78.夜道、夜目二人
すっかり日が暮れて、腹減った夕飯食いたいと繰り返すレッドの声に、ようやく我に返った。
「夕飯、準備できたってよ。さっきから、リオンとクロスが交替で呼びに来てる。世話になってる兄さん方に、あんまり迷惑かけんなよな」
「……」
「今日の夕飯はブラウン魔鳥の焼き鳥らしいぜ? あれ、上手いらしいな。食ったことねえけど」
「……」
「なあ、アリアってば!」
「……」
レッドは賢い。
半日ほど、黙って好きなだけ泣かせてくれた。
子供をあやす調子でわたしの背中をとんとんと叩きながら、とりとめもない話を聞かせてくれた。
奴隷商会では、こうやって新しく来た子供を慰めるのはよくあることだからとか、宿舎がどんなところで、新しい奴隷――獣人の子供がどんなふうに連れてこられるか、などといった取留めもない話を、ぽつりぽつりと語ってくれた。
詳しいところまでは覚えていないけれど、時間をかけて話すレッドの声は、遠くで聞こえる雨音のようで――そのせいもあって、少しづつ落ち着いていったように思う。
そして、そろそろ泣き止んでもいい頃合いだと感じたところで、わざと、腹減った飯食わせろと騒ぎ始めたのだ。
わたしが、その我が侭を聞き入れずにはいないことを、全部、承知の上での行動だ。
「レッドだけ食べに行って来たらいいよ。わたしは食欲ないから……」
長いこと迷惑かけてごめん、とわたしはもそもそと隣の寝台へと移った。いつの間にか看病を続ける間に、レッドの隣の寝台はわたしの場所になり、こちらの部屋はわたしとレッドの二人で使うようになっていた。
わたしが自分の寝台に潜り込んで、頭まで毛布を被って丸まっていると、レッドが言った。
「じゃあ、オレも夕飯抜きだな。久しぶりに肉が食えると思ったけど、ガマンするか。リオンたちには、後でオレから謝っとくし」
「……わたしに付き合うことないよ」
「バーカ。主人をほっといて、従者だけ先に飯食えるかよ」
「そういうの、気にしなくていいから……」
粘ってみたけれど「久しぶりのまともな飯……」とか「魔鳥の焼き鳥、一度でいいから食ってみたかった」とか、未練がましく主張されたので、やはり無視を貫き通すことはできなかった。
「食べさせてないみたいに言わないでちょうだい。人聞きの悪い」
毛布を払いのけて、顔を出す。
そこには、作戦成功とばかりに悪い顔をして笑うレッドがいた。
「行こうぜ、飯食ったら元気出るって」
まったく、主人の扱いが上手い従者である。
わたしは、負けを認めて差し出された手を握った。
呪いの影響がなくなったレッドは、半日で回復したらしい。もう、ふらつくこともなく一人で立って歩けるようになっていた。今は、わたしのほうが手を引かれてよちよち歩いている。
*
部屋から出る前に、目元の腫れを指摘されたから、治癒魔法を使って一瞬で治す。髪も手櫛で整えて、何事もなかったふうを装った。
何事もなかったように装うのは、昔から得意だ。
泣いて取り乱せば、弱みを見せることになる。それは、次からも同じ場所を攻撃されるということだ。
(だったら、殴られたって微笑ってみせるくらいのことはできる)
そうやって生きてきたのが、アリアであり、アイリスなのだから。
属性が見つかっても、今さら何も変わらない。
(何も変わらないなら、今まで通りのわたしでいいはず)
大事なのは、今ここにレッドがいて、わたしを気遣ってくれているということだ。
一般的な従者なら、主人が許可を与えれば、一人で先に食事を摂る場合もある。
奴隷であっても、食事に行けという命令なら、誰でも喜んで従うだろう。
(……でもレッドは、従者だからと頑なな理由をつけてまで、傍にいてくれようとした)
わたしを元気付けるためだけに、我が儘を言って食事に連れ出そうする。
レッドは最初から、わりと奴隷としての観念が薄いけれど――本人としては、身分は奴隷でも“冒険者”であるという思いが強いみたいだ――主人に食事のことで我が儘を言うなど、どれほどの決心がいったかわからない。
主人の癇に障れば、罰せられるかもしれないのだ。
もちろんレッドは、わたしがそんなことをするはずがない信じているからこそ取った行動だろうけれど、泣き喚いて癇癪を起こした主人が何を口走るかなんて、わたし自身にもわからない。
(これが献身でなくて、他に何だというのだろう)
レッドに出会えたなら、この人生も悪くはなかったかもしれない。
あのとき、アイリスとしてあの場所に通りかからなければ、わたしはレッドを救えなかっただろう。
レッドが怪我をしたまま誰にも救われず、惨めに使い捨てられるところを想像するくらいなら、わたしは属性なしのアリアとして――毒薬使いのアイリスとして、あの場にいられたことに感謝さえする。
宿の外は暗かったけれど、夜目の効くわたしたちには関係なかった。
「――レッドは、商会にいたときから気づいていたんだよね。鑑定魔法が間違っているかもしれない、ってこと」
「まあな。鑑別石の精度が怪しい、って話は前々から出てたからな」
「……わたしは、一度も疑ったことがなかった」
「そうだろうな。普通は冒険者でも、まがい物の鑑定石で鑑定魔法を受ける機会なんて、滅多にない。奴隷たちは、商会の奴らがわざと鑑定結果を誤魔化してるんだと思ってたけどな」
本人にはスキルがあることやレベルが上がっていることを告げず、低い評定のまま、安い賃金でこき使う。その一方で、客に対しては売りであるスキルやレベルを強調して、高い金額で契約させる。よくある悪徳商法だという。
「アリアもカモられたようなもんだよな。ごめんな」
レッド自身が把握していたレベルより、商会で確認したときレベルの方が、高かったのだ。
レベル20未満の獣人奴隷くらい――それも、怪我をして役立たず呼ばわりされたばかりの、珍しくもない猫族盗賊だ――“アイリス”の手持ちのお金で買い取れると思っていたら、そうはならなかった。
「あれはそう……恥をかかされたわね」
それでも、アイリスの姿だったから、顔色一つ変えずに言ったのだ。
「被験体としては値が張るわね。でも、まあいいわ。丈夫そうだから、契約期間内は死なない程度に使うことにするわ」
その物言いに、奴隷商会の従業員でさえ青ざめていたのを覚えている。
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