97.ドレスはどこへ行った?①荷造り
宿屋に戻って、荷物を整理しつつ例のドレスを探す。
寝台の上いっぱいに持ち物――全財産――を散らかしてみたけれど、魔石ビーズのパーティードレスは見つからなかった。
染みが付いてしまって、もう着られないものだから、なくても問題はないのだけれど、数日前に見たはずものが行方不明となると、別の意味で気になる。
「レッド、わたしのドレス知らない?」
ドレスは一着しかないから、この言い方で通じる。
「ビーズの内職したやつか? アトリエを引き払うとき荷物に入れたぞ」
「うん。知ってる。でも、ないの」
宿に来てからドレスを見たのは、レッドが寝込んでいた時のことだから、彼も詳しくはわからないだろう。
隣の寝台では、レッドが同じように荷物を広げている。
妙にかさが増えた衣類を鞄の中に収めようと四苦八苦しているけれど、どうみても無理そうだった。
レッドのパッキング技術をもってしても収まり切らないのなら、実際に鞄の容量を超えているのだろう。
「ずいぶん服が増えたみたいね」
女のわたしより、レッドのほうが衣装持ちになっているのは気のせいだろうか。
「そうなんだよ。どうやっても鞄に入らねえ」
レッドは困ったように頭をかいた。
道具屋で、レッドは装備と一緒に着替えを何着か買ってもらっていた。
「オレは一着でいいって言ったんだけど、兄さん方さぁ……」
とは言いつつ、増えた服を前にして嬉しそうだった。
これから先、辺境に近付くにつれて魔物が増える。戦闘になる場面も増えるだろう。
着替えは持っていて損はない。
高い防具を買えなくても、しっかりした布の服なら、多少の防御補正は付く。それが生死を分けることもあるのだ。
――とか何とか尤もらしいことを言われ、強引に買い与えられたらしい。
わたしも、同じような理屈でクロスに靴を見立ててもらったから、気持ちはわかる。
“今履いている靴は、町歩き用の普通の靴だろう? これからのことを考えると、少し値は張っても冒険者用のアイテムを揃えたほうがいい”
そんなふうに言われた。
近接戦闘や乱戦になった際、最もダメージを被るのが物理防御の弱い魔法使いだから、アイテムを使ってできる限り強化しておくべきだという。
“杖や服は、大きい町のほうがいい物が揃っている。ここで買う必要はないだろう”
クロスの一声で、わたしの靴は防御魔法が付与された冒険者用のブーツになった。
試しに履いてみたら、思いのほか履き心地が良くて気に入ってしまい、何も反論できなかった。
あの二人はこちらが遠慮しようとすると、色々と理由を付けて断れないよう先回りしてくる。
しかも、伊達や酔狂でやっているのではなく、純粋にパーティーの防御力を上げようとして計算された行為だから、性質が悪い。
貴族の義務に基づく施しの精神が、田舎の道具屋で遺憾なく発揮されていた。
「よかったね。いい人たちで、さ」
わたしは獣人を従者として――ヒト族と同じように――大切にするけれど、それは世間的にはかなり異質なことであり、絶対的な少数派だ。
旅の途中で偶然、同じような考え方の人たちに出会えたことは、幸運と言う外なかった。
(もしかして、獣人擁護派の人って、意外と多いのかな?)
わたしが暮らしていた周辺だけが、特に偏った思想の持ち主が多かったという可能性もある。
(お父様がアレだったものね……)
禁止されている亜人種奴隷の売買に、進んで関わるような人間と、その取り巻き達だ。
亜人種への差別意識を持つ父と、直接の取引相手である人間はもちろんのこと、ヴェルメイリオと縁を結びたい人間は、父の思想や立場をことさら尊重した行動を取るだろう。
農村の獣人奴隷たちは、村で見かけた限りでは、労働者として正しく扱われていたように思える。
待遇は、良くもなければ悪くもない。そんな感じだ。
少なくとも、過剰な虐待を受けている奴隷に、日に何度も遭遇するような王都とは違った。
(農村では貴重な労働力よね……)
というよりも、農耕用の牛や馬を大切にする感覚に近いのかもしれない。
少なくとも、怪我を負った少年奴隷が酒場から蹴り出されてくるようなことは、なさそうだった。
奴隷は奴隷として蔑視されているけれど、それは貴族が豪奢な邸宅で小動物を飼うことと、農民が牛馬を労働力とみなすような違いだ。
差別ではなく、区別である。
どうやら、王都と農村では奴隷に対する考え方が違うようだった。
(他の都市や辺境はどうなのかしら……?)
今までは、王都から出たことがなかったから知らなかったけれど、町や村によって奴隷や亜人種に対する待遇が違うのだとしたら、行き先を考える必要があるかもしれない。
辺境のお祖父様にも追い出されたら、もう行く当てはない。でも逆に、次に追い出されたら、どこに行ってもいいということだ。
お祖父様が頼りにならないようなら、独自に行動を起こしてイーリースお継母様を止めなければならない。そのための拠点には、どうせなら少しでも過ごしやすい地方を選ぼう。
王都から放り出されたおかげで、他の村や町を見ることができて、勉強になったことは事実だ。
その点だけは、お父様とお継母様に感謝してもいいかもしれない。
ここまでお読みくださってありがとうございます。
よろしければ、下の方の☆☆☆☆☆☆を使った評価や、ブックマークをしていただけると幸いです。




