になって安全対策に力を入れ、雇用の確保の為にあえて儲けに走ろうとしていない。ならば、この生糸を紡ぐ作業も娘達の仕事を増やすためではなかろうか、と考えたのだ……もちろん、収益のことも考えておられるだろうが。前田殿は、そういうお方ではなかろうか」
東元殿の鋭い考察に、俺と娘達は、もう一度目を合わせて頷いた。
「……そのとおりでございます、お侍様。拓也様は、本当にわたすたちに良くしてくださいます!」
玲が、ちょっと訛った口調で、必死に東元殿に訴えかける。
「いや、あの……玲、別に俺を立ててくれる必要は無いんだよ。これは純粋に生糸作りの視察だから」
「……えっ、そうなんですか? わたすはてっきり、また拓也さんが出世なさるのかと思って……」
彼女のその言葉に、一呼吸置いてその場の全員が大笑いした。
玲だけは真っ赤になっていたが……それがきっかけで視察団のメンバーも、娘達も打ち解けて、和やかな雰囲気で質問のやりとりなど活発に行われ、充実したものになった。
それにしても……東元殿、なかなかの切れ者だ。
「……ところで……その方達は、前田殿のことを、どう思っているのだ?」
生糸紡ぎの話が一段落したところで、東元殿がふいにそんな質問を娘達に投げかけた。
三人はお互いに顔を見合って、ちょっと首をかしげて……そしてお梅さんが代表して口を開く。
「拓也様には、大変良くして頂いていますし、お世話にもなっていますが……」
「いや……それは分かる。おそらく、雇い主として理想的なのだろうが……それ以上に、例えば恩義を感じる何かがあったり、あるいは、怖いと思うことがあったりするのか、ということだ」
……はて、東元殿は何を聞き出そうととしているのだろうか。
娘達も困り顔だ。
「いや、単に雇われているから仕事している、世話になっている、というだけではないような気がしてな。前田殿が経営する飯屋に行ったことがあるが、皆とても楽しげに仕事をし、前田殿とも親しそうだったのでな」
と彼が語ると、三人は顔を見合わせて笑顔になった。
「そういうことでしたら、その通りですよ。拓也さんと一緒にいると、本当に楽しいんです。いつも私達の体調とか気遣ってくださいますし、悩み事があれば聞いてくれますし……あまり悩みもないですけど。優しくて、頼りがいがあります」
これは桐のセリフだ。
「頼りがい? たまに失敗して、大慌てしているときもありますけどね」
「お姉ちゃん、今そんな事言っちゃ駄目っ!」
お梅さんと桐の姉妹のやりとりに、また笑いが起こる。
「なるほど……ここでも、それほど前田殿は慕われておるのか……」
「ええ。でも、残念ながらもうお嫁さんが五人もいて、私達は入れてもらえそうにありませんが」
お梅さん、それちょっと爆弾発言なんですけど……。
「ほう、なるほど……ということは、その方達も前田殿の嫁になりたいと考えておるのか?」
「……いえ、あの、冗談のつもりでしたが……でも、そういう気持ちは私だけじゃなく、ここにいる桐も、玲も、持っていると思いますよ」
と、彼女はニッコリと微笑んでそう言った。
桐も、玲も、頷くだけで否定はしない。
ちょっとこっちが照れる。そんなに俺の事立てなくてもいいのに……。
「では、前田殿のどこがいいのだ?」
なんか、東元殿、やけに突っ込んで聞いてくる。
娘達も、また困惑した表情になった。
「やはり、前田殿が仙人だからか? それとも、大商人だからか?」
彼の真剣な問いに、お梅さんが何かを察したのか、真剣な表情で語り出した。
「……確かに今おっしゃった二つのことが関係ないとは言い切れません。でも……私達が拓也さんを慕っているのは、そういうことではなくて……いえ、逆にそういう身分であるにもかかわらず、本当に私達に対して親身に接してくれるのです。本当に気さくに、それでいてこちらが申し訳ないぐらいに真剣に、ただ私達が笑顔で生活できるようにと努力してくれます。言うなれば、私達が惹かれているのはその人柄……拓也さんには五人もお嫁さんがいますが、特に彼女たちとは本当に苦楽を共にしてきたということで、納得出来るような気がします。拓也さんは、私達が困難になればなるほど、暖かく手を差し伸べてくれる方……このぐらい持ち上げればいいでしょうか?」
良いことを言ってくれている、と思って感動して聞いていたが、最後の一言で、また場が笑いに包まれた。
ただ、東元殿だけは真剣に、何かを考えているようだ。
「なるほど……そして彼女も多くの困難を体験し、そしてそれほど慕われる人柄である拓也殿に手を差し伸べられた……そういうことか……」
ぼそりと彼はつぶやいた。
「いや、申し訳ない、仕事を邪魔してしまったな。阿東藩の重要人物、前田拓也殿に興味があったのだ。皆の前田殿を慕う様子、よく分かった。大変参考になった」
と、東元殿が褒めてくれたおかげで、娘達は満面の笑顔で作業に戻った。
そして俺は思い至った。
彼が最後に言った『彼女』、とは、おそらく涼姫の事だ。
東元殿は、真剣に彼女の事を考えていたのだ。
そしてこの日は午前中で視察終了。
「……前田殿、午後また『前田美海店』にお邪魔してよろしいか?」
彼は数日ぶりに、涼姫が働く店を訪問したいと申し出てきた。
絵師のSUKEさんが、「凜」、「ナツ」、「ユキ」の三人のイラストも描いてくださいました! これで初期ヒロイン全員集合です! 第一話の扉絵、およびイメージイラストコーナーをぜひ見てみてください(^^)。





